176話

「あー、大陸に行きたいならアヅチだね。船や魔導船は、そこからしか出てないんだよ。何せ、うちは島国だから、そう何カ所も港を建てられないんだよね」


 食事を終えて、店員さんに港の場所を聞いたらそんな答えが返ってきた。


「じゃあ、まずはアヅチを目指す感じだねぇ」


「……そうだな」


 店員の話を聞いていたフォレが呟くと、ジャスティナは力なく答える。

 

「うう、私の鎧がカレー臭い……」


「まだ気にしてたのかい? その内、臭いも取れると思うからそんな気落ちなさんなって」


 自分の鎧をクンクンと嗅ぐ、ジャスティナに対しフォレは軽く肩を叩きながら慰める。

 フォレとジャスティナって、意外といいコンビかもしれないな。どっちもぺたんこおっぱいさんだし。

 俺は、大きいのも小さいのも好きだけど。


「で? アルバ君は、さっきから一体何を考え込んでいるの?」


 店員の話を聞いてから考え込んでいた俺に、フォレが話しかけてくる。


「ん? いや、アヅチって言葉が気になってね。対した事じゃないから気にしなくていいよ」


 俺は、パタパタと手を振りながら答える。

 この国の名前がヤマト。そして今居る街がサカイで港がある場所がアヅチ。

 なんだか、とある超有名な歴史上の人物を彷彿とさせるが、まあこの世界を作ったのが日本人なのだから、そういう偶然もあるだろう。


「本当は、折角のヤマトだし観光したいってのが本音だけど、あんまりゆっくりしてられないから馬車とか探しに行こうか。ほら、ジャスティナもしょげてないで行くよ」


「ああ……」


 俺が手招きすると、ジャスティナはしょげ返りながらもトボトボと着いてくる。

 なんだこの萌え生物は。

 最初に会った時のボスらしい風格と威圧感が何処にもない。

 一体、カリスマを何処に落としてきたんだか。


「ん? ねえ、アルバ君。なんだか、あっちの方騒がしくないかい?」


 フォレの言葉に、そちらを見てみれば確かに人だかりが出来て騒がしかった。

 それに先程から、岡っ引きの格好をした人達もそちらへ数名走って行っている。


「よし、見に行ってみようか」


「そうこなくちゃ」


 野次馬根性が働き、俺が見に行くことを提案するとフォレは乗り気で賛同する。

 俺とフォレは、気落ちしているジャスティナを置いて人だかりへと向かう。

 ジャスティナは放っておいても、まず危険は無いからな。

 むしろジャスティナが危険人物になるかもしれないが。


「さてさて……一体、中心には何が……⁉」


 小柄な体を利用して人の隙間を縫って中心へと進むと、そこに広がる光景に思わず固まってしまう。


「どうした……の⁉」


 薄い胸を活用して、同じように中心へとやってきたフォレも、その光景を見て固まる。

 

 全裸が居た。

 比喩でもなんでもなく、文字通りの全裸が居た。

 サラリとしたストレートな金色の髪を肩より少し下程度に切り揃え、印象的なサファイアの瞳。典型的な優男風なその男に、俺は見覚えがあった。


「だからぁ! 全裸はダメだって! なんで服着てないの!」


「それは愚問だよ。全ての愛は全裸にあり。全裸こそが、もっとも他人と触れ合える面積が広く愛を確かめられるからさ!」


 岡っ引きの格好をした男と口論を繰り広げるソイツは訳の分からない持論を振りかざして、相手を困惑させている。

 なるほど、全裸男が居ればそりゃ騒ぎにもなるわな。

 普通にわいせつ物陳列罪だし。

 いや、股間部分だけ姑息にも葉っぱで隠しているから陳列はしてないのか。

 ……そんなのは、どうでも良いか。

 あまり認めたくは無かったが、全裸男の台詞で確信してしまう。

 出来れば、エスペーロの次に会いたくなかった変態男……七元徳の一人である愛のリーベがそこに居た。


「あいつ……こんな所で何やってんだよ……」


「知り合いなの? アルバ君」


 俺がげんなりしながら言うと、フォレが尋ねてくる。


「あまり認めたくないけどね……簡単に説明すると、ジャスティナの仲間だ」


 俺がそう説明すると、フォレはジャスティナに憐みの視線を送る。

 まあ、気持ちは分からんでも無い。

 部下がこんな変態では、心労もそれなりだろう。


「とにかくさ、迷惑だから服着てくんない? お兄さんも、しょっぴかれたくないでしょ」


「笑止! 俺は見られて困るような体はしていない。自慢の体を見せて何が悪いんだい?」


 確かに、リーベが言う通り奴の体は引き締まっていて、男の俺から見ても良い体をしていると思う。

 俺も、一応それなりに引き締まってはいるが、筋肉がつかない体質なのかリーベ程の肉体美ではない。

 正直、羨ましいとさえ思える。

 もっとも、衆目に堂々と晒す性癖は持ち合わせていないが。


「とりあえず、ジャスティナの所に戻ろうか」


「え? 知り合いなんじゃないの?」


 知り合いだけど、あんな変態と関わりたくないんです。察してください。


「ん? おお、そこに居るのは愛しのアルバ君!」


 しかし、運命はそれを許してくれはしなかったようだ。

 リーベは、俺を見つけると大声で名指ししてくれちゃった。


「アルバ君、君からも説明してくれ! 全裸に罪は無いと」


 リーベの台詞により、全員の視線が一斉にこちらへと向く。 

 フォレに助けを求めようと、そちらを見れば既にそこから離脱していた。ちくしょう!

  

「あー、君。こいつの知り合いかい?」


「知らない人です」


 岡っ引き男に尋ねられるも、俺は毅然とした態度できっぱりと否定する。

 こいつの知り合いだなんて思われてたまるか!


「え? でも……」


「知らない人です」


 なおも食い下がる男に、俺は再びきっぱりと否定する。

 認めてたまるかってんだ。


「冷たいじゃないかアルバ君。裸同士で絆を深め合った仲だろう?」


「ええい、誤解を招くような言い方するな! 温泉に入っただけだろうが!」


 まったく、こいつはいきなりに何を言いだすんだ。


「あ」


 リーベの言葉に、思わず反応してしまった後で俺は我に返る。

 周りを見てみれば、やっぱり知り合いなんじゃねーかという視線で満ちていた。

 し、しまった。リーベのアホな発言に思わず……。

 俺は、脂汗を流しながら、どうしたらこの状況を打開できるか考える。

 ジャスティナを呼んで来ようにも、あの様子じゃ多分アテにならないだろうし。

 ……逃げるか。

 全てを諦めて、そう結論付けた時、救いの手が思わぬところから差し伸べられた。


「まったく、何の騒ぎじゃ?」


 人だかりを掻き分けてやってきたのは、長身の女性だった。

 黒髪をざっくばらんに切っており、男らしいという言葉がぴったりな雰囲気を纏う、一部分が大変豊かな女性がこちらへと近づいてくる。


「ふむ、確かに全裸じゃの。お主、何故なにゆえ全裸なのじゃ?」


 女性は、リーベの方を見ると、威風堂々とした出で立ちで尋ねる。

 こいつの全裸見ても平気とかすげーな。

 普通なら、周りに居る野次馬の女みたいにキャーキャー言うと思うんだが。


「全裸こそ愛の究極形態なんだよ。俺は愛の伝道師だからね、愛を伝えるにはもっとも効率の良い格好をって訳さ」


 リーベは、相変わらず意味の分からない持論で答える。


「ノ、ノブナガ様! 変態に近づいてはなりません。何をされるか分かりませんよ!」


「もしそうなら、とっくに何かされておるわ。こやつは、全裸と言うだけで何の害も無いではないか。まったく、何か面白い事があるかと思いきやたかが全裸とは」


 ノブナガと呼ばれた女性は、岡っ引きの言葉にため息を吐きながらそう答える。

 異性の全裸をたかがと仰るか。

 ん? っていうか、今なんつった?


「しかし、ノブナガ様……」


「くどいわ!」


「ノブナガって、もしかして織田信長……⁉」


 マジかよ。サカイにアヅチでまさかと思ったが、まじで信長来ちゃったよ!

 あれ? でも、女性だし単に同名なだけか?


「ん? こっちの女子おなごは?」


 ノブナガは、思わず叫んでしまった俺に気づくと首を傾げながら尋ねてくる。


「はい、なんでもそこの全裸男の知り合いだそうで」


「知り合いじゃないです。あと、俺は男です」


 往生際が悪いと思われるかもしれないが、意地でも認めてたまるか。


「……とまぁ、こういう感じでして」


 俺の態度を見て、あきれた様子で岡っ引きはノブナガに報告する。


「ほほう、そのような可愛らしい顔をして男と申すか。それに、さっきの反応……」


 ノブナガは、何やら面白いおもちゃでも見つけたような顔をしながら顎に手を当て何やら考え込む。


「よし、そこの。この場はワシが預かる。周りの者も下がらせい」


「し、しかし……」


「聞こえんかったか? 下がらせろとワシは言ったんじゃ」


「か、かしこまりました!」


 ジロリと威圧感たっぷりの眼差しでノブナガが睨むと、男達は萎縮しながら返事をし野次馬達をすぐさま散らせる。

 その場に残ったのは、俺と全裸の変態。そしてノブナガと名乗る女性。

 少し離れた場所で立ってるフォレとジャスティナだけになった。


「さて……色々話を聞きたいからついて来てもらおうか?」


 威圧感たっぷりの視線に射抜かれ、俺はコクリと黙ってうなずくのだった。

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