175話 アルディ達の場合

「……おー。グラさーん、街が見えてきたよー」

 

 モグラの姿でアルディを背に乗せて進んでいると、遠くを見ていたアルディがそう話しかけてくる。


「おう、そうか。なら、そろそろ人型になるかのう」


 いきなりワシの姿を見ると、魔物だと思って騒ぎになってしまうかもしれないからのう。

 そうならない為にも、ワシは街から少し離れた場所で人型になる。

 

「あそこにアルバ達居るかなー?」


「どうじゃろうなぁ? ワシらは、偶然あの場所に居たが、アルバ達が何処に飛ばされたかまでは分からんしのう」


 アルディの質問に、ワシは顎の髭を撫でながら答える。

 あれは、三日前の事じゃった。

 アルバ達と敵対しておる救済者グレイトフル・デッドとやらの幹部の一人を捕まえたのじゃが、謎の光に突如包まれたかと思えば、気づいたらワシらの周りには誰も居らんかった。

 辺りを探しても見つからなかったし、おそらくは転移の魔法でも仕掛けられていたのじゃろうと予測を立てる。

 アルバとの魔力の繋がりは感じるから、まだ生きておるとは思うんじゃけどな。

 最初は、他の奴らを探す旅に出ようと思ってアルディに提案したんじゃが、


「うーん、多分クバサで待ってた方が良いと思う。きっとアルバ達も来ると思うから!」


 と彼女に言われたので、ワシはそれに同意することにした。

 まあ、アルディの方が付き合いが長いからそこら辺は分かっておるのじゃろうて。

 クバサへの道は分からなかったが、仮にもワシはグランド・ドラゴン。アルディは大地の精霊じゃ。

 街の場所の把握くらいは造作も無かった。

 それからは、三日掛けてクバサの街へとやってきたという訳じゃ。


「おー、魔導船がいっぱい飛んでるー」


 アルディの言葉に空を見上げれば、なるほど確かに飛行船が複数飛んでおった。

 この世界では、魔石とやらを動力にして飛行船が飛んでおり『魔導船』と呼ぶらしい。

 それで、クバサは魔導船の造船技術が発達しており、アルバ達はそこへ自分達の魔導船を取りに行く予定じゃったという事をこの三日でアルディから聞いた。


「ねーねー、あそこから入ればいいのかなー」


 アルディが指差す先にはゲートの様なものがあり、そこで衛兵らしき人物が両脇に立っておった。

 ワシとアルディは、身分を証明できるものが無いから入れないかと一瞬思ったが、どうやら形式上立ってるだけで、特にチェックはしてないようじゃった。

 ……まあ、ワシに掛かれば地中を潜って中に入れるんじゃがな。


「うわー、グラさん何だか悪い顔してるー」


「気のせいじゃよ」


 こちらを見ながら指摘してくるアルディに対し、ワシはシレッとして答えるのじゃった。



「何事もなく入れたねー」


「そうじゃのう」


 案の定、特に何も言われる事無くワシらは中に入る事が出来た。

 クバサは、南方に位置する国で砂漠の中にある。

 そのせいもあってか、街中は南国風の雰囲気を漂わせており、色黒な者が多い気がする。

 日差しも少しばかり強いが、そもそもワシは暑さや寒さには強いので大した問題にはならん。


「アルディや、日差しは大丈夫かの?」


「うん。私の体は人形だから、そもそも感じないしね」


 ワシが尋ねると、アルディは朗らかな笑みを浮かべて答える。

 この子は、本当に無邪気な表情をするのう。

 とても、あのアルバと契約してた精霊とは思えんわい。


「まぁ、それならいいんじゃがな……あ」


 アルディと会話をしていると、ワシはあるものが目に入り、そこで立ち止まってしまう。


「どしたの、グラさん」


「い、いや! 何でもない、何でもないぞ!」


 アルディに話しかけられ、我に戻ったワシはブンブンと手を振って誤魔化す。

 ワシがあんなものに目を奪われてると知ったら、今までのだんでぃなイメージがぶち壊しじゃしな!


「ふーん? ……あ」


 アルディが何かを見つけたのか、そんな声を上げるのでワシはドキリとする。


「グラさん、あれが食べたいの?」


 そう言ってアルディが指を差した先には、かつてワシがアルバの居た学園で食べたチョコナナバの屋台があった。


「……はい」


 アルディが非常に良い笑顔で確信を持ってそう言うので、ワシは観念し頷く。

 ああ、チョコナナバには勝てなかったよ。


「なーんだ、それなら言ってくれれば良かったに! それじゃ、買ってくるから待っててね!」


 アルディはそう言うと、ワシが何かを言う前に屋台へと走っていってしまう。

 ……断るのも悪いし、素直に厚意に甘えるとするかのう。

 チョコナナバには罪は無いしの、うん。


「きゃっ⁉」


「む?」


 アルディの帰りをボケーっと待っておると、ワシの体に誰かがぶつかってきおった。

 そちらを見れば、暑いのにもかかわらずフードを目深に被った小柄な人物が尻もちをついておった。

 顔が隠れておるので、性別までは分からんかったがおそらくは子供じゃろう。


「おお、すまんのう。怪我は無いか?」


「は、はい……すみません」


 ワシが手を伸ばすと、子供はおずおずとワシの手を掴む。


「居たぞー!」


 遠くから、ドタバタと何かが近づいてくる音と共にそんな叫び声が聞こえてくる。


「た、助けてください! 追われてるんです!」


 声を聞いた子供は、急いで立ち上がるとワシの後ろに隠れつつ助けを懇願してくる。

 ふむう、事情は分からんが助けを求められたなら答えんといかんのう。

 そんな事を考えていると、武装をした物々しい連中が数名程ワシの前にやってくる。


「おい、爺さん。その後ろに隠れている方を渡してもらおうか」


 男の一人が、子供を見ながらそう話しかけてくる。


「おぬしらは、なぜこの子を追ってるんじゃ?」


「それは……」


「おい、余所者にわざわざ説明するな」


 男が説明しようとすると、別の男がそれを制する。

 ふーむ、なんだかきな臭いのう。

 子供は、ワシの服をギュッと掴みブルブルと震えておった。

 アルバならどうしたじゃろうか……。


「……ま、こうするじゃろうな」


 ワシは、とんと軽く足踏みをすると目の前に大きな石の壁を出現させる。


「何だ⁉ いきなり、石の壁が現れたぞ!」


「くそ、回り込め!」


 壁の向こうでは、男達の怒号が聞こえてくる。

 事情が分からない以上、下手に相手を傷つけるわけにもいかないので、あくまで時間稼ぎじゃ。

 ワシは、後ろで震えていた子供を横抱きに抱え上げるとアルディの元へと走っていく。


「あれ? グラさん、どうしたの?」


「話はあとじゃ。まずは逃げるぞい!」


 チョコナナバの屋台に並んでいたアルディは、ワシの姿を見るとキョトンとするも、ワシに抱きかかえられている人物を見るとすぐに状況を理解したのか、コクンと頷き並走するのじゃった。



「とりあえず、此処まで逃げてくれば大丈夫じゃろう」


 人気の無い裏路地で、四方を高い石壁で囲んだのでまず見つかる事は無いじゃろう。

 

「あの……ありがとうございます」


 地面に降りた子供は、お礼を言いながら深々と頭を下げる。


「まあ、助けを求められたからのう。とりあえず、事情を聞かせてもらおうか?」


「は……はい」


「「な⁉」」


 そう言って子供がフード取ると、ワシとアルディは露わになった顔を見て驚愕する。


「「ア、アルバ?」」


 そう、そこには肩で切り揃えた燃えるような赤髪に、可愛らしい顔立ちが印象的なアルバが居た。


「無事だったんだね、アルバ!」


 アルバの顔を見て、アルディは嬉しそうにしながら抱き着く。


「ひゃ⁉ あ、あの……アルバさんとは誰の事でしょうか?」


 しかし、アルディに抱き着かれたアルバは困惑した表情を浮かべる。


「そんな……私の事が分からないの? そこに居るグラさんは? フラムは? フォレは?」


 アルバの様子に、アルディは信じられないという感じで次々と名前を挙げていく。

 しかし、アルバはフルフルと申し訳なさそうに首を横に振る。


「すみません。どなたも心当たりはありません。おそらく、他の誰かと勘違いなさってるのでは?」


 まさか、記憶喪失か?


「…………?」


「ひゃあい⁉」


 最初、悲しそうな表情を浮かべていたアルディじゃが、いきなり黙り込むとあろうことかアルバの股間をいきなりまさぐり始める。

 当然、いきなり触られたアルバは顔を真っ赤にしながら驚く。

 何をやってるんじゃ、一体。


「大変だ、グラさん。アルバのアルバが無い!」


 アルディは、感触を確かめるようにワキワキと手を動かしながら驚きの表情を浮かべる。


「あ、あるわけありません! わ、私は女なんですから!」


 アルディを引きはがしながら、アルバは顔を真っ赤にさせて叫ぶ。


「こほん! わ、私はアルカーリア・キュレ・シフォン・カーメン。この国の第一皇女です」


「「な、なんだってー⁉」」


 アルバ改め、アルカーリアと名乗る人物にワシとアルディはただただ驚くのじゃった。



「落ち着きました?」


「う、うむ。なんとかの」


 あれから、なんとか衝撃から立ち直ったワシらはコクリと頷く。


「でも、本当に驚いたよ。見れば見るほどアルバにそっくりなんだもん」


「アルバさんという方は、そんなに私とそっくりな女性なんですか?」


「うん、超そっくり。ただ、アルバは男だけど」


「おと……⁉」


 自分に似ている男が居ると聞き、アルカーリアはピシリと固まる。

 まぁ、自分が異性のそっくりさんだと聞けばショックじゃろうなぁ。


「それで? 結局、その皇女さんが何故逃げてたんじゃ? 実は、あやつらは誘拐犯じゃったとか?」


「え? あ、いえ違います……」


 ワシが話題を変えてやると、ショックから立ち直ったアルカーリアは申し訳なさそうにする。


「あ、あの人達は城の衛兵です。私が逃げて来たので、連れ戻そうとしたんです」


 あー、なるほどのう。

 説明しようとしなかったのは、皇女が街に居ると知って混乱させたくなかったからか。

 

「でも、なんでまた逃げ出したりしたんじゃ?」


「そ、それは……」


 ワシが理由を尋ねると、何故かアルカーリアは言い辛そうにモゴモゴと口ごもる。


「あ、分かった。街を見たかったとかそういう感じでしょ」


「何故分かったんですか⁉」


 アルディにズバリ当てられ、アルカーリアは口元を押さえながら驚く。


「うん、アルバが読んでた漫画でそういう展開がよくあったからもしかしたらって思っててね」


「「漫画?」」


 聞き覚えの無い単語にワシとアルカーリアは疑問符を浮かべる。

 アルバとアルディは、たまに訳の分からん言葉を喋るのう。


「まあ、それは説明めんどいからパスで! それで? アルカーリアは、どうしたいの?」


「わ、私は街を見たいです。もちろん、気が済んだら城へ戻ります」


 アルディの質問に、アルカーリアは真剣な顔をして答える。


「ワシとしては、すぐ戻った方が良いと思うんじゃがなぁ」


 そもそも、初対面の素性が分からない相手にいきなり皇女とか暴露するくらいじゃ。

 温室育ちで危機感があまり無いのじゃろう。

 すぐ城に戻った方が、この子の為にもなると思うんじゃが……。


「もー、グラさんたら頭かたーい! こんな女の子が街を見たいって言ってるんだから付き合ってあげなきゃダメでしょ! それに、これからアルバ達が来るまで此処で暮らすんだよ? 皇女様と仲良くなってた方が得だって」


 ふむ、それもそうか。

 それにしても、無邪気なフリして中々強かな事を考えるのう。


「という訳で、れっつらごー!」


 アルディは、アルカーリアの手を握ると石壁に穴を開けて街へと向かうのじゃった。

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