第23話 地獄への前奏曲(プレリュード)③~拓真VS藍
「テストが終わらないと君たちにニンジンを渡せないよ。さあ、始めよう」
「えー、一体、何のテストですかあ?」
俺は意味が分からないので教頭先生に聞いた。
「あー、これから君たちには漢字のテストをやってもらうぞー」
「あのー、代表者が受ければいいんですか?」
「いや、違うぞ。全員で受けてもらう。どのポイントでもテストを受けてもらうが、何のテストかは場所によって違うから気を付けたまえ。ただ、いい事を教えてあげよう。各クラスでテストの総合成績が最も良かったグループと、学年で各問題の最高得点をあげた個人にはプレゼントがあるから頑張ってくれよ」
そう言われたから俺たちは俄然やる気が出てきた。
「ルールを説明しよう。君たちは制限時間3分の間に出来るだけ多くの花の名前を漢字で書いてくれ。誰かと重複して書かれた花の名前はカウントされないから、グループ全体の花の数で勝負が決まるぞ。それと、例えば白
俺たち四人は一斉に漢字テストを始めた。だが、花の名前は思い出せても、それを漢字で書けと言われると、案外、書けない物である。泰介も村田さんも、1分もしないうちに手が止まってしまった。結局最後まで止まらなかったのは俺と藍だけだった。
「・・・3、2、1、そこまで!」
俺と藍は教頭先生の合図で書くのをやめた。
「どうだね、自信はあるかな?」
「あ、はい、私は15個ですよ」
「おー、さすが佐藤藍さんだねー。先生でもそこまでやれるかどうかは分からないぞ」
「うわっ、さすが主席入学者ですね。わたしは6個しか書けなかったわ。小野君は?」
「俺も6個だ。さすがに藍さん以上書ける人はいないだろうな。拓真はどうだ?3個くらいか?」
「あー、俺かあ。俺は31個だ」
「「「「はあ?31個!?」」」」
「ああ、本当だ」
「ちょ、ちょっと、冗談も休み休み言いなさい!主席入学の私の2倍以上、しかもあの短時間で書くなんて信じられません!」
「嘘じゃあないぞ、何なら見せてやってもいいぞ」
そう言って俺は自分の書いた答案用紙をみんなに見せた。
その瞬間、藍だけでなく、教頭先生も含め全員が唖然となった。
「おい、マジかよ・・・」
「ちょっと私にも見せて・・・
「ああ、そうだぞ」
「いやー、先生も教員生活長いけど、ここまで書けた生徒は君が初めてだと思うぞ。多分、校内を探しても、3分でこれだけ書ける人はいないだろう・・・いや、ほんとに君には脱帽だよ」
「・・・悔しいですが、ここは私の負けです・・・」
「あのー、俺は勝負にこだわっていた訳ではないので、同じ班内で勝った、負けたを競っても仕方ないと思いますよ」
「ですが私にも主席入学者としてのメンツがあります!次は負けません!」
「俺は別に主席で入学しても最下位で入学しても、トキコーの生徒には違いないと思ってるから、こんなテストの結果で一喜一憂する気はないぜ」
「余裕の発言ですか?この私の力はこんなもんではありません!」
「おい、拓真!それに藍さん、こんな所で個人的勝負の話をしている場合じゃあないぞ!それに教頭先生、はやく食材をくださいよお!」
「おお、すっかり忘れてた。スマンスマン」
結局、俺たちは泰介の一言で我に返り、この場は収まった。そして、俺たちはニンジンを受け取ると次のポイントを目指した。
だが、この時、俺と藍の間に微妙な亀裂が入った。俺は意識してなかったが、藍は自分のプライドを、クラスの女王様としてのプライドを傷付けられたような気になったのだろう。
だから、その次のポイントでは藍は敵意むき出しで俺に挑んできた。そのポイントにいたのは学校事務の
「それでは、次のテストを行いまーす。あなたたちには野菜と果物の名前を英語で書いてもらいますよー。制限時間は3分間、よろしいですか?では、テスト開始!」
俺は単語を書き始めた。が、あっさり止まった。何しろ俺の得意分野は国語、それも漢字だ。英語はどちらかといえば不得意分野であり、中学校で習った英単語も半分以上、忘れている状態だ。逆に藍は本気モード全開で3分間ずっと止まらず書き続けていた。
「・・・3、2、1、そこまで!」
俺は10個しか書けなかった。しかも、そのうち3つ泰介からスペルミスを指摘される始末で7個しか合っておらず、当然4人の中で断トツの最下位だ。だが藍は32個も書いた。
「おーほっほっほー、どうです、先ほどのあなたの31個に対し1個上回りましたよ。おーほっほっほー」
「・・・・・」
もう藍は女王様なりきり状態で勝ち誇っていて、先ほどの屈辱を晴らし大満足だった。
「前川さん、さあ、早く食材を渡して下さい。受け取ったら次のポイントへ向かってレッツゴー!」
「あのー、甘口・中辛・辛口のどれにしますか?」
「「「「はあ?」」」」
俺たちはいきなり前川さんから逆質問されたので困ってしまった。まさかここでカレールウの味を聞かれるとは思ってなかったからだ。
「オレは辛口だ。拓真は?」
「もちろん、俺も辛口だ」
「あー、私は中辛がいいんだけど」
「うーん、村田さんが中辛なら、オレは別に中辛でもいいけど、拓真は?」
「そうだなあ・・・」
「ちょーと待ちなさい!カレーは甘口です。他の味は認めません!!」
「おい、なんだその甘口ってのは?幼稚園児じゃあないんだぞ」
「私の言う事が聞けないのですか?」
いきなり藍はそのクールな目で俺たち3人を見下してきた。もう藍は『A組の女王様』として知らない人はいない存在であり、下手に刺激すると後が怖い。だから泰介と村田さんは早々に「甘口でいいです」と喧嘩を避けたが、俺は納得がいかなかった。
「ちょっと待ってくれ。せめて中辛じゃあ駄目なのか?」
「拓真君、あなた、テスト対決で私に負けたのに、まだ甘口にしないのですか?」
「1勝1敗だろ?まだイーブンじゃあないか!」
「ですが、先ほどの私は2位でしたが、今回のあなたは最下位です。そう考えればあなたの負けですよ」
「そんなの屁理屈だ!俺は納得いかない!!」
俺と藍はカレーの味をどうするかという事で睨み合いになった。だが、このまま睨み合っていても時間の無駄だし「ここは3対1でもあるから多数決で甘口にしよう」と泰介に言われ「まあ、甘口派の人は辛口は無理だろうけど、辛口派の人は甘口を食べられるからいいだろう」として俺は妥協した。
この次のポイントまでは藍は上機嫌であった。さっきの雪辱を晴らしただけでなく、俺を完膚なきまでに打ち負かしたのだから。
そして、俺たちは森林ゾーンに入って行き、3つの目のポイントにいたのは養護教諭の
「さあ皆さん、テストの時間ですよー。今はまだ新緑の時期には少し早いけど、この滝野すずらん丘陵公園には沢山の種類の木がありまーす。それでは、木の名前を書いて下さい。制限時間は3分、スタート!」
木だから、分野でいえば理科、それも自然科学になるのだが、木の名前を答えるだけなら雑学の分野だ。だが、俺は雑学とは捉えていなかった。
「・・・3、2、1、そこまで!」
タイムアップの瞬間、村田さんは苦笑いしていた。それもそのはず、村田さんは4つしか書いてなかった。泰介も6つしか書いてないのでお互いに顔を見合わせてため息をついていた。だが、さすがに藍は18種類も書いて、小島先生も驚いていた。
「さあ、拓真君、あなたの答えをこの私に見せなさい。あなたの事ですから3個くらいしか答えられなかったのではないですか?おーほっほっほー」
おいおい、どこぞのアニメやドラマに出てくるエセお嬢様のような笑い方を何とかして欲しいぞ。多分、藍は俺が泰介たちより出来ないと思っているようだが、俺には秘策があった。
「あー、たしかに俺は、さん、じゅうさんこ、しか書けなかったぞ」
「はあ?もう一度仰って頂けませんか?私はうまく聞き取れませんでした」
「ああ、もう1回言うぞ。俺は33個しか書けなかったぞ」
「「「「はあ?さんじゅうさんこだとお!」」」
「ああ、その通りだ」
そう言って、俺は答案用紙を見せた。
当然、藍は『信じられない』といったような顔をして答案用紙を見た
「
「ちょっと待った!それは藍さんの勘違いだぜ。たしかに紫陽花には花という漢字が含まれているけど、紫陽花は『落葉低木』、つまり分類上は木だ。疑うなら今から小島先生が持っているスマホで調べて貰ってもいい」
「・・・そ、そこまで言うのならいいでしょう・・・あっ!ちょ、ちょっと待って!!これって全部漢字じゃあないの?拓真君、あなた、もしかして今の問題は理科じゃあなくて・・・」
「ああ、そうだ。俺はこれを国語の漢字問題として回答した。木の名前のうち漢字で書ける物は百種類以上あるからな。『松』を例にとってみても漢字で表せる物は、回答した赤松と
俺は思わず答案用紙に漢字を書き込んでいた。何しろ俺は『あ行』『か行』『さ行』で始まる木の名前の一部、しかも難しい漢字を避けて書いていた。「数が多すぎるし全部書いていたら1時間では終わらないかもしれない」とも言ったら、さすがに全員、口をあんぐりと開けて唖然とした表情になった。
「おいおい、こいつ、漢字に関しては化け物かよ」
「ホント、わたしも拓真君の事を見直したわよ。さすがの藍さんも完敗ですよね」
「し、仕方ありません。い、今の勝負は・・・完敗です。はー」
「だーかーら、俺は別にこんな事で勝負する気はないって言ってるでしょ?あ、小島先生、今書いた分は採点の対象外という事で無効にしておいてくださいね」
「え?え、ええ、そうしておきます・・・でも、私もここまで書ける生徒がいたとは信じられないですね。時間がもっとあれば本当に百以上書けたでしょう・・・まさに漢字王といったところですかね」
「そんな事より、早く食材をくださいよー。俺はスペシャル食材が欲しいんだからさあ」
そう俺に催促され、慌てて小島先生は俺たちに
「よーし、それじゃあ出発だあ!」
俺は気合を入れて歩き出した。が、藍は再び不機嫌モードになって歩き出した。しかも、さっき以上に荒れていて、時々足元の小石を蹴って憂さ晴らしをしていた。そんな藍に泰介も村田さんも戦々恐々だ。
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