後輩

第16話 もう一人の佐藤

 その日、俺は一人で大通駅の東西線ホームに立っていた。篠原・長田と放課後の図書室で色々と話し込んでいて、すっかり帰るのが遅くなったからだ。文芸部の連中や文芸部所属でもある藍からも冷めた目で見られた俺たち三人がやっていた事は、新作の本、つまり大学生が作ったクイズ問題集が図書室に入ったので、三人でその問題を解いていたのだ。

 藍を含め、周りにいた文芸部の連中と図書室の司書さんは、全員がそんな物には興味がない。それをあーだこーだ言いながら問題を解きつつ「俺ならこういう問題を作る」など言いあっていたのだから、さぞかし迷惑だったのは容易に想像がついた。

 俺たちクイズ同好会は活動する為の部屋が無い。だから学校での活動場所は放課後の図書室か食堂と相場が決まっている。逆に言えば活動場所が無いが故に『〇〇室で活動中です』とも言えないのが難点だ。まあ、あくまで仮免許的存在なのだから仕方ない。

 そんな俺たちが白い目をされながらも図書室を後にし、篠原と長田は札幌駅まで南北線に乗るが、俺はその1つ手前の大通駅で降り、地下街をブラブラした後、一人で東西線のホームで地下鉄の到着を待っていた。

 俺たちクイズ同好会に残された猶予は今日を含めてあと3日。それまでに2名の入部が無ければ廃部もしくは休止だが、この時点で俺たちは同好会の存続を諦めていた。校内有数の「変わり者」トリオとして有名である、俺たち3人と一緒に放課後同好会活動をしようという輩がいるとは思えない。それに、特例であるが故に活動予算もなく、活動場所もなく、さらには顧問無し(トキコーでは顧問の兼任は禁止であり、松岡先生はあくまで名目上の顧問で実際にはテニス部の顧問)、活動実績も無しなのだから、廃部になった所で悲しむ奴もいないのだ。

 列車案内の電光掲示板が「1つ前の駅を発車しました」という表示に変わった時

「あのー・・・もしかして拓真先輩ではありませんか?」

と、いきなり後ろから声を掛けられたので俺は声がした方向を振り向いた。

 そこには、トキコーの制服を着た一人の女の子が立っていた。ネクタイの色は赤、つまり1年生だ。唯を一回り小さくしたような子で、大きな丸眼鏡をしていた。特徴ある大きな水色リボンで髪の毛をポニーテールをしていたが、明らかに癖毛をまとめる為にポニーテールにしているというのが分かる。

 俺の名前を知っている?でも、こいつ、誰だ?

「あー、たしかに俺は『たくま』だけど、君の名前は?」

「あー!ひっどーい、名前を憶えてないんですねー、ぷんぷん!」

 その女の子はそういうと口を尖らせて抗議した。やがて電車がホームに近付いてきたので、その子と俺は並ぶような形で列の最後尾についた。

「まあ、気付かないのも無理ないですねー。あの頃はツインテールでしたから」

「ツインテール?」

「そう、ツインテールです。まだ分かりませんか?」

「・・・第二ヒントは?」

「まだヒントが欲しいんですかあ?」

 ここで電車が到着し、ドアが開き、中から乗客が降りてきた。俺と女の子は乗客が降り切った後に乗り込んだ。時間的に座るのは無理なので俺たちは並んで立っている状態だ。ただ、札幌市営地下鉄は車輪がゴムなので、他の都市の地下鉄と違って静かで車内でお喋りしていても全然問題ない程だ。

「仕方ないですねえ。じゃあ、第二ヒント。札幌市立厚別西中学の出身です」

「なぬ?中学の後輩?という事は中学で何度か会っているというのか?」

「はーい、そうですよー」

 だが、これだけ言われても俺はまだ分からない。だいたい、厚別西中学は1学年に4クラスだから、女子の数だって大雑把に数えても80人近くいる。その中から特定の一人を思い出せと言われても・・・

「・・・ゴメン、まだ分からない。第三ヒント!」

「はー、これが最後ですよ。第三ヒント、図書室」

「図書室?」

 俺は与えられたヒントを整理した。『図書室』というからには、図書委員もしくは読書好きで図書室に入り浸っていたという事が考えられる。俺の出身中学である厚別西中学校で眼鏡を掛けていて、当時はツインテールをしていて図書室にいた女の子・・・そんな奴がいたのかなあ・・・

 いや、まて、もう一つ、重大なヒントがあった!という事は・・・

「あー!お前、まいか?」

「はーい、せいかーい。よく思い出してくれましたねえ」

「ああ、さっき俺を名前で呼んでいた事を思い出したから気付いた。たしかに図書委員で、毎日図書室に籠っていたツインテール女子がいて、そいつは俺と同じ佐藤姓だったから、俺の事を『拓真先輩』と名前で呼んでいた。あのオタク女だったんだ」

「オタク女はひどいですー、そういう拓真先輩だって、図書室に引き籠っていたではありませんか?」

「いや、俺は引き籠っていたのではない。毎日勉強していたんだ」

「訳の分からない科学や物理の本ばかりを読んでましたよね。しかも1回、本をなくしましたよね」

「訳の分からないとは失敬だぞ。自然科学の分野は数学理論の塊だから読んでても飽きないし、だいたい、本を無くしたと言っても、ちゃんと見つかったから2か月遅れだけど返したぞ」

「おー、ちゃんと覚えてましたね」

「だいたい、お前だって図書委員の当番でもないのに、留守番やってただろ?人の事をとやかく言う前に自分だってそうだろ!」

「失礼ですね!厚別西中学でアガサ・クリスティ、コナン・ドイル、江戸川乱歩、山村美紗、西村京太郎、東野圭吾、横溝正史など、図書室にあった全てのミステリー小説を読破したこのわたしをオタク女呼ばわりするのは心外です!」

「だいたい、本を読む事に夢中になっていて図書委員の仕事をしてなかった時もあっただろ?」

「うっ、そ、それはトップシークレットという事で」

「ハハ、もう時効という事にしてやるぞ」

「そうですね。もう私も女子高生ですから」

 そう、こいつの名前は『佐藤さとうまい』。俺の中学の後輩だ。俺は帰宅部だったので、毎日のように図書室に寄ってから帰ってたけど、舞は必ずと言っていい程、カウンター内で本を読んでいた。特に親しくしていた訳ではなかったが、お互いに佐藤姓という事もあり、『舞』『拓真先輩』と呼び合っていたのも事実だ。

 だが、トキコーの制服を着ているという事は、こいつもトキコーに入学したという事だ。俺は入学式の受付をしていたが、7クラスあったうちの1年G組だけを担当していたから、1年A組からF組までの名簿を確認していた訳ではない。

 だが、こいつが特進コースであるA組に入るとは思えないし、スポーツ特待生が集まるF組、G組にオタク女が入れるとも思えない。という事はB組~E組の4クラスのどこかだ。

「ところで舞はどのクラスなんだ?」

「あー、わたしはB組、1年B組ですよ」

「へえ、そうだったんだ。んで、今日は何でこんな時間に帰るんだ?」

「あー、やっぱり気付いてなかったんだ。さっきまで一緒だったですよね?」

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