邂逅

第21話 地獄への前奏曲(プレリュード)①~序章

 俺と藍、唯の三人は、いつも通りの時間に家を出て、いつもの時間にくる東西線に、いつも通り4両目の車両に乗った。

 ここ1週間くらい、ずっと朝の登校中は緊張を強いられている。そう、それは必ず舞が次の駅で乗り込んでくるからだ。あの『藍が俺の彼女』発言以来、俺は舞がいる前で藍や唯と話すのがどうしても苦になるのだ。いつ俺がボロを出すのか、いつ唯が口を滑らすのか、いつ藍が暴露するのか、それが心配になって登校中は気が抜けない状態なのだ。

 だが、藍と唯は俺の気持ちなどお構いなしに舞と喋るのが日課になっている。どうやら舞は藍と唯の個人的信頼を勝ち取ったようで、いつのまにかかなり親しい友人の位置取りになっている。まあ、相沢先輩も藤本先輩もさじを投げた難題をあっさりと片付けたのだから、それが信頼を勝ち得た要因の1つにもなったのだろう。

 もう1つ、舞が藍と唯に受け入れられた理由は、あいつの家庭の事情にもある。舞の父親は海外に4年以上も長期出張中で、帰ってくるのは年に1回か2回、それも2日ずつくらい。さらに母親も看護師で、三交代の不規則勤務なので家に帰ってもいない事が珍しくない。藍や唯ほどではないが似たような境遇の所が、何らかの共感を呼び起こしたのかもしれない。

 ただ、舞としても藍と唯に知り合った事で大きなメリットがあった。校内有数の有名人かつ人気者と一緒にいるという事で、「変わった人」というイメージが払拭され、舞の周りに人が集まり始めたみたいなのだ。深い付き合いという程ではないらしいが、それでも「ぼっち」確定かと思われていた頃の舞からは考えられない明るさである。

 ついでに言うと、推理小説から得た雑学の知識や、トリックの元になった科学や生物、化学の知識が、2年生トップレベルである藍と唯の知識量にも十分対応できるというのも大きい。

 ところが、今日は舞は乗ってこない。どうやら何らかの理由でこの時間には乗らないようで、俺はホッと一息ついた。

「いやー、今日は舞が乗ってこないから俺も安心していられるぜ」

「あら?いつも呑気な人が何を言ってるのかしら?」

「そうだよ。唯から見たら毎日呑気なのはたっくんだけだよ」

「あのなあ、俺は毎日緊張を強いられてたからな。その緊張の元がいない分、気が楽というだけで、決して毎日呑気ではないぞ」

「悪かったですね、緊張の元になっていて」

「うわっ!お、お前、どうして今日は私服なんだ?」

 そう、俺は舞が乗っていないと勘違いしただけで、本当の所、舞がいたのに気付かなかっただけだったのだ。それもそのはず、舞はトキコーの制服ではなく私服だ。しかも、大きな鞄を抱え、リュックサックを背負っていたのだ。一見すると、小学校高学年が私服で乗り込んできたかのようだったので気付かなかったのだ。

「拓真先輩、今日と明日は1年生は宿泊研修です。先輩だって去年やった筈ですよ」

「まったく、拓真君は自分の事しか頭に入ってないんですか?」

「そうだよ。たっくんは呑気すぎるにも程があります」

「・・・すみません」

「それはそうと、去年は先輩たちはどうだったんですか?楽しかったですか?」

「あー、唯は楽しかったよ」

「私もよ。だって、入学して初めての集団行動だったから、色々な意味で新鮮だったわ。拓真君もそうだったでしょ?」

「あ、ああ・・・」

「あれー、拓真先輩、どうしたんですか?急に元気がなくなったみたいですけど・・・」

「拓真君、何か嫌な事でもあったの?私は楽しかったわよ」

「・・・(藍のやつ、あくまでしらを切るつもりだな)・・・」


 トキコーの1年生は、ゴールデンウィークの直前に1泊2日で宿泊研修に行く。入学して約3週間が経過し、ようやく顔と名前が一致する頃に、クラスの団結力を高める為に行われる行事だ。

 だが、今の俺にとっては、この行事は後悔の始まりであり、まさに地獄への前奏曲プレリュードでしかなかった。そう、俺と藍が付き合い始めるきっかけが、この宿泊研修だったのだから・・・。

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