第18話 ミステリー研究会

 俺と藍、唯は昼休みが始まった直後、1年B組に行った。舞がどこで昼食を食べているかは分からないが、教室か食堂のどちらかしか考えらないので、食堂へ行ってしまう前に教室で捕まえようとしたのだ。

 案の定、舞は教室を出ようとしていた所だったが、それを俺が呼び止めた形になった。さすがに本人も驚いたが、それよりも周りの1年生、特に男子が、藍と唯が1年生のフロアに揃って来た事で大騒ぎになった。やはり藍と唯の事は既に1年生の間でも知られているようだった。

 宇津井先輩から色よい返事がもらえたので、あとは舞本人にその気があるかどうかだ。だが、舞は別に構わないとの事だったので、放課後、俺たち三人が迎えにいくから、それまでは図書室で待機していて欲しいと伝えた。俺たち三人はA組なので、B組の舞より1時間授業が多い。その間は1年B組で待っていてくれというのは変なので図書室で待ち合わせして、それから指定された場所へ行くのだ。

 そして放課後、俺と藍、唯は授業を終えると図書室へ向かった。放課後の図書室は文芸部に混じって一般の生徒の図書の貸し出しや自由閲覧の人でごった返していたが、その奥の方で一人だけポツンと取り残された形で舞は待っていた。

 俺と藍、唯が三人で舞を取り囲む形になったので、文芸部の連中から何事かあったかのように思われたみたいだが、藍がニコッと文芸部の方を向いてほほ笑んだので全員が静かになり、何事もなかったのように文芸部としての活動を再開した。

 俺たちが向かった先は3年B組、つまり宇津井先輩がいるクラスだ。

 俺たちが3年B組に入った時、クラスには2人の生徒がいた。一人は宇津井先輩だが、もう一人は女子だった。その女子に俺たちは用があったのだ。

 俺たち四人が教室に入ると宇津井先輩が出迎えた。

「おー、佐藤きょうだいがそろい踏みで来るとは思わなかったぞ。俺は佐藤唯が連れてくるとばかり思っていたからな」

「えー!拓真先輩って、三つ子だったんだあ!!」

「違う違う、クラスに佐藤姓が三人いるから、まとめて『佐藤きょうだい』って呼ばれてるだけだ」

「そうそう、だから気にしなくていいわよ」

「まあ、そういう事ですわ」

「うわー、マジでビックリしましたよ・・・」

「宇津井先輩、1年生の前でいきなりそれを言ったら驚くでしょ?勘弁して下さいよー。唯だって説明に困るんだから!」

「いやあ、それは悪かった。まあ、適当な席に座ってくれ」

 宇津井先輩は軽く右手を上げて謝ったけど、唯が言った「説明に困る」の本当の意味を知って謝った訳ではないのは俺にも分かる。俺たち『佐藤きょうだい』は校内では今でも2年A組佐藤姓トリオの通称でしかない

 宇津井先輩に促され、俺と藍、唯は適当な席に座った。舞はその女子と向かい合い形で座った。

 その女子は舞が座るとニコッとほほ笑み、喋り出した。

「どうもはじめまして。3年B組の村山むらやま美沙みさです」

「1年B組の佐藤舞です」

「あなたの事はうちのクラスの文芸部の子から少しだけ聞きました。シャーロック・ホームズのファンだとか・・・」

「いえ、シャーロック・ホームズだけではなく、それ以外にもあります・・・」

「ホームズとワトソンが下宿していたアパートの住所は?」

「ロンドンのベイカー街221Bです」

「じゃあ、そのアパートの所有者は?」

「ハドソン夫人です」

「シャーロック・ホームズの作品の中で、ホームズの一人称で記述されている作品のタイトルは?」

「『白面の兵士』と『ライオンのたてがみ』の2つです」

「じゃあ、その『ライオンのたてがみ』の真犯人、”ライオンのたてがみ”の正体は?」

「クラゲです。正確には『サイアネアクラゲ』と呼称される学名『サイアネア・カピラータ』というクラゲで、和名では『キタユウレイクラゲ』と言われています」

「ホームズの兄の名前は?」

「マイクロフト・ホームズ」

「ホームズを出し抜いたとされる唯一の女性は?」

「アイリーン・アドラー」

「そのアイリーン・アドラーの・・・」

 おいおい、この二人、会って早々シャーロック・ホームズのクイズを始めたぞ。しかも俺にはさっぱり分からない内容ばかりで、藍も唯も、それに宇津井先輩も交互に顔を寄せ合って「あいつら、何をやってるんだ?」と言わんばかりだが、村山先輩も舞も、お互い歓喜したような顔でシャーロック・ホームズのクイズを楽しんでいるぞ。しかも、もう10分近くもやっているが、一向に終わろうとしない。

「・・・『6つのナポレオン』」

「・・・気に入りました。ミステリー研究会にもこれだけ答えられる人がいなかったので、ついつい夢中になってしまいました。是非、我がミステリー研究会に入って頂けませんか?」

「ミステリー研究会?あのー、私、説明会には途中からの参加で、最初の方の部や同好会の説明は聞いてなかったので、もしよければ教えて貰えませんか?」

「ミステリー研究会の目的はただ1つ、トキコー七不思議の解明だけです。それ以外は何をしても構いませんし、何をしても咎める事はしません。それは顧問の平川ひらかわ源内げんない先生、まあ、2年B組の担任の方針でもあるので、校則や法律などに反しない限り、活動を拘束しません。かくいう私も、実際には自作の推理小説を書いているだけです。それにトキコー七不思議の解明といっても、それは名目だけで実際にはいわゆる異端児たちの集まりです。私以外の三人は私のような推理小説オタクと呼べるような人ではありませんが、私と一緒にミステリー研究会で一緒に活動しませんか?」

「村山先輩はその書いた小説をどうしているんですか?」

「ネット小説のサイトに投稿しているんですよ。私は目が悪いのでスマホではなく自分のノートパソコンを使っていいますけど、スマホでも投稿できます。まあ、スマホ経由でネットに接続すれば、学校でやっても問題ありませんよ。それに、推理小説だけでなく、ファンタジー小説や恋愛小説を投稿しても問題ないですから、時々暇つぶしに短編をいくつか投稿しています」

「へえ、そんな事が出来るなんて知りませんでしたよー」

「図書室にある本を読むだけなら、別にミステリー研究会に所属していても出来ます。私もトキコーの図書室の本にはトリック作りで何度もお世話になってますからね。この研究会では、お互いの活動を批判してはならないという不文律の決まりがありますので、私は過去2年間、ずっと自作の小説を作る為だけに活動していたと言っても過言ではないですよ」

「ちなみに、他の三人はどんな人なんですか?」

「部長は高校生ながらプロ級の腕をもつ、いわゆる撮り鉄ですが、写真撮影同好会では鉄道写真以外もやるからと言ってミステリー研究会を選んだ人です。あと、世界中のミネラルウォーターの産地を当てる事が出来ると豪語している、神の舌を持つミネラルウォーター鑑定家というかミネラルウォーターオタク男。インスタントラーメンをこよなく愛し、世界中のインタントラーメンを食べて、そのパッケージをコレクションにしている、自称世界一のインスタントラーメンコレクター。これに私を加えた4人がミステリー研究会のメンバーです。この四人の共通目標がトキコー七不思議の解明ですが、それ以外の活動は自由です」

「そうなんですか・・・私でもやれそうですし、それに先輩も面白そうですから、入部しても構いませんよ」

「あー、ありがとうございます。お蔭で助かりました」

「え?どういう意味ですか?」

「いや、あのですね、さっきも言いましたけど、今、ミステリー研究会は四人しかいないので、あと一人、明日まで確保しないといけなかったのですが、今年の1年生は誰も入ってくれなくて焦っていたんですよ」

「はあ・・・」

「それで、宇津井君から話があったので、とりあえず会ってみようという気になったんですけど、想像以上の子だったので、まさに『棚から牡丹餅』って感じですね」

「えー、私、どっちかというとガリガリで胸もあんまり無いですから、お餅みたいに丸くないですー」

「あら、ごめんなさい。そういう意味でいったつもりはなかったんですけど」

「まあまあ、村山先輩も舞も、お互いに自分と同じ趣味を持つ子が校内にいたから、よかったじゃあないですか」

「そうですね、わざわざ拓真先輩が私の為に色々と手を尽くしてくれてありがとうございました」

 そう言って舞は屈託ない笑顔を俺たちに見せた。

 舞はその場でミステリー研究会への入部届を書き、それを村山先輩に渡した。ミステリー研究会の活動場所は基本的には放課後の2年B組だ。つまり、顧問である平川先生が担任をしている組が毎年活動場所になるが、必要な物品などは物理教師の準備室を間借りしている状態だ。つまり、毎年のように活動場所が変わる、渡り鳥のような同好会である。

 俺たちクイズ同好会には活動場所そのものが無い。渡り鳥のような同好会でも、活動場所があるだけ羨ましい。それは僻みなのか嫌味なのかは俺自身にも分からないが、舞の前でそれを言うのは失礼なのでやめておこう。舞には『自分を受け入れてくれる場所』そのものが無かったのだから。

 俺は黙って3年B組をあとにした。そのまま職員室へ行き、松岡先生にクイズ同好会への加入者の有無について聞いてみたが、想像通りではあったが誰もいないとの事だった。今日を含めてあと2日、そこで2名を確保するというのはやはり無理なようだ。

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