第14話 マジで勘弁して欲しいぞ その1

 今日はある意味、本当の試練の日でもある。

 昨日、一昨日は藍としか一緒に登校しなかったけど、今日は俺と藍、唯が同じ時間に家を出る。しかも昨日と同じ事をもし藍が唯の目の前でやったら、ほぼ間違いなく藍と唯の間に亀裂が入る。下手をしたら唯は完全に壊れる。

 いかにして藍と唯の間を取り持ちつつ、平穏に学校へたどり着けばいいのか、今日は試金石でもある。

 だから心配で昨夜はよく眠れず目の下にクマを作って・・・というのは嘘で、唯からのプレゼント(?)のせいで興奮した&張り切り過ぎた為、寝不足になった訳だ。でも、さすがにそれを藍と唯の前では言えない。

 そんな俺の心配をよそに、藍も唯も既に着替えてテレビを見ている。あと少ししたら家を出る時間だ。母さんは先ほど俺たちのお弁当を作り終え、それを俺たちは鞄に入れた所で出発した。

 今日は少し肌寒い日なので、春先のコートではなく冬のコートである。天気予報では雪が舞うとも言っていた。まあ、寒の戻りと言った所だが、季節は春に向かって着実に進んでいて、もう道路脇の雪はない状態になっている。今冬は記録的な暖冬で元々雪が少なかったという理由もあるけど、とにかく雪はなくなっている。それはうちの周囲も同じだ。

 その雪がなくなった道路を地下鉄の駅まで歩いて行く訳だが、俺の左には唯が右手で、俺の右には藍が左手で、それぞれ利き手ではない方の手でスマホを持ち、利き手でスマホの画面を飛ばしながら歩いている。おいおい、歩きスマホは危ないぞ。しかも藍に至っては自分で注意を呼び掛ける側なのに今は自分でやっているとはどういう意味だ?

 その心の声が聞こえたかのように藍はスマホを見るのをやめ、それを鞄の中に入れた。唯はまだ見ていたが、藍が鞄にしまった事に気付いて、こちらも鞄に入れた。

 藍も唯も俺との距離を微妙に取りつつ、でも、俺の左右から離れようとしない。見方によっては「両手に花」と言えなくもない。だが、俺個人の感想としては「ちょっとあんたさあ、どうしてそこにいるの?邪魔よ、邪魔」と言い合っているようにも見えなくもない。

 唯は既得権として俺の左にいて、まさに「今カノ」を主張しているように見えるが、藍はその唯を押しのけて、自分が「今カノ」の立場に戻ろうとしているように見える。当然だが、さすがに今日は藍も俺に肩を寄せるという事をしてこない。

 俺は周りの人の迷惑になるからと思い、この二人のうちどちらかを後ろか前に行かせたくて、わざと歩く速度を早くしたり遅くしたりを不規則に繰り返しているが、まるで俺の意図を読んでいるかの如くぴったりと歩く速度を合わせているからなかなか振り切れない。ただ、これ以上俺が右によると、藍は完全に後ろか前に避けるしかなくなる。だが、そうした後には学校でどういう事態になるかは容易に想像がつく。だからこれ以上右にも寄れない。

 二人共、何もしゃべらない。ただ、なんとなくだがお互いに火花を散らしているように思えてならない。ただ、その状況も、あと少しで終わりとなる。その理由は、次の角を曲がると、駅に降りる階段がある場所の近くまでは三人並んで歩くだけの歩道スペースがないのだ。これは俺の予想だが、そこに行くまでの間にお互いに決着を付けようとしているのではないか?だから俺が挑発しても俺のペースに合わせて自分もペースを上げたり下げたりしているみたいだ。

 やがて、問題の場所に近付いた。

 俺はまだ迷っている。右に寄るか左に寄るか・・・それは、姉を選ぶか、妹を選ぶか、今カノを選ぶのか元カノを選ぶのかという選択でもある。そのため、俺は歩く速度を落とさざるをえない。残りわずかの間に決断しなければならない。しかも禍根を残さずに。

 現状で藍と唯のどちらが精神的に安定しているかといえば、それは藍だ。だが、藍も『唯よりはマシ』という程度だと思う。だから俺も逆に迷う。でも、やっぱりここは今カノであり、精神的にも不安定な方である唯を選ぶべきなのだろう。

 そう思って俺は右に寄って、藍を押し出そうとして・・・いたのだが、そこで俺は気付いた。

 そう、藍も唯も、いつの間にか俺の前にいて、二人で並んで歩いていた。しかも、最初から俺などいないかの如く二人で会話をしながらである。おいおい、さっきまでの俺の葛藤は一体何だったんだ?

 仕方なく俺は二人の後ろを歩いていったが・・・い、いかん、これは明らかに失敗だ。やはり、藍の後ろを歩くべきではない。歩くなら前だった。なぜなら、藍の風呂上りの姿を思い出して、歩きながら変な妄想をしてしまう。自然と顔がにやけてくるのが自分でも分かる。

 そんな俺の妄想が見えたかのように藍が突然後ろを振り向き、俺に見せたクールな視線、まさに女王様の冷たい視線で俺を睨みつけ、ハッとなった。ヤバイ、藍はこう見えても勘が鋭かったんだ!

 去年の春、俺が藍と付き合いたいなあと思っていた時も、去年の秋、俺が藍との関係で悩み始めた時も、まるで藍は俺の心の声が聞こえたかのように言ってきた。「付き合ってもいいわよ」「しばらく、距離をおきましょう。拓真君がそれでいいなら」と。俺が唯と付き合い始めた事にあっさり気付いたのも藍だ。「私にあやまる必要はないわ。唯を泣かせたら駄目よ」と。俺が唯とキスをした次の日には「私の時より早くない?」とツッコミを入れてきた位だ。どうして藍は俺の心の声が聞こえるんだ?

 それに、勘が鋭いだけでは説明がつかない部分もある・・・それは、多分、観察力だ。俺の仕草や表情などを細かく観察しているから、俺が何を考えているのかを読み取れるんだと思う。逆に言えば、藍は今でも、いや、昔から俺しか見てないんだ。

 という事は・・・ある意味、唯よりも扱い難いかもしれない。いずれ藍は俺を取り戻そうとして唯と衝突する・・・その時に、俺は藍を選ぶべきか、それとも唯を選ぶべきか・・・どちらの味方をしても、俺たち佐藤きょうだいはその時点で崩壊する・・・そして、その先に待っているのは修羅場だ。

 その時、再び藍がこっちを向いた。

 今度は先ほどまでのクールな視線ではない。まるで何かを訴えるかのような目だ。だが、それをずっと俺にしていた訳ではない。一瞬だけであり、その後は普段と同じように、クールな視線を俺に向けている。しかも藍は立ち止まっている。もう目の前には地下鉄の駅に降りる階段があるからだ。

 唯も立ち止まっているが、こちらは無邪気な笑顔を俺に向けている。早く行こうといわんばかりの視線を俺に送っている。

 だが、ここで俺は1つ、ヤバイ事に気付いた。

 この時間は昨日の時間より遅い。つまり、この駅を使ってトキコーに通っている生徒は他にもいるし、次の駅以降に乗車してくるトキコーの生徒もいるから、俺たちは目撃される可能性が非情に高い。藍は3月までは手稲区に住んでいて、手稲駅からJRと南北線を使って通学していたから東西線を使って通学している藍を不審に思う人が現れてもおかしくない。しかも、俺と一緒に通学しているのは不自然極まりない。

 だから、藍と一緒にいるのはマズい。どうしてもっと早く気付かなかったのか・・・当然だが、唯も一緒にいるのは不自然だ。

「おーい、早くいこうよ」

 唯が俺に声を掛けてくる。仕方ないから俺はさっきまでと同じく二人の間に挟まれる形で階段を降り、地下鉄の改札口へ向かった。

「あまり気にしない方がいいわよ。返って怪しまれるから堂々としていましょう」

 藍はまるで俺が言いたい事が何なのかを知っていたかのように俺に言ってきた。やれやれ、藍は全てお見通しだったのか。なら仕方ない、普段通りに歩くとしよう。それに、唯もいるから、俺と藍がツーショットで歩いている訳ではない。意識過剰だったのは、もしかしたら俺だけだったのかもしれない。そう思うと気が楽になったのも事実だ。やはり俺は藍には敵わない。

 藍と唯は地下鉄内ではロングシートに並んで座っていたが、俺はどちらかの横に座るのは危ないと思い、二人の前に立っていた。そして、南北線では座る事が出来なかったので三人共立っていた。

 確かに地下鉄では同じトキコーの制服を着た生徒を何人も見たが、俺たち三人を不思議そうに見ている奴はいなかった。みんな、誰がどういう手段で登校しているのかについて細かく知っている訳ではないから、藍や唯が俺と一緒にいても疑問に思う奴などいないのだな。逆に言えば、そこまで知っている奴は殆どストーカーに近いからな。


 朝のショートホームルームでは先日の宣言通り、クラス委員、風紀委員、トキコー祭実行委員を決める事になっている。

 だが、山口先生は不機嫌そのものだ。事前に宣言しておいたにも関わらず、誰も山口先生の所に委員をやると言い出した人がいなかったからだ。山口先生は

「おーい、頼むぞ。このままだと1時間目の国語がロングホームルームになっちまうぞー。先生はそういう事に時間を使いたくないんだぞー」

 と、いつも以上にぶっきらぼうな口調だ。

 そう山口先生は言ったが、みんな左右を見渡しているけど誰も手を上げない。さすがに俺もクラス委員はやりたくない。それは藍も同じはずだ。ただ、唯は立候補する権利はないので、黙っている。

 その時だ、一人の女の子が立ち上がった。

「先生、私、クラス委員やります」

 そう言ったのは村田むらた由香ゆかさんだ。眼鏡の似合う、ちょっとニキビ顔の背が低い女の子で、まさにロリっ子そのものではあるが結構クラスでも人気がある。

「おー、村田かあ。本当にいいのか?」

「はい、私、やります」

「おっし、他に誰も名乗り出ないから、村田に決まりだ!みんな、村田を支えてやってくれよ」

 そう山口先生が言うと、クラスのみんなから拍手が起きた。

 その拍手が鳴りやまないうちに、藍が手を上げた。

「先生・・・風紀委員は私がやります」

「おい、ちょっと待て佐藤藍、お前、本当に大丈夫なのか?」

「構いません。私がやります」

 その発言にクラス中が逆にざわめき始めた。藍が昨年も風紀委員をそつなくこなしていたのはみんな知っている。しかも年明けからは生徒会書記と兼務をしていた。規則上、風紀委員は生徒会三役でなければ兼務しても問題ないので、藍が今年も風紀委員をやっても問題ない。だが、今の藍の境遇をまがいなりにも知っているクラスのみんなから見たら不安になるのも無理はない。山口先生も心配する位であり、かくいう俺も不安に思う一人である。当然、唯も目を丸くしている。

 だが、山口先生はしばらく目を瞑っていた後

「まあいいだろう。折角本人がやる気を出しているのに、それを押さえつけるのは先生の性に合わないのも事実だ。よし、佐藤藍、お前にまかせたぞ」

 そう言ったので拍手が沸き起こった。さあ、残るはトキコー祭実行委員だけだ。

「という事は残ったのはトキコー祭実行委員だが、誰かやる人はいないのか?というか、何でこのクラスは女子ばかりが責任ある立場についてるんだ?男どもは何をしている!あれはついてるのか?女を泣かせるだけについてるんなら取っちまえ!」

などと言うから、クラス中で笑いが起きた。山口先生らしい発言だ。

 この時、村田さんが手を上げた。

「あのー、誰も立候補しないならクラス委員として推薦したい人がいます。『佐藤きょうだい』の中で拓真君だけが何もやってないので、ここは拓真君を実行委員に推薦いたいと思いますが、どうでしょうか?」

 おい、村田さん、それはちょっと勘弁してくれ!俺が実行委員という事は、唯の下で働けという意味だよなあ。さすがにそれは俺も断りたいぞ。唯もやりにくいだろうし・・・。しかも藍も生徒会メンバーだから、本当の『佐藤きょうだい』が実行委員会で顔を揃える事にお前らは気付いているのかあ!?

 だが、クラスの連中は俺の気持ちを知ってか知らずか「おー、それはいいねえ」「兄貴がやらなくてどうするの?」「私は拓真君なら構わないわよ」「俺も賛成」「私もそれでいいわ」などと言い出す始末だ。山口先生もやれと言わんばかりの視線を俺に飛ばしているし・・・。

 仕方がないので「俺がやります」と言って手を上げたのでみんなから拍手が起きて、実行委員になる事が決まった。とうとう俺は家でもクラスでも、ついでにトキコー祭の実行委員会でも、藍と唯と顔を揃える事になった。

 マジで勘弁して欲しいぞ。はー・・・。

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