第15話 マジで勘弁して欲しいぞ その2
そして時間は進み昼休み。
俺たち「仲良し五人組」は何故か座席が集中してしまったので、机を5つ集めてお食事タイムだ。
俺と藍の席を横に並べ、さらに唯も俺の横に机を並べている。泰介と歩美ちゃんは机の向きを逆にしてくっ付け、藍と俺の間に泰介、俺と唯の間に歩美ちゃんの位置取りだ。
泰介と歩美ちゃんは購買で森崎乳業のアップルジュースを買ってきたが、俺たち佐藤きょうだいは自宅から持ってきたマグボトルだ。理由は単純明快、購買で飲み物を買う小遣いが無いからで、因みに俺は今までの半分にまで減らされた。その理由はあえて言わなくても分かる筈だから省略するが、俺がマグボトルを持ってきた事に泰介と歩美ちゃんが気付いたから話がややこしくなった。
「おい、拓真、お前にしては珍しいな。自宅からマグボトルを持ってくるなんて・・・」
「あー、いや、そのー、俺もこっちにしてみようかなあって」
「へえ、兄貴もついにマグボトルを持参かあ。明日は季節外れの大雪かもね」
泰介と歩美ちゃんが俺を茶化したのも無理はない。そう、俺は昨年までは昼休みに絶対に購買で森崎乳業の乳酸菌飲料コーラルウォーターを買っていたのだが、それを買うのを諦めたのだ。でも、何か水物が欲しいから、今日から唯とお揃いで色違いのマグボトルを持参する事にしたのだ。ただ、昨日だけは『高校生活最後だ』と自分に言い聞かせて買った。
しかも、俺のマグボトルに入っているのは『おーい、お茶だ』である。何か爺さんになったような気分だが、唯と同居できた代償だと思って素直に受け入れる事にした。因みに唯も入学当初はペットボトルの『おーい、お茶だ』を毎日買っていたが、途中から2リットルの『おーい、お茶だ』を小分けして持ってくるように変わった。要するに、無駄な出費を減らす為の工夫であった。
しかも、俺はマグボトルのキャップをコップ代わりにして注いだのだが、入っていた物が緑茶だと気付いたから、ますます泰介が囃し立ててくる
「おー、ついに拓真も緑茶派に変わったのか?」
「あ、いや・・・俺は、そのー・・・」
「そう言えば拓真君はいっつも購買でお気に入りの物を買ってたわよねえ。それを緑茶に変えたって事は何かあったの?わたしも知りたいなあ」
「そ、それはだな・・・ゆ、唯に説教されたからだ。ハ、ハハ」
「えー!唯ちゃん、どんな事を言って拓真君の嗜好を変えさせたの?後学の為にも教えてほしいなあ」
当然、唯はいきなり歩美ちゃんから話を振られたから困惑している。というか、どうしてそんな嘘をつくの?と言わんばかりの顔をして俺を見た。
だが、やはりここでうまく話を合わせないと、勘の鋭い歩美ちゃんに気付かれる恐れがある。ついでに言えば、大きい声で話すと俺と唯が付き合っている事がクラスの他の連中にバレる恐れもある。だから小声で
「あ、あのね、と、糖分の取りすぎは良くないしー、だから、お茶は健康にいいからお茶にしなさい、って言ったら、渋々だけどお茶にするって言ったのよ」
そう言って俺の右足に蹴りを軽く入れた。
唯、ナイスフォロー!助かったぜ。
当然、藍は面白くない。そんなの嘘だという事を知ってるからだ。
だから、藍は俺の左足に蹴りを入れながら
「あらー、女の子の言う事を素直に聞いてくれるって分かってたら、私が言ってあげればよかったかしらー。でも拓真君が飲んでるのは、もしかしたら唯さん好みの『おーい、お茶だ』じゃあないかしら?」
「た、たしかにこれは『おーい、お茶だ』だけど、な、何か変か?」
「私個人は『おーい、お茶だ』よりも『伊左衛門』の方が好きなのよね。もし私が先に言えば、拓真君は『伊左衛門』にしてくれたのかしら?」
そう言って、もう一度藍は俺の左足に蹴りを入れた。
おいおい、藍、勘弁してくれよ。お前、俺のマグボトルの中身を知っていて言うって事は、明らかに俺と唯に喧嘩を売ってるよな。しかも、その女王様を彷彿させる冷たい視線を唯に向けているし・・・そんな事より声がデカい!頼むから静かに喋ってくれよお。
でも、たしかに藍が自分のマグボトルに入れてるのは『伊左衛門』だ。それも唯と同じく2リットルのペットボトルの小分けであるし、その経緯も唯と同じだ。しかも俺と唯と同じマグボトルの色違いだ。唯も喧嘩を売られた事が分かったようで、明らかにさっきまでとは目の色が違う。
「唯は抹茶入りの緑茶は嫌いだなー。だってー、粉が下に沈むでしょ?だけど『おーい、お茶だ』はそれが無いから気にしなくて済むわよー。唯は飲みやすいから、ぜーったいに『おーい、お茶だ』を勧めるわ。何なら歩美ちゃんも明日から『おーい、お茶だ』にしてみる?」
そう言いつつ、俺の右足に蹴りを入れた。しかも、今度の蹴りはさっきより強い。明らかに怒っている。
「あら?抹茶が入っていた方が高級そうに思えるから私は好きだわ。それに、本物のお茶を急須で注ぐと少量の茶葉が底の方に沈むでしょ?だから本物のお茶みたいだから、私は『伊左衛門』をお勧めします。拓真君だけでなく、歩美ちゃんも泰介君も、安っぽい『おーい、お茶だ』にする位なら『伊左衛門』にしてみたらどうかしら」
そう言いつつ、藍も負けじと俺の左足に蹴りを入れる。こっちもかなり本気の蹴りで、無茶苦茶痛い
「そんな事はないわ。絶対に『おーい、お茶だ』を勧めるわ」
「いいえ、『伊左衛門』です」
「『おーい、お茶だ』!」
「『伊左衛門』!」
「『おーい、お茶だ』!」
「『伊左衛門』!」
おいおい、勘弁してくれよお。俺を挟んでにらみ合いはマジで勘弁して欲しいぞ。だいたい、今朝から何でお前ら二人共、競り合っているんだ?俺はまったりとした学園生活を望んでいるんだぞ。だいたい、文句を言うたびに俺の足に蹴りを入れる理由は何だ?俺への当て付けか?それに、泰介も歩美ちゃんも困惑してるぞ。こんなくだらない事で口論するのはやめてくれー!!
『おーい、お茶だに決まってるだろ!』
『バカかお前は!伊左衛門の方がいいに決まってるだろ!』
『伊左衛門のどこがいいのよ!』
『はあ?あんた、あんな安っぽいののどこがいいのよ!』
俺は、いや、俺だけでなく、藍や唯、それに泰介も歩美ちゃんも、この騒動を聞いてその方向を向いた。
そしたら、このクラスの中にいた連中が『おーい、お茶だ』派と『伊左衛門』派に分かれて口論を始めていたのだ。
しまった!忘れていた・・・元々このクラスでは、いわゆる藍を支持する派閥と唯を支持する派閥がいて、そいつらが藍や唯の真似をして『おーい、お茶だ』と『伊左衛門』を購買で買う事が昨年からお決まりのようになって、中には藍と唯が使っているマグボトルと同じ機種、同じ色の物を購入して『おーい、お茶だ』と『伊左衛門』を自宅から持ってくる輩もいる。そいつらが、くすぶっている派閥争い、つまり『藍と唯のどっちの方が学年No.1美少女か』という抗争が、形を変えて『おーい、お茶だ』と『伊左衛門』のどっちの売り上げが多いかという、実に馬鹿馬鹿しい争いを繰り広げていたんだった。
形の上では昨年のミス・トキコーが唯に決まった事で一応の決着がついたかのように思われたが、実は得票差がわずか1票しかなくて、しかも2連覇確実と思われていた藤本先輩が2位の藍とわずか1票差の3位になった理由も、ついでに言えば4位の相沢先輩も3位藤本先輩と1票差になった原因も、唯の『とある当日の出来事』にあったので、藍派と唯派の火種として燻っているのも事実だ。その出来事はここでは省略するが、それ以来、藍を支持する派閥と唯を支持する派閥が実にクダらない理由でクラスだけでなく時々学校中を巻き込んで争うようになったのだ。しかも、男女問わずにだ。藍はいわゆるMの、いや、ソフトMの気質の、唯は癒し系を求める人に、学年、男女問わず人気があるからだ。
でも、さすがにこうなると、藍も風紀委員としての立場を優先せざるを得ない。それに唯も生徒会副会長としての立場もある。
「みんな、静かにして!」
「そうです。たしかに『おーい、お茶だ』と『伊左衛門』の事で唯さんと口論になったのは大人げない事だったと反省してます。それに、お互い、日本茶同士ではありませか?そんな事で言い争っても何の利益にもならないから、ここはひとまず落ち着いて下さい」
そう二人は言って立ち上がった。しかも藍が女王様らしいクールな瞳をして立ち上がったので、みんな一斉に黙ってしまった。藍を必要以上に刺激するとマジで女王様以上の事をやりかねないのをみんな知っているからだ。
ただし、口論の元を作ったのは間違いなく藍だ。その事は藍自身が分かっているから先に藍が頭を下げた。当然、神妙な顔つきで謝った。
「唯さん、ちょっと言い過ぎました。すみません」
「あー、いえ、唯も感情的になりすぎました。ごめんなさい」
そう言ってお互いに頭を下げたので、藍派も唯派もこれ以上論争を続ける意味がなくなった。そのため、こちらもお互いに自分の非を詫び、何とかこの場は収まった。
でも、席に座った途端、俺の足に二人同時に蹴りを入れるのを忘れなかった。しかも、今までで最強の蹴りを入れやがって・・・マジで足の骨が折れたかと思ったぞ。
結局、俺は次の日からヨントリーの烏龍茶を持って行く事にした。これにより藍と唯が言い争う事はなくなった・・・が、マジで勘弁して欲しいぞ!!
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