第7話 仲良し五人組

 俺たち佐藤きょうだいは、昨年は1年A組。つまり、いわゆる特進コースのクラスに在籍していたので2年生になってもクラス替えはない。そのため今年も同じくA組なのだ。

 元々、俺たちのクラスには佐藤姓は3人いた。出席番号順に藍、俺(拓真)、唯だ。まあ、当たり前だけどな。ついでに言えば、藍が5月20日、俺は8月29日、唯は11月22日生まれなので、結果的に出席番号順に義理とはいえ本当のきょうだいとなってしまった。

 だが『佐藤』という姓は日本で一番多い姓であり、決して珍しい姓でもない。たまたま同じ佐藤姓という事もあり、最初は出席番号順に席があてがわれているので、いつの間にか打ち解けていったというのが正しい。

 俺たち新2年A組のクラスメイト達は徐々に登校してきた。もちろん、藍や唯も来ているが、みんな春休み中に藍と唯の父親が亡くなり、両親がいなくなった事を既に知っている。そのため、逆に腫れ物を触るかのように、なんとなく余所余所しい。

 今日の席順は昨年3月のまま並ぶという事になっているので、俺の左が藍で、俺の右は唯だ。見た目は藍も唯の普段と変わらないように見えるが、多分、藍も唯も無理して平静を装っているのではないかと勘繰るのは俺だけだろうか?

 そんな中、担任の山口先生が教室に入ってきた。

「あー、そのままでいいぞ。別に変に緊張する事もないぞー」

 おいおい、これでも女かあ?まあ、これは去年の国語の授業の時がそうだったから、多分担任だからと言って変わるとは思ってなかったけど・・・。

 かなり、いや超美形かつスタイル抜群の先生で、年齢の事を言うと失礼かもしれないが30歳前後とだけ言っておく。本人が絶対に言わないから正確な年齢が分からないからだ。この男のような口調・・・まあ、声も女性にしては少し低めで、しかもスカートを履いている所を見た事がない。普段はお気に入りのローライズジーンズで授業をしていて、今日の入学式のような行事の時もパンツスーツの人だ。それと・・・これも言うと失礼だが独身だ。

 そんな山口先生が全員を出席番号順に確認している。

「・・・佐藤藍」

「はい」

「佐藤拓真」

「はい」

「佐藤唯」

「はい」

 良かった。二人共普段と変わらない返事だ。見た目も普段と変わらないし、唯は俺に向かってVサインを出している位だ。逆に緊張感が無さすぎる。

 全員の出席を確認した後、いくつかの連絡事項が山口先生から語られた。そして、一番最後に

「あー、それとみんな既に知っている筈だが、佐藤藍と佐藤唯のお父さんが春休み中に亡くなった。二人共色々とあって大変なのはみんなも分かってると思うが、今までと変わらぬ態度で接してくれ。これは本人たちからの希望でもあるし、担任としてのお願いでもある。そういう訳だから、よろしく頼むぞ」

 山口先生はそれだけ言うみんなに頭を下げた。それに合わせて、藍も唯も立ち上がってみんなに頭を下げた。どうも事前に三人で確認してあったみたいだ。

 それに合わせてクラスのみんなも軽く頭を下げ、ホッとしたような表情になった。とりあえずさっきみたいな腫れ物を触るような雰囲気が無くなったのは良かったと思う。

 ここでショートホームルームが終わり、休み時間になった。

 たしかにさっきまでは藍と唯の周りには誰も近寄らず、その二人に挟まれた俺も針の筵のような感じだったけど、この休み時間は以前と変わらない雰囲気に戻っている。俺も少しだけホッとした。藍も唯も今まで通りにみんなと接しているし、みんなも藍と唯に今まで通り話しかけている。

 そうなると、その二人に挟まれる形の俺は邪魔者以外の何者でもない。さっさと退避するに限る・・・そう思って立ち上がり、廊下へ出ようとした所、いきなり俺は肩を叩かれた。

 振り返ってみると、そこには俺の悪友と言うべきかA組随一の親友の小野おの泰介たいすけがいた。その横には杉村すぎむら歩美あゆみちゃんもいる。俺の肩を叩いたのは泰介の方だ。

「よー、しばらく見ないうちに、少し痩せたか?」

「ああ、ちょっと痩せたかもしれんぞ。気苦労でな。はーーー」

「あれー?A組随一の能天気男が痩せたって事は・・・やっぱりアレかな」

「おい、歩美、それはちょっと失礼だぞ」

「あー、ゴメンゴメン」

「まあ、廊下で話そう」

 そう言うと、俺は泰介と歩美を連れて廊下へ出た。

 今の廊下は喧噪にまみれているから、俺たちの事を気にする奴はいない。

「拓真、お前が春休みはうちに1回しか来なかったから暇だったぞー」

「わりーわりー。でも、そういう気分になれなかったんだ」

「あー、分かる。唯ちゃんの件でしょ?」

「そういう事だ。あいつの気持ちを考えると、俺だけフラフラ遊び歩くっていう気分になれないからなあ」

「ヒュー、彼氏さんは辛いですねえ。うまく唯ちゃんを支えてあげてね」

「まあ、オレはお前がこなかった分、ある意味大変だったって考える事もできたけどな」

「あー、それって私は拓真君より下って意味なの?そんな事を言うなら私ではなくて拓真君と付き合えばー?」

「おいおい、オレは男に趣味はないぞ。オレはノーマル!ついでに言えば歩美一筋!」

「うわー、お前、よくそんな恥ずかしい事を言えるよな。俺だったら絶対に無理だぞ」

「私も聞いてて顔から火が出るかと思う位に恥ずかしかったわよー。泰介ったら、学校でよくそんな事を言えたわねえ」

「ハハ。オレもちょっと浮かれ気味かな」

「かもね。でも、藍ちゃんと唯ちゃんの前ではやっぱり失礼だと思うから気を付けてね」

「ああ。それは気を付けるよ」

 そう、泰介と歩美ちゃんはクラスで、いやトキコーで俺と唯が付き合っているという事を知っている三人のうちの二人だ。もう一人が藍なのだから、この話をクラスで出来ないという理由もそこにある。ただ、泰介と歩美ちゃんも藍が俺の元カノという事を知らない。多分、いや、校内でも俺と藍の関係を知っている奴はいないはずだ。

 俺と泰介、藍、唯、それと歩美ちゃんを加えた5人が、いわゆる『仲良し五人組』で、去年の夏休み前から一緒にいる事が多くなったので、そう言われるようになった。その名付け親は・・・まあ、今は省略する。

 俺は泰介と歩美ちゃんに嘘をついている。ただ、その理由をここで言う訳にはいかない。いずれは話さないといけないだろうが、今はその時でない。

 その後は始業式があり、講堂で行われた。まあ、言い換えれば退屈な時間であったけど、校長先生の話と新たに赴任してきた先生や事務の方々の紹介があり、あっさり始業式は終わって再び2年A組に戻ってきた。やがてロングホームルーム開始のベルが鳴り、俺たちは再び席に座った。

 ロングホームルームでは連絡事項のプリントの配布と明日の予定、それとクラス委員、風紀委員、学園祭(トキコー祭)実行委員の選出についての話があった。

 A組のクラス委員は、明後日の朝までに決めなければならない。とりあえず今日と明日の仮クラス委員は昨年のクラス委員である歩美ちゃんだ。それと、風紀委員は規則により、年度の最初の風紀委員会が始まるまでは、2年生と3年生は前年の風紀委員が務める事になっているので、現在の風紀委員は藍だ。当然、トキコー祭実行委員は決まってない。

「あー、それとみんな既に考えてくれてるとは思うが、今年のクラス委員の事だが、明後日の朝のショートホームルームまでに決める必要がある。さすがにこの場で手を上げろとは言えないから、明後日の朝までに先生の所へ立候補の意思を伝えてくれ」

 誰もが隣の人と顔を見合わせている。それは藍と唯も同じだ。

「それと、風紀委員とトキコー祭実行委員も決めないとならないぞ。一番先に決める必要があるのはクラス委員だが、風紀委員とトキコー祭実行委員も立候補したい人は先生に言ってくれ」

 俺は藍の方をチラッと見た。藍は何故か俺の方を見ていて俺がドキッとしたが、俺から視線を逸らしたのでやや不満そうな顔をして前を向いた。

 ただ、山口先生は

「ダラダラと立候補者を待っているのは先生の性に合わないから、クラス委員も風紀委員も実行委員も、明後日の朝のショートホームルームに決めるぞ。立候補したい奴はさっさと名乗り出てくれ。それと、知っての通り、佐藤唯だけはこの3つの委員に立候補する権利がないから、それだけは承知しておいてくれ」

と、あっさり言ってきた。これにはみんなザワついた。おいおい、たしかに山口先生はダラダラとした話し合いが嫌いな事で有名だけど、クラスの決め事もこんなやり方でいいのか?

 ただ、山口先生の口調はぶっきらぼうで竹を割ったような性格だが、表裏を使い分けず、本音で生徒と向き合ってくれるから生徒の評判は非常に良い。しかもその美貌とスタイルから男子生徒からは圧倒的な支持を得ているし、女子生徒の評価も高い。男子生徒の中には本気で山口先生と付き合いたいと言い出す輩が毎年のようにいるらしいが、山口先生自身が「生徒が教師と付き合うなどという事は許さん」と毎年のように説教しているとの話を聞いた事がある。そんな山口先生についたあだ名が『トキコーの〇クセン』だ。名前も似ているしね

 最後に分けられたプリントだけは生徒会からの物であり、明日の部・同好会説明会のプログラムだ。明日は午前に新入生向けのオリエンテーションが生徒会主催であり、午後からは全ての部・同好会が講堂で合同説明会をやる事になっている。既に運動部の一部はスポーツ特待生対象に練習を始めているが、厳密には明日の説明会終了後から体験入部が可能になる。

 部・同好会説明会の説明順は昨年度末に生徒会室で各部・同好会の代表、一部の同好会は顧問の先生が代行して抽選が行われ、その順番に従って行われるのだ。

 そのプリントを見ながら改めて思うが、歩美ちゃんは「放送芸能同好会」所属で明日の説明会の司会を担当する事が既に決まっているので当然最後まで残る。藍も唯も生徒会メンバーなので最後まで残る。俺は別の意味で最後まで残る事になる。蛇足だが、帰宅部の泰介も百パーセントの確率で最後まで残る。結局、俺たち『仲良し五人組』は目的の違いはあれ、明日は全員最後まで残るのは間違いない。

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