第20話 隠された能力

 さすがの唯も今日は笑顔を見せない。時々ため息をつくだけで喋ろうともしない。でも、明日以降、誰かがミステリー研究会のメンバーを説得しなければならない。しかも早々にだ。そう考えると唯がため息をつきたくなるのも分かる。

 そんな俺たちがホームに降りた時、見覚えのある人物がホームで電車を待っている事に気付いた。その人物も俺たちが歩いている事に気付いて、手を振りつつ向こうから声を掛けてきた。

「拓真せんぱーい、帰るところですかあ?」

「あ、ああ、そうだ」

 そこにいたのは舞だ。しかも、今、一番会いたくないミステリー研究会のメンバーでもある。当然だが舞は俺たちが抱え込んでいる状況を知らないのだから無邪気そのものだ。

「どうしたんですかあ?元気ないですよ。ひょっとして学校で嫌な事でもあったんですかあ?」

「あー、うん、そのー」

 当然だが、俺の返事も歯切れが悪い。唯に至っては目を合わせたくないのか下を向いたままだ。だが、藍が何か決心したようで舞に話しかけた。

「あのー、舞さん、ここでは何なので一度ホームから出て話しませんか?」

「へ?・・・まあ、わたしは構いませんけど、どこへ行きますか?」

「そうねえ・・・WcDでどう?」

「あー、いいですよー」

「拓真君も唯さんも、それでいいわよね?」

「俺は別にいいけど、唯はどうする?」

「唯もそれでいいです」

「じゃあ決まりね」

 そう言うと藍は唯と並ぶ形で歩き始めた。俺と舞はその二人の後ろに続く形で並んで歩き始めた。

「あのー、拓真先輩、ホントに何かあったんですか?」

「あ、ああ・・・ちょっと言い難い話なので、あの二人も躊躇っていたのは事実だ。だが、結局は誰かが言わなければならないのだから、遅かれ早かれ、舞の所に誰かが話しに行っていた。ただ、学校の中で話すよりはWcDでポテトでも摘まみながら話をした方が気が楽だから、藍の判断は間違ってないと思うぞ」

「そうなんですか・・・何か重たい話になりそうですね」

「ああ。だから俺も本音は一緒にいたくないが、この場に居合わせてしまった以上、最後まで責任を持つ」

 そのまま俺たちは東西線のホームから地下街にあるWcDに移り、そこで適当に注文を済ませた後、空いている座席に座った。俺の横に舞、正面に唯、その横、つまり舞と向かい合う形で藍が座った。

 この時間のWcDは学生で賑わっていたが、既に帰宅ラッシュの時間にかかっていたので、仕事帰りと思われる人の姿も目立ち始めていた。もちろん、テイクアウトで済ませる人も多いので、結構賑わっていた。

「・・・それで、話って何ですか?」

 舞はポテトを摘まみながら藍に話しかけた。

 藍は一瞬だが目をつむって天井を見上げたが、その後舞に向かって喋り始めた。

「・・・舞さん、ミステリー研究会の事で話があります」

「あー、何でしょうか」

 藍は先ほど相沢先輩が俺たちに話した事を舞に向かって話し始めた。そして、その事で会長以下三役が疲れて切ってしまい、今日の生徒会活動を早々に打ち切りにして帰る途中だった事も話した。唯も時折話に加わり、自分の意見も述べ、最後に力不足で申し訳なかったと舞に謝った。

 舞はその間、一言も喋る事はなく時折頷きながら話を聞いていたが、唯が話し終わった後、何度か頷きながら藍たちに向かって話し始めた。

「あー、その事ならそんなに心配しなくてもいいと思いますよー」

「「「はあ?」」」

「これはあくまで私個人の感想ですけど、ミステリー研究会のメンバーは、同好会が存続する事に関しては興味がありますが、活動場所とか活動予算に拘っているような人だとは思えません。それはこの3日間、一緒に同好会活動をやってきて、わたし自身が確信しています。活動予算が半分になっても活動する方法はいくらでもありますし、だいたい、毎年トキコー祭の時に合わせて何かを作る事にしか部費を使ってないそうですから、そのお金がトキコー祭活動費と合わせて半分になったら、それに見合った内容にするだけです。だから心配しなくてもいいですよ」

「マジかよ!?」

「そんな事で私たちは悩んでたの?何かアホらしくなっちゃったわ」

「そうね、なーんか唯もバカバカしくなってきちゃった」

「はーい、だから心配しなくても大丈夫でーす。何なら、明日、わたしが部長や村山先輩に話をしてもいいですよー」

「おい、それは本当か?」

「はーい、任せて下さい!」

「大丈夫かよ」

「あー!拓真先輩、わたしをバカにしてますね?こう見えても、状況判断力と、与えられた情報を元に推理し、適格な答えを導き出すのは得意ですから」

「おいおい、こういう所はシャーロック・ホームズ並みかよ」

「それは失礼ですね!わたしはホームズのようにはなれませんが、少なくとも状況判断力と、相手にどうやって説明すればスムーズに物事が運ぶかを話す力には自信がありますから、とにかくここはわたしに任せて下さい」

「はー、これが毎日図書室に引き籠っていた女の隠された能力だったとはねえ。人間ってホントにわからないな」

「そうですね、本当に人間って分からないですね。そういう拓真先輩も、昨日も今日も『佐藤きょうだい』揃って登校してましたけど、まさに『両手に花』状態で鼻の下を伸ばしていたように見えましたよ。あれが中学の時には図書室に籠って本を読み漁っていた拓真先輩だとは思えないですよー」

「はあ?お前、俺をどこで見かけたんだ?俺は気付いてないぞ」

「あー、唯も全然気付かなかった。藍さんは?」

「私も全然。どこで見かけたの?」

「朝、東西線の車内で見ましたよ。気付きませんでしたか?わたしは毎日同じ時間に乗ってますけど、先日まではわざと一番前の車両に乗ってましたが、昨日、試しに4両目に乗ったら拓真先輩がお二人とお話しされながら立ってたのを見かけたんですよ。今朝もそうでしたよね。多分、毎日同じ時間に乗っていたけど、駅も違うし乗っていた車両も違ったのでお互いに気付かなかっただけだと思いますよ」

「はー、俺たち、見られてたって訳か」

「ところで、わたしには拓真先輩は藍先輩と物凄く仲が良さそうに話してたと感じましたけど、ひょっとして彼女だったりして。あ、違ってたらごめんなさい」

「あら?そう言ってくれると私としては嬉しいけど。拓真君はどうなの?」

「おいおい、俺に振るなよ。こっちだって返事に困るぞ。因みに唯は俺に興味があるのか?」

「ちょ、ちょっと、いきなり唯に振らないでよ。返事に困るでしょ!ったく・・・」

「あらー、いきなり修羅場突入ですかあ?なんか言ってはいけない事を言ったみたいですねえ」

「「「あったりまえだあ!」」」

「わー、先輩たちに怒られちゃった。すみませんでしたあ」

「まあ、バレたら仕方ないけど、俺たち、基本的に同じ時間の電車に乗ってるからな」

「そういう事です。別にあやしい関係ではないですよ」

「そうね。後は拓真君次第で修羅場になるかハーレムになるか、あるいは単なるクラスメイトになるかが決まるんじゃあないかしら?」

「うわー、藍先輩って結構大胆な発言しますね。拓真先輩に脈ありって捉えてもいいんですか?」

「それは舞さんの判断にお任せします。ただ、私は別に拘ってないわ。それは多分唯さんも同じじゃあないかしら?」

「そ、そうね、そういう事よ」

「そうなんですか。じゃあ、先輩たちは拓真先輩に拘ってないってわたしは判断しますよ」

 そう言うと舞はニコっとした。

 当然だが、藍も唯も舞の前では本当の事を言えないから嘘をついているのは間違いない。かと言って、この場でいきなり修羅場突入モードに持ち込む無神経な二人であるのも間違いない。だから少し顔を引き攣っているように感じるのは俺だけだろうか?

 そのまま俺たちは1時間近くWcDで喋っていた。舞は俺の中学時代の話を幾つもして、中には俺の恥ずかしい話や学校での俺の失敗談なども暴露してくれたから、俺としては穴があったら入りたい気分だった。俺は舞の事は図書室にいた事くらしから知らないから、案外、舞は俺のことを詳しく観察していたのかもしれない。こういう所も、推理小説好きからくる観察力なのかもしれない。

 さすがにこれ以上遅くなるとマズイという話になって俺たちは帰る事にした。その前に俺たちの間でお互いのアドレスを交換しあい、明日の放課後に舞から唯に結果を連絡する事になった。相沢先輩と藤本先輩へは今夜のうちに唯から連絡し、明日の放課後は生徒会室で待機してもらう事にした。そうすればいかようにも対応できるからだ。

 俺たちは東西線の同じ車両にのり、舞は俺たちよりも1つ手前の駅で降り、俺たち三人はいつもの駅で降りた。

 だが・・・今日はここからが面倒だった。そう、それは舞の置き土産ともいうべき発言が原因だ。『藍が俺の彼女』という発言に唯が喰って掛かったのだ。

「ちょっとたっくん、どうして見知らぬ人から藍さんが彼女って見られるの?どう考えてもおかしいでしょ?一体、どういう神経してるのよ!!」

「おちつけ、唯。俺は別にやましい事はしてないぞ」

「じゃあ、何であの子があんな事を言ってたのよ!赤の他人からそんなふうに見られているって事は、たっくんに落ち度がある以外に考えられないでしょ!」

 と、唯は超がつく位にご機嫌斜めだ。俺としては藍と唯のどちらかに偏っていたようには思えないが、とにかく舞としては俺と藍が彼氏彼女の関係に見えたというのだから「言いがかりだ。勘違いにもほどがある」などと文句を言いたい位だ。だが、唯としては、まさに彼女の目の前で別の女に尻尾を振っていたと言われたにも等しいのだから、当然面白くない。

 逆に藍としては、まさに渡りに船だ。藍が特に不自然な事をしていたとは俺も思ってない。つまり、俺が勝手に坂道を転がり落ちて行く感じなのだから、唯が自然と俺から離れて行けば、堂々と俺を取り戻す事をしても唯との関係に傷がつかない。だからニコニコしながら俺と唯の口論を見守っている。まさに小悪魔(?)藍の真骨頂である。

「と、とにかく俺はやましい事は何ひとつしてないし、それにあの子が勝手に思い込んだだけなんだから、勘弁してくれよー」

「じゃあ、唯の事が好きだって言いなさいよ!」

「えー、藍の目の前でかあ?」

「言えないなら、唯の事なんてどうでもいいと思ってるんでしょ!」

「わーかったって、ったく・・・俺は唯が好きです。俺は唯一筋です!」

「え?え、え?いきなり言わないでよ。こっちが恥ずかしいじゃあないの」

「わおー、拓真君って結構大胆な事を言うわね」

「勘弁してくれよー。顔から火が出る位に恥ずかしいからさあ」

「ま、まあ、今日はこの位で許してあげる。次はこの程度では済まさないわよ」

「はー、唯がここまで嫉妬する奴だとは思わなかったぞ」

「え?唯がどうかしたの?」

「いや、何でもありません」

「まあ、頑張りなさいよ、カ・レ・シ・さん」

「あーいー、お前、今の発言、完全にワザとだろ?」

「さあて、何の事ですか?」

「はー・・・ったく」

 なんとか家につくまでに唯の機嫌は直ったが、俺としては舞の置き土産のせいで酷い目にあった感じだ。


 そして次の日、舞は他のミステリー研究会4人の説得に成功した。

 相沢先輩も藤本先輩も、それに唯もお互いに顔を見合わせながら「こんなにあっさり終わるなら、悩む必要はなかった」とボヤキまくったという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る