第5話 入学式の裏で

 俺たちの家は地下鉄東西線の沿線にある。家から最寄りの駅までは徒歩で15分くらいで、東西線で大通駅まで行って、そこで南北線に乗り換えて3駅。そこからは徒歩で10分程歩くと、俺たち佐藤きょうだいが通う『私立札幌時計台高校』通称トキコーがある。

 今日は新1年生の入学式だ。午前中に入学式が行われ、午後から新2年生、新3年生の始業式が行われる。

 唯は生徒会副会長なので入学式そのものに出席する。藍は生徒会書記なので受付担当だ。だが、なぜか俺も受付担当として駆り出されている。これは3月の修了式の段階で藍(当然、この時は義姉ではない)が俺に声を掛けていた為だ。どういう理由で声を掛けてきたのかは分からないが、唯の事を思って一緒に登校できるようにしてやったのではないかと思う。

 元々、唯の家というか賃貸アパートは千歳にあった。本来なら千歳からJRで札幌に行き、そこから南北線に乗るのだが、新札幌で降りて東西線に乗り換え、大通駅で南北線に乗り換える事も可能なのだ。俺と唯(当然、この時は義妹ではない)が時々この方法で一緒に東西線ルートで登校、下校していた事を藍は知っていたから、気を利かせた可能性がある。

 だが、今の俺にとっては地獄以外の何者でもない。そう、昨夜の脱衣所とブラジャーのせいだ。

 藍は当然昨夜の件を知っている。そして、俺が目の下にクマをつけて起きてきた理由も知っている。だが、その理由を知っているにも関わらず、俺を無視していた。というか、俺の顔を見て笑っていた。

 なんとなくだが、昨日、自分の下着姿を見られた仕返しをして内心ほくそ笑んでいるようにしか思えない。だが、俺も大きな事を言えない。事故とはいえ、現役高校生の女の子の下着姿を見てしまったのだから。

 そんな俺の心の内を知っているかのような小悪魔(?)藍であるが、隣で新1年生の受付や保護者の案内を滞りなくやっている。その仕事ぶりは唯を上回るのは間違いない。なぜ唯が生徒会副会長で藍が書記に甘んじているのかは俺は知らない。

 受付を担当しているのは、俺以外は生徒会執行部のメンバーだ。会計担当の3年B組の宇津井うつい拓也たくや先輩、書記の藍、同じく書記の3年E組の本岡もとおか信彦のぶひこ先輩だ。この3人は受付が終わった後は自由時間となるが、逆に生徒会長の3年A組相沢あいざわ美咲みさき先輩、副会長兼風紀委員長の同じく3年A組藤本ふじもと真姫まき先輩、それと唯は入学式が始まる少し前に講堂に入り、入学式が終われば、新入生歓迎オリエンテーションの打ち合わせなどをやるらしい。だからずっと自由時間という訳ではない。

 今の生徒会執行部のメンバーはトキコー史上2度目という女子の方が多い構成だ。また、史上唯一、三役(生徒会長、副会長、副会長兼風紀委員長)が女子だけという記録ずくめの執行部である。そのため、宇津井先輩も本岡先輩も現執行部の立ち上がり当初はよく揶揄われていたらしいが、歴代の風紀委員長の中でも最強(?)と噂される藤本先輩が剛腕ぶりを発揮して執行部への不平、不満を抑え込んでいる。噂によると、硬軟使い分けて、ある時は懐柔、ある時は風紀委員長の強権を発動して抑え込んでいるようだ。

 まあ、藍が『A組の女王様』なら、藤本先輩は『トキコーの女王様』とも呼ばれている程の人で、全ての面において藍を上回る。女王様としての貫禄だけでなく、その美貌、スタイル、身長、さらに胸の大きさ・・・おい、ちょっと待て、たしか昨夜のブラジャーのサイズがFカップだったという事は、藤本先輩はGカップ以上!?

 蛇足だが、一昨年の「ミス・トキコー」は断トツで藤本先輩だったが、昨年は三位。既に御存知かと思うが、ミス・トキコーは唯で、準ミス・トキコーは藍だ。その理由は・・・まあ、今は伏せておく。さらに言えば会長の相沢先輩、まあ、一昨年の準ミス・トキコーも参加していて、こちらは四位であった。

 そんなメンバーの中、唯一俺だけが執行部ではない。だからこの仕事が終わってもやる事が無いのは事実。既に宇津井先輩と本岡先輩は残った書類や荷物を持って早々に引き上げていき、俺は受付が終わってホッと一息ついてペットボトルの烏龍茶を飲んでいたら、藍が声を掛けてきた。

「拓真君・・・ちょっと話がしたいんだけど、いいかしら?」

「あー、いいよ。それで、どこで話す?」

「今なら2年A組に行っても誰もいないから、そこでいいかしら?」

「ああ、いいぞ」

「何なら、そこで押し倒してもいいわよ」

「!!!」

 俺はあやうく飲んでいた烏龍茶を吹き出しそうになった。俺にとっては、ある意味トラウマになっているからだ

「あー、変な事を想像したでしょ」

「あったりまえだ!」

「昨夜はいいオカズが2つもあったから、さぞおいしかったでしょ?」

 俺は返事に困った。事実だからだ。

「・・・仕返しか?」

「さあ、どうかしら?」

「ったく。とりあえずA組に行って話をしよう」

「そうしましょう。あ、無理に返さなくてもいいわよ」

「!!!」

 俺は再び烏龍茶を吹き出しそうになったのは言うまでもない。


 俺と藍は廊下を並んで歩き、2年A組に向かった。

 でも、考えてみれば、藍と並んで校舎を歩くのは初めてだ。あの頃、つまり、俺と藍が彼氏彼女としての関係だった時は、校内ではとにかくタダのクラスメイトを装い、出来るだけ目立たない場所でデートしていたのだから、こうやって堂々と校内を歩くというのをした事がなかった。

 いや、一度だけあった。だが、それは・・・

 そんな俺の心の中を見透かしたかのように、藍が話し始めた。

「・・・初めてかしら?」

「何が?」

「こうやって二人で廊下を歩くのは」

「ああ、多分、というか間違いなく初めてだ」

「拓真君、お互い、嘘をつくのをやめましょう。これで2回目よね」

「・・・・・」

「・・・あの頃の私と今の私は同じ?それとも変わった?」

「・・・何を言いたいんだ?」

「・・・・・」

 藍は無言で歩き、そのまま2年A組に入った。

 俺も無言のままA組に入り、藍が適当な席に座ったので、俺は向かい合うような形で座った。

「・・・それで、話ってなんだ?」

「・・・唯さんの事で話があります」

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