196話

「――という訳で、王国ではアルバのお父さん達が頑張ってるん……だ!」


「なるほど、な!」


 天空城内を進む俺達は、迫りくる魔物共を蹴散らしながら、ヤツフサの報告を聞く。

 ノブナガなどの話を総合すると、やはり世界中でワイズマンの手勢が暴れてるらしい。

 とりあえず、俺が聞いた限りだと今のところはこちら側が優勢とのことだ。

 ま、王都に関しては問題ないだろう。なんせ、俺の親父と母さんが居るのだ。むしろ、魔物共を心配するレベルである。


「それにしても、魔物の数が多いですわね……」


「しかも無駄に広いしのう」


 魔物を蹴散らしていると、フラムやグラさんがげんなりしながら言う。

 突入してから、かれこれ三十分。

 ずっと戦いっぱなしだったから、そんな気分にもなるだろう。

 もっとも、魔物自体は俺達の敵ではないので殆ど無傷だ。時折負った傷も、カルネージの魔法によりあっという間に治る。 

 しかし、いくら相手が雑魚とはいえ、こう数で攻め込まれると魔力が厳しくなってくる。

 なので、魔法はアルディとグラさん。それ以外は肉弾戦メインとなっている。

 カルネージは完全に回復担当だ。


「さぁ、次こいやー……⁉」


 目の前の魔物を倒し、意気揚々と次の戦いに備えようとしたところで、言い知れぬ恐怖が襲い、腰が抜けてしまう。


「な、なんですのこの恐怖は……!」


「ふええ、こ、怖いですー」


「こ、この私が恐怖するだと……まさか」


 他のメンバーも俺と同じような状況なのか、地面にへたり込んでしまっている。

 あのジャスティナまでが恐怖で顔を歪めていた。

 

「あはは、良い様だねえ」


「クラージュ!」


 俺達が状況の変化についていけないでいると、エスペーロと共に天空城へと逃げたクラージュが立っていた。

 何処にも怪我が見当たらないから、ワイズマンに治療してもらったのだろう。

 奴の後ろには、鼻息を荒くして殺意に満ちた魔物共が居た。


「いやぁ、他人の恐怖に歪んだ顔っていうのは、いつ見ても素晴らしい物だね。……君達は今、僕の恐怖心を増幅させる魔法によって最大級の恐怖を味わっている。どんな人間でも、恐怖には逆らえないからね」


 クラージュは、聞いてもいないのにペラペラと説明してくれる。

 だが、それで合点が行った。

 通りで、別に怖くなかったのに、いきなり魔物共が恐ろしく見えるわけだ。

 あのジャスティナでさえ恐怖に支配されているのだから、恐ろしい魔法である。

 本人に戦闘力が無いのに七元徳に居た理由が分かった。


「くくく……あーっはっはっは! いい気味だね、ジャスティナぁ! 威張り散らしてた女が僕の目の前で跪いてるよ! さいっこうに良い気分だ!」


 クラージュは、自分の顔を押さえながら高笑いをする。

 なんともまぁ、歪んだ性格だこと。


「君達が今から情けなく命乞いをするところを見られると思うと興奮するよ。もっとも、助けてあげないけどね……!」


 くそ、奴をぶっ倒したいところだが、恐怖心で体が動かない。

 ガチガチと体が震え、言う事を全く聞いてくれない。

 怖い……目の前のクラージュも、その後ろに居る魔物もひたすらに怖い。

 俺達は、こんな所で死んじまうのか?

 折角、皆に託されたというのに……。


「させ……るかぁ!」


「何⁉」


 突如響く声に、クラージュは驚愕の表情を浮かべる。


「アルバ達を……こんな所で死なせるわけには行かん!」


「き、貴様! 何故動けるんだ⁉ 恐怖で身がすくんで立つことも出来ないはずだぞ!」


 クラージュの視線の先を追うと、そこには震えながらも懸命に立ち上がるカルネージの姿があった。


「ふ、愚問だな」


 クラージュの問いに、カルネージは鼻で笑う。


「俺様は、生粋のビビリだぞ? これくらいの恐怖、日常茶飯事だ!」


「な、なんだって―!? ば、ばかな……普通の人間では体験しようの無い恐怖を与えてるんだぞ? 一体、どれ程ビビリならこの恐怖に耐えられるって言うんだ……!」


 格好悪い事を全力で叫ぶカルネージだが、クラージュには大変衝撃的な事だったようで、ガクリと膝をおっていた。


「ア……アルバ君。こ、此処はボクに任せて……行って!」


 カルネージは、仮面を取り素に戻ると今にも泣きそうな顔をしながらこちらを見てそう言う。


「さ、さささっきも言った通り、あいつの魔法は……ボクには無意味だ。だから、此処はボクが……戦う!」


「ふ、ふん。少しビビったけど、君に何ができるって言うんだい? 君はどうやら回復魔法しか使えないようだけど」


 おそらくどこかで見てたのだろう。何とか持ち直したクラージュは鼻で笑いながらそう言う。


「ひ、一人じゃないですー」


「そういう……事じゃ」


「ば、馬鹿な……」


 続いて、スターディとグラさんが立ち上がった事で、クラージュは再び驚愕する。


「わ、私にとって恐怖は……気持ちよくなるためのスパイスでしかあ、ありませんー」


「ワシは……そもそも生きてる年数が違うでな。これくらいの恐怖、既に経験済みじゃ」


「あ、有り得ない……さ、三人も僕の魔法を打ち破るなんて」


 クラージュは、目の前の光景が信じられないという感じで呆然自失となる。

 それのお蔭か、奴に魔法を維持する力が無くなったのか、先程までの言い知れぬ恐怖感が消えていた。


「なんとか……動けるようになりましたわね」


「まったく……地味に手こずらせやがって」


 俺達は、まだ余韻を引きずって震える膝を叩きながら何とか立ち上がる。


「さーて、覚悟しろよ? クラージュ」


「ひっ⁉」


 俺が手をボキボキ鳴らしながら睨むと、クラージュは後ずさりをする。

 

「アルバ君達は……先に行って!」


「は? 何を言って……」


「良いから!」


 俺の言葉に、カルネージはキッとこちらを睨みながら叫ぶ。


「カルネージさん? 魔法が解けたんですから一緒に「フラム」アルバ様?」


「行くよ。カルネージは今、戦士の顔をしてる」


 あの臆病だったカルネージが、今はノブナガ達と同じ顔をしている。

 戦いを好まないカルネージが自ら戦おうとしているのだ。

 同じ男として、水を差すわけにはいかない。


「アルバの言う通りだ。今までと同様、あまり時間をかけるわけには行かない。ワイズマンに時間を与えると、それだけ私達が不利になる」


 俺に賛同するようにジャスティナがそう言う。


「カルネージ、スターディ……グラさん。任せた」


「はい」


「了解ですー」


「任せておけ」


 三人に声を掛けると、彼らは一様に頷く。


「そういう訳だ……押し通らせてもらう!」


 この場を三人に任せると、俺達は彼らが少しでも楽になるように魔物を蹴散らしながら先へと進む。

 後ろからはカルネージ達の叫び声が聞こえてくる。


「……アルバ」


「なんだ、ジャスティナ」


 走りながら奥に向かっていると、ジャスティナが話しかけてくる。


「恐らく、ワイズマンは私達を分散させようとしている」


 だろうな。

 個別に敵を配置してる事と言い、俺達の仲間に敵と相性が良い奴が居たことと言い、偶然ではないだろう。

 ワイズマンは、分散せざるを得ない状況を計算して作り出している。


「次も……奴は分散せざるを得ない敵を用意してるはずだ。今までの事を考えて無駄な時間を作らない為にも……先に行ける奴が先に行く。これでいいな?」


「……分かった。皆もそれで良い?」


 ジャスティナの言葉に頷くと、俺は他の皆にも尋ねる。

 あれだけ居た人数も、今はフラム、アルディ、ヤツフサ。それに俺とジャスティナの五人だけになってしまった。

 皆も同じように頷く。

 誰がワイズマンの所に行くことになるかは分からないが、残る事になった時は全力でフォローしようと心に決める。


「っと、なんだか広い所に出たな」


 俺達が、これからの事を決めたところで、何やらただっ広い空間に出る。

 中央には、二人の人物が立っていた。

 一人は執事服に身を包んだセバス。もう一人は……、


「タ、タウゼント!」


 ワイズマンと初めて対峙した村で出会った……タウゼントがそこに居た。

 馬鹿な、彼女は俺が間違いなく倒した筈だ。


「ようこそ、皆様。お待ちしておりました」


 警戒する俺達に対し、セバスはペコリと頭を下げる。


「申し訳ありませんが、此処から先はアルバ様お一人でとワイズマン様から仰せつかっています」


「は? 何で俺一人なんだ?」


 分散させようとしてくるだろうとは思っていたが、まさかこんなストレートに来るとは思わなかった。


「それは……ワイズマン様本人からお聞きください。私は命令されただけですので」


「そこの女はどうして此処に居る? 私とアルバが倒した筈だぞ?」


 セバスの言葉を無視するようにジャスティナが尋ねる。


「ああ、彼女はオリジナルの模造品ですよ。オリジナルよりは格段に力が落ちますが……アルバ様以外を足止めするには充分でございます」


 セバスの言葉が合図になったのか、タウゼントの姿をしたソレはゴキリと嫌なの音を立てて異形へと形を変える。


「アルバ様以外は丁重にもてなせとの事ですので、貴方達が何もしなければ、私共も何も致しません」


「……素直に聞くとでも?」


「ならば、力づくでも聞いていただくしかありません……なぁ!」


 すると、あろうことかセバスも異形へと変化していく。


「ああ、素晴らしい! 力がどんどん溢れてくる!」


「……ちっ、こいつもワイズマンに改造されたのか」


 セバスの姿を見て、ジャスティナは忌々しげに言う。


「はははは! ワイズマン様は、素晴らしい力を私に与えてくださった! その恩義に報いる為、アルバ様以外は決して通しません!」


 その言葉を聞いて、俺はどうするべき迷う。


「アルバ様……お行きください」


「そうだよ、アルバ!」


「フラム……アルディ」


「俺に任せておいて、ワイズマンって人を倒しちゃってよ! 大丈夫、さっさとこの人達倒してすぐに追いつくから!」


「ヤツフサ……」


「身内の不手際を貴様に任せるのは非常に不本意だが……行ける奴が行くと決めたばかりだからな。早く行け」


「ジャスティナ……」


 皆が武器を構えて、戦う準備をしながらそう言う。

 子供のころから一緒だったアルディ。

 学園の頃から仲が良かったヤツフサ。

 俺の中身を知ってなお、俺を愛してると言ってくれたフラム。

 スターディ、カルネージ……他にも俺と親しくなった人たちが今、戦ってくれている。


 そして……元々敵だったジャスティナ。

 

「……行ってくる」


 様々な思いを胸に秘め、俺は一言だけそう言うと前へと進む。

 

「こちらでございます」


 ワイズマンの言う事は絶対なのか、素直に言う事を聞いた俺を見るとセバスは元の人型に戻り、俺を大きな扉の前まで案内する。

 扉の前に辿り着くと、俺は取っ手を掴み扉を開けるのだった。

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