第17話 オタク女

「はあ?いつ、お前と一緒にいたんだ?」

「だーかーら、図書室ですよ、図書室」

「へ?」

「さっきまでわたしも図書室にいたんですよ。文芸部の人と一緒に」

「あー、そうするとお前は文芸部に入部したんだ?」

「いいえ、体験入部ですよ」

「あー、そうか。んで、そのまま正式入部するのか?舞のようなオタク女にはピッタリの部だろ?」

「・・・・・」

「どうした、急に黙り込んで・・・」

「実は・・・正式な入部届は出さないつもりです」

「どうしてだ?」

 舞は話し始めた。トキコーの図書室の蔵書は、高校としては道内で最多とも言われる程の数があり天国のような場所であるが、文芸部に所属しているのは大半が女子で、しかも、いわゆる文学小説や恋愛小説などを好んで読み、舞のように推理小説が好きで文芸部に所属している人はいない。だから、文芸部の中でも浮いた存在になっている。このまま入部しても浮いた存在になるのは間違いないので、正式入部せず、体験入部期間が終わった段階で帰宅部になるつもりだという。

 舞はたしかに中学の時から推理小説ばかりを読んでいて、時々、そのトリックについて俺に長々と講釈を述べていた。俺は物理系の話は分かるし、ある程度の理解力もあったから、機械的仕掛けによる殺人トリックや密室トリック、それに文字と数字を組み合わせた暗号文や謎解きについても舞ほどではないが解けたので、あいつの専門的な話にもついていけた。

 舞が中学校で図書室に入り浸っていた最大の理由はそこにある。舞の凄まじいまでの推理小説好きについていける奴が校内にはいなかったのだ。俺でもかろうじてついていける程度なので、大多数の人から見れば舞は異端児以外の何者でもない。そのため、校内で舞とつるんでいる子はおらず、いつも一人で図書室に引き籠っていた感じだった。図書委員の仕事くらいなら舞の守備範囲なのでやっていたが、逆に言えばそれ以外の事をやらせてもらえなかった訳だ。

 ただ、舞が図書室に入り浸っていた理由はそれだけではないのだ。舞は生まれつき右目は正常なのだが左目だけは極端な弱視であり、そのため、常に眼鏡を、それも左だけ強い度が入った眼鏡をかけている。たしか矯正しても0.6程度だったはずだ。だから運動、特にドッジボールのような競技、跳び箱やマット運動、大縄跳びなどをすると、とっさの判断が遠近感がうまく取れないせいで、上手にやれないのだ。結果的に運動音痴で体育はまるでダメなので、一人静かに図書室で過ごす事が多かったという訳だ。

 普通に生活する程度なら問題ないが、とっさの動きを要求される運動系は難しいので、みんなと一緒に体を動かして遊ぶという事が出来なかった、という方が正しい表現かもしれない。

 以前、舞はこの話を俺に打ち明けた時にあっけらかんとしていたが、本当はみんなと一緒に体を動かす事が出来ないのを僻んでいたかもしれない。

 トキコーに入学してからも状況はあまり変わってないという事なのだろう。右目の眼鏡のレンズには度が何も入ってないのはすぐに分かるが、左のレンズの屈折は気のせいか以前よりも強くなっているような気がする。成長が止まると眼球の変化も止まるが、そこまでの間に治療できなければ、このままずっと左だけ度の強いレンズを使い続ける事になる。でも年齢的にそろそろ成長が止まる頃なので、今後急に良くなるというのは考えにくい。俺は眼鏡を掛ける必要がないどころか両目共に視力は2.0あるので舞の苦労を実感できないが、相当苦労しているんだろうな。

「なるほどねえ。オタク女と文芸部は相容れぬ関係だから帰宅部を選ぶという訳か・・・」

「・・・B組でもわたしの趣味に合う子はいないので、ある意味、浮いた存在です。だから、校内に誰かわたしと同じような人がいないかなあと思って、一番可能性がありそうな文芸部に体験入部したのですが、やっぱり無理でした・・・」

「そうか・・・」

「まあ、そんなシケた話をしていると暗くなっちゃいますから、この位にしておきましょう!」

「そうだな」

「ところで、拓真先輩はいつも東西線で通学してるんですか?」

「ああ、そうだよ」

「もしかして、私とは別の駅ですか?今まで一度も気付かなかったですけど」

「かもしれないな。時間が違っただけかもしれないけど」

「そうですか・・・あ、次でわたしは降りますよ」

「あー、じゃあ、やっぱり違うな。俺は次の次だ」

「じゃあ、わたしと1つ違いですね。いつも何時のに乗ってるんですか?」

「あー、俺はだいたい7時ちょっと過ぎのやつだ。いつも真ん中の4号車に乗ってるからな」

「へえ、もし見かけたら乗り込んじゃいますよー」

「ああ、別に構わな・・・じゃあない、パス!」

「えー、なんでえ」

「俺はオタク女と一緒に通学したくない!」

「うー、ずるいですー」

「ハハ、もう駅についたぞ。お前とはここでお別れだ」

「まあ仕方ないです。それじゃあ、また学校で会いましょう」

 そう言って舞は降りて行った。降りる時に右手を振っていたので、俺も軽く右手を上げて見送った。

 あぶないあぶない、俺は危うく墓穴を掘る所だった。文芸部に体験入部しているという事は、文芸部随一の有名人である藍の存在に気付かない筈はない。その藍は俺と同じ車両に乗り合わせているのだから、絶対に怪しまれる。特に舞は推理小説好きだから、その手の事になると疑問を解消する為に、俺たちの周辺に出没する可能性大だ。

 ただ、あいつの境遇には同情する。俺も中学の頃は浮いた存在で、俺と交流があった奴は片手で数えられる程だ。しかも全員別の公立校に進学したので、高校で俺が知ってる奴は皆無だった。たまたま俺は入学早々、泰介と妙にウマが合った、というかゲームオタクに知り合ったおかげでいつも泰介の家に入り浸っていてゲーム三昧してたし、藍や唯とも同じ佐藤姓という事もあって打ち解けた。歩美ちゃんは、とある出来事がきっかけで泰介とつきあうようになった事で友達の友達という事で親しくなったし、篠原や長田もクイズ大会がきっかけで知り合い、今では3人で出掛ける事もある仲だ。だが、さっきの話しっぷりだと、まもなく入学して二週間になろうとしているが、舞はうまくクラスの中に溶け込んでいるようには見えない。誰か自分を知っている人はいないのかと思っていた所に、たまたま俺を見付けたから声を掛けてきたんだろう。俺と舞の関係は深くないけど、浅くないのも事実だ。

 でも、俺と唯、藍の関係を知ったら、多分あいつは腰を抜かすだろう。そんな訳だから、あいつと深く関わり合う事は無理だ。ただ、少しは先輩として、あいつの力になってやりたいという気持ちがあるのも事実だ。周囲から煙たがれる存在がどれほど辛いのかは、俺も分かっているつもりだ。多分、それは藍や唯も同じ筈だ。


 だから俺は、夜、藍に相談する事した。もちろん唯にも声を掛け、結果的に二人に相談する形になった。藍は文芸部の2年生の中では中心的存在であり、その言動は文芸部の活動に影響を与えている。

 俺は三人そろった所で、舞の事を藍に聞いてみた。

「藍、体験入部している1年生で、眼鏡を掛けてポニーテールの女の子を知ってるか?」

「ええ、分かるわよ。何しろ、ある意味、目立っているからね」

「目立っている?」

「そうよ、だって、自己紹介の時にシャーロック・ホームズの魅力を延々と述べて、みんな唖然としてたわよ。シャーロック・ホームズの名前は私も知っているけど、作品のタイトルとその真犯人、ホームズの経歴やライバルであるモリアーティ教授については殆ど知らないに等しいから、それを長々と喋っていたあの子の事を覚えてない方が無理よ」

「へえ、そんな1年生が文芸部にねえ」

「ただ、あいつ自身は文芸部には入らないと言ってたぞ」

「そうね、言い方は悪いけど、このままだとあの子は文芸部の中で間違いなく浮いた存在になるから、逆に入らない方が彼女の為ね」

「うわっ、さすがお姉さん、言う時はビシッと言うわねえ」

「だがなあ、ある意味、本人が望んでああなった訳ではないぞ」

 俺はこの後、舞について色々と藍と唯に話した。舞の今の境遇と、中学の時の舞の境遇、それと、なぜ舞が図書室に入り浸っていたのかという理由も話した。ただ、本人のプライバシーに関する話なので口外してないで欲しいとも話した。

 藍も唯も、舞の推理小説好きな点には閉口していたが、身体的なハンディキャップについては同情を覚えたようで、それが原因で図書室に籠って本を読むようになり、結果的に友達がいない事には本人を責められないとも言っていた。

「ただ、既にクラスでも浮いた存在になっている子を、このまま帰宅部のままにしておくのは、生徒会執行部の一員としてどう思う?」

「それは見過ごせない問題ね。1年生のこの時期からぼっち確定っていうのは可哀そうよ」

「うーん、それは唯も同感」

「じゃあ、何かいい手はないか?」

「拓真君、ようするに、その子の推理小説好きに共感できる人、もしくはその子の趣味を甘受出来る人がいればいいって事でしょ?」

「ああ、そういう事だ」

「でも、そんな人がトキコーにいるの?」

「さあな・・・」

 俺たちは考え込んでしまった。藍や唯でも解決できない問題は多い。いくら三人が知恵を絞っても、出来ない物は出来ないというしかない。

「あーー!!」

 突然、唯が大声を上げたので、俺も藍もびっくりした。

「おい、どうしたんだ?急に大声を上げて」

「私もびっくりしたわよ。どうしたの?」

「いるわよー。しかも『渡りに船』ってやつね」

「『渡りに船』?なんだそりゃあ?」

「ちょっと待っててね」

 そう言うと唯は立ち上がり、俺の部屋から出て行った。そして、スマホを持って俺の部屋に戻ってきた。

 唯がやり始めた事、それは1件のメールを打つ事だった。そのメールを送った相手とは・・・

「唯さん、一体、誰にメールしてるの?」

「宇津井先輩」

「はあ?宇津井先輩とその子が、どう結びつくんだ?」

「あのね、あくまで宇津井先輩は仲介役よ。本人の連絡先を知らないから、同じクラスの宇津井先輩に仲介をお願いするという訳」

「なるほど・・・」

 3分もしないうちに唯のスマホにメール着信があった。それは宇津井先輩からだった。

「・・・とりあえず明日の朝、本人に聞いてみるって言ってるから、相手の返事待ちね。OKなら第二段階ね」

「あのー、唯さん、宇津井先輩のクラスメイトって、一体だれなの?」

「あー、それはねえ」

 そう言うと唯は身を乗り出し、俺と藍に、その人物の名前と『渡りに船』の意味を教えてくれた。その人物とは・・・

「あ、それ、私も聞いた事あるわ。たしかにあの人なら、あの子とうまくやれそうな気がするし、あの子にとってもぴったりの場所ね」

「俺は全然しらないぞ。よく知ってたなあ」

「まあ、3年生では有名人らしいけど、さすがに全校生徒で知っている人はそんなに多くないわ。ただ、あくまでその人が承諾して、なおかつ、舞って子がOKしたらの話だけどね」

「そうね。ただ、あの子の気持ち次第だけど」

「ああ。じゃあ、明日、宇津井先輩から色よい返事が来たら本人に話せばいいんだな」

「そうだよ。ところでたっくん、あの子にはどうやって連絡するつもり?まさか既にたっくんのスマホに入ってるの?」

「まさかあ。とりあえずクラスだけは分かってるから、昼休みにでも直接言って話をするしかないと思うぞ」

「ちょっと待ちなさい、さすがに上級生の男の子が一人で下級生のクラスに行って女の子と話してたら、あらぬ疑いを掛けられて本人にとっても良くないわよ。私がついて行ってあげる。それなら変な疑いを掛けられずに済む筈よ」

「あー、じゃあ唯もついて行くよ。言い出したのは唯だからね」

「それじゃあ、三人で行くか?」

「・・・はー、拓真君がその方がいいならそうします」

「ん?何か問題があるのか?」

「いえ、別に」

「?????」

 とにかく、藍や唯の協力を取り付けられたのは良かった。あとは明日になってからだ。

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