145話
「おはよう、よく眠れたかい?」
翌日、目が覚めた俺が一階へ降りてくると宿屋の店主が話しかけてくる。
「ええ、お蔭様で。いやぁ、助かりましたよ。なにせ、大きい宿は軒並み埋まってたんで」
俺は頬をポリポリ掻きながら答える。
昨日、ブラハリー達と別れた後に俺達が泊まる宿屋を探していたのだが、大きいイベントがあるだけあって大通りの宿屋は全て部屋が埋まってしまっている状態だったのだ。
武闘大会があるときは一週間くらい前からあらかじめ宿を取っておかないとダメらしい。
まあ、地球でも何かデカいイベントがある時に周辺に泊まるなら予約とかをしとかないとダメだしな。
んで、なんとか空いている宿が無いか探した結果、街のだいぶ隅っこの方にあるこの宿『深き者ども亭』を見つけたのだ。
こじんまりしていて、大通りにある宿屋と比べると見劣りしてしまうが、とにかくどこでも良いから泊まりたかった俺達は、満場一致で此処に泊まる事に決めたのだ。
「ははは、この街は毎年こんなもんさ。ま、俺の宿は隅っこの方だし、大通りの宿に比べるとしょぼいけど、内装やサービスは満足してもらえるように頑張るよ」
宿屋の店主――ディープさんは、笑顔でそう言う。
本人がそう言うだけあり、少し言い方は悪くなってしまうが、見た目がこじんまりしている割には、内装も綺麗でサービスもしっかりとしている。
かといって値段も高いわけではなく、むしろ安いくらいだった。
難点は、闘技場から遠い事くらいだがサービスの充実を考えると大して気にならない。
「いやでも、僕は此処に泊まれて良かったと思います。料理も美味しいですし。フラム……僕のパーティも美味しいって喜んでましたよ」
この宿のおススメメニューは魚料理だ。
焼き魚煮魚何でもござれで、おススメというだけあってどれも美味しかった。
「そう言ってもらえて光栄だね。どうだい? 朝食はもう取るかい?」
「そうですね。それじゃあ、皆を起こしてきますので準備をお願いできますか?」
「了解!」
ディープさんは、元気よく返事をすると奥へと引っ込む。
おそらく、料理の仕込みに行ったのだろう。
ちなみに、この宿には俺達しか泊まっていない。場所に拘らなければ、この街には宿がアホみたいにあるからこういう事もあるそうだ。
まあ、あれだけデカいイベントがあるなら宿は儲かるもんな。場所の取り合いは凄そうだけど。
その後、まだ夢の中だったエレメア達を起こし魚料理を堪能したのだった。
◆
朝食を終えた俺達は、闘技場へと来ていた。
それぞれ参加する大会によって受付の場所が違うので、此処に居るのは俺とエレメアだけだ。フラム達もそれぞれ闘技場に向かっているはずだ。
「それにしても、凄い人だかりだなぁ……」
受け付け開始の一時間くらい前に到着したのだが、既にそこには長蛇の列が出来ていた。
それだけでも、このイベントが人気だという事が分かる。
「……なんか、勝てる自信が無くなってきた」
周りを見ると、俺よりもガタイの良い奴らばかりでどいつもこいつも強そうに見える。
中には女性も居たが、それでも俺よりもちびっちゃいのは見当たらなかった。
まあ、あくまで列の一部なのでもしかしたら俺みたいなのも居るかもしれないが。
「そんな弱気でどうするでちか。お前は、この大会で優勝するんでちよ?」
隣に居たエレメアは呆れたように言う。
そうは言っても、これだけ強そうな人達に囲まれてたら嫌でも自信を喪失してしまう。
人と戦うってのは、魔物と戦うのとはまた勝手が全然違うからな。
エレメアも言っていたが、戦力の差など経験によっていくらでも覆されてしまうからだ。
「そう言われてましても、正直予選も勝ち抜けるかどうか……」
「はぁ……ま、始まってみれば分かるでちよ」
俺の弱気な発言に対し、エレメアはため息をつきながらそう言う。
その後、エレメアと雑談をしながら自分達の順番が来るまで待つ。受付を開始してからしばらくした後、いよいよ俺の番が回ってくる。
「いらっしゃいませ。ご登録される方のお名前と先天属性。あと、有りましたら二つ名をお願い致します」
受付の前にやってくると、赤みがかった髪をした若いねーちゃんが話しかけてくる。
「名前と属性は分かりますが……二つ名も?」
「二つ名があったほうが、本戦に上がった際に紹介する方としても盛り上がりますからね」
なるほど。確かに〇〇のアルバ選手! とかって紹介された方が盛り上がりそうではある。
この街では、戦いはエンターテイメントとして発達しているからそういう意味でも盛り上げ方に気を付けているのかもしれない。
でも、二つ名……二つ名かぁ。いや、俺にも二つ名はあるにはあるよ?
けど、それを公衆の面前で紹介されるのはなぁ……。
「えーと、名前はアルバで先天属性は土。二つ名は『だまし討ちのアルバ』でち」
「って、何勝手に登録してるんですか!」
俺が二つ名を登録するかどうかを迷っていると、何を血迷ったのかエレメアが勝手に登録を済ませてしまっていた。
「アルバが悩んでるから悪いんでち。後ろがつっかえてるんでちからさっさとするんでちよ」
俺が抗議をすると、エレメアは後ろを見ながら答える。
う……確かにそうだけどさぁ! それでも二つ名の登録はしなくてもいいじゃんか。
くそう、俺の紳士でクリーンなイメージが崩れてしまう……!
「ほらほら、登録したからさっさと行くでちよ」
「あ、ちょ二つ名がまだ……!」
俺の意見を無視し、エレメアは俺をぐいぐいと押していく。
魔法でも使っているのか見た目に反して力が非常に強く、俺の抵抗虚しくその場から退場してしまった。
◆
「予選は午後から開始みたいでちね。それまでは、この控室で待つ事になるみたいでち」
あの後、エレメアに強制連行された俺は選手の控室にやってきていた。
「……」
「いつまで拗ねてるんでちか。男なんだから、いつまでもグチグチと昔の事を引きずらないでち」
そうは言ってもさぁ……あの二つ名はねぇ……。
「相手に印象付けるには二つ名があるってのは有効なんでちよ。二つ名は、それだけで実力があるって意味になるでちから。それが良い意味でも悪い意味でも」
いやまぁ、エレメアの言いたい事は分かるんだけどねぇ。
「そんなに嫌なら、この大会で新しい二つ名を獲得すれば良いでち。大会で優勝すれば新しい二つ名くらい付くでちよ」
そんな簡単に言うけど、そう単純なものでも無いような気がする。
「……まあでも、確かに過ぎたことをグダグダ言っても仕方ないし、前向きに考えるか」
ポジティブ思考が俺の取り柄だしな。
「さて、時間までどうやって過ごそうかな」
基本、控室からは出ないように言われているので此処で暇を潰すしかないのだがどうしたもんか。
「あのー……」
「はい?」
俺がどうやって暇を潰そうか考えていると、突然声を掛けられる。
声の方を見れば、そこには天然パーマなのか若干ウェーブのかかった栗毛色の髪の毛の女性が立っていた。
身長は大体170程度で、軽鎧を装備し背中には身の丈ほどの大剣を背負っていた。
「もしかしてアルバさん……ですか?」
「そうですけど、貴女は?」
どこかで会ったことがあったっけか?
「ああ! やっぱり! 土魔法使いのアルバさんですね! 私、ファンなんですよ!」
女性は、俺がアルバ本人だと知るとパァッと表情を明るくして喜ぶ。
俺にファン……だと。しかも、結構可愛いねーちゃんが。
「私、アルバさんの噂はよく聞いてるんですよ。なんでも、土属性にも関わらず冒険者として活躍していて二つ名までついてるとか! 二つ名は確か……」
「あ、ふ、二つ名に関しては触れないでください」
「そうなんですか? まあ、それを抜きにしても凄いですよね。私、色んな噂を聞くうちにアルバさんのファンになっちゃって……いつかお会いしたいなって思ってたんですよ!」
女性は顔をぐいぐいと近づけながら興奮気味にまくしたてる。
俺はというと、綺麗なねーちゃんに近づかれて少しドギマギしてしまっている。
フラムという彼女は居るが、それでも美人に顔を近づけられると緊張してしまう。
「私の時はそんな緊張しなかったでちよね?」
エレメアの見た目のどこに緊張する要素があるのだろうか。
そんな事を考えていると、何かを察したエレメアに軽く脇腹を小突かれる。
地味に痛い。
「あ、ごめんなさい。私ったら、自己紹介がまだでしたね」
俺が圧倒されていると、彼女は一旦離れて咳払いをする。
「私はエスポワール。見ての通り、
エスポワールと名乗る女性は、ペロっと舌を出しながらコツンと頭を軽く叩く。
うん、あざといわ。
エスポワールって確か、フランスの言葉で希望だっけか。
希望……。うん、一瞬嫌な顔が浮かんだけど忘れよう。
「大会ではよろしくお願いしますね?」
なんだか船でカジノをやってそうな名前の彼女は、笑顔で俺の手を握るとブンブンと振り回す。
「は、はい。よろしくお願いします」
俺は、テンションマックスなエスポワールに笑顔で答える。
その後、予選が始まるまでエスポワールからハイテンショントークをひたすら聞かされるのだった。
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