141話

 エレメアの元で修行を開始し、なんだかんだで半年が経過した。

 危惧していた七元徳の襲撃も無く、平和(?)に過ごしていた。


「アルディ! 左からケットが突進してくるから対応! フラムは後方から来るリズ!」


「了解ー!」


「了解ですわ!」


 そして俺は、正面から来るエレメアの攻撃の対処である。


氷柱の連牙アイシクル・レイン!」


「ぬおおおおおお!」


 エレメアが魔法を放つと、大量の氷柱ツララがこちらに向かって飛んでくるので、俺は両手に構えていたハルバードで捌く。

 この半年の間、ケットにしごかれたお蔭ですっかり槍捌きが上達した。

 素手でも武器でも強いとかチートすぎんだろ、あの猫。

 まあ、そんなケットのお蔭で強くなれたんだから良しとしよう。ケット曰く、槍捌きに関しては、そこら辺の奴には負けないだろうという事だ。

 とはいっても、相変わらずボコボコにされているので実感はわかない。


「ほほう、私の攻撃を魔法無しで捌くなんて中々やるでちね」


「はっはー、そ、それほどでもありませんよ」


 半ば感心したように話すエレメアに対し、俺は肩で息をしながら答える。

 ぶっちゃけ、全て捌けたのは偶然なので、もう一度やれと言われても無理だろう。


「だけど、これならどうでちか? 凍てつく炎の矢フリーズ・フレイム


 エレメアはそう言うと、氷の矢を10数本放つ。

 氷の矢は炎を纏っており、矢が近づいてくると熱気が伝わってくる。

 出たな、複合魔法。

 複合魔法というのは、エレメアの編み出した特殊技法で本来、同時に出すことのできない別々の属性を1個の魔法にして放つものだ。

 今、エレメアが放った魔法は、炎と氷の複合魔法だ。相反する属性同士の魔法により、単純にその反対属性で打ち消すなんてこともできない面倒くさい魔法だ。


「……っ。閉岩壁フェルム・リーベル!」


 が、それは普通に相殺しようと考えるからダメなわけで、無力化するだけなら挟んでしまえば良い。

 俺は両手を地面について魔法を発動すると、2枚の巨大な岩壁が地面から現れ、トラバサミのような動きで、飛んできた魔法の矢を全て圧殺する。


黒曜の棺オブシディアン・コフィン!」


 魔法の矢を無効化したのを確認すると、俺は間髪入れずに次の魔法を発動する。

 全長2m程の黒曜石の棺が上空に円状に現れると、そのままエレメアに向かって高速落下していく。


「ふ、甘いでちよ。水圧レーザー!」


 エレメアは不敵な笑みを浮かべると、8つほどの水晶を宙に浮かせると、高水圧の……それこそ名前の通り、レーザーのようなものを射出する。

 落下する棺は魔法により硬度がけっこうあり、簡単に削れるものではないのだが、エレメアの射出した8本のレーザーにより、けたたましい金属音と共にどんどんと削られていく。

 ……んな馬鹿な。


「ふふん、これはアルバから聞いた話から思いついた魔法でち。確か砂とか金属片を混ぜるんでちたよね? いやー、それらを混ぜるだけでこんなに威力が上がると思わなかったでちよ。ちょっとうるさいでちが」


 以前、面白い話をしろと無茶振りをされたので地球の技術を話したのだが、まさかちょろっと話を聞いただけで、魔法で再現するとは思わなかった。

 四元素の魔女は伊達じゃないという事か。

 そうこうしているうちに棺はすっかり小さくなってしまい、攻撃として意味を為さなくなっていた。


「あべしっ‼」


「おぶぁ⁉」


 次の攻撃に移ろうとしたところで、後ろから何かが飛んできて背中にぶち当たる。

 後ろを確認すれば、正体はケットに吹っ飛ばされたアルディだった。


「あぐぅ!」


 続いて、爆発音と共にフラムがこちらへ吹き飛ばされてくる。


「おっと! 大丈夫、フラム?」


「す、すみません。助かりましたわ」


 吹っ飛んできたフラムを何とかキャッチすると話しかける。

 フラムは、こちらを見ると申し訳なさそうに言う。


「……ま、こんなもんでちね」


 エレメアの声に反応し彼女の方を見れば、左右にはケットとリズが並んでいた。


「今日の修行はここまででち。後で話があるから、昼食後に此処に集まるでちよ」


 エレメアはそう言うと、リズとケットを連れてこの場から立ち去ってしまう。


「昼前に終わる……だと?」


 ここ最近は、鬼軍曹もびっくりなスパルタぶりで1日に1食あればマシなレベルだったのに、ここまでで終わるなんて……槍の雨が降るか?


「……お話って何でしょうか?」


 荒くなった息を整えながら、フラムが尋ねてくる。


「さぁー、なんだろう?」


 俺も全く見当がつかないので、腕組みをしながら首を傾げる。

 

「私達が、いつまでたっても強くならないから、見限られてたりして」


「「なっ⁉」」


 アルディが何気なく放った一言に、俺達は凍り付く。

 

「いやいやいや、まさかそんな……ねぇ?」


「そそそそうですわ! 私達だって、少しずつ強くなってる! ……はずですわ」


「でもさー、私達全然エレメア達に勝てないじゃーん? 少しずつ、戦える時間は伸びてるけどさー」


 もう、なんでこの子はこんな不安になる事を言うんだよ! ありそうで怖いでしょうが!


「と、とにかく……エレメア様はお昼の後にと言っていたので、行けばわかるのではないでしょうか?」


 確かに……フラムの言う通りだな。

 俺達が、いくら理由を考えても分からないし、覚悟を決めて素直に話を聞きに行った方が良い。

 アルディが言った事もありそうではあるが、一概に悪い事とは限らないしな、うん。

 前向きに行こう前向きに。……こえーなぁ。



 3人で食事をした後、俺達は再び集まる。

 アルディは楽しく食事をしていたが、俺とフラムは心配で飯が喉を通らず、まともに食べることが出来なかった。

 ああ、胃が痛い……。


「来たでちね」


 そこには既にエレメア達が居た。

 

「話というのは、お前達の今後についてでち」


 エレメアの言葉により、俺とフラムはびくっとする。

 まさか、アルディの予想が当たったのか? そんな不安が頭をよぎるが、次に飛び出た言葉は予想外のものだった。


「正直に言うと、お前達に教えることはもう無いでち。まったく、教えたことをぐんぐん吸収するとか反則でちよ」


「え? ですが……私達はまだ、エレメア様達に勝てていませんわよ?」


 フラムの言う通りだ。現在、ぼっこぼこにされている状況で教えることが無いとか言われても、はいそーですかとは納得できない。


「ぶっちゃけ、単純な戦闘力なら今の私よりもかなり強いでちよ。それでも私達が勝つのは、単に戦闘経験の差でち。私は魔女という種族上、長生きだから人間なんかよりもずっと経験豊富でちよ」


「ワイもこう見えて、あんさんらより年上やしな。しかも、この森に住んでる以上、嫌でも強くなるしな」


「私も、アルバ殿達より年上でありますから、経験も当然多いであります。しかも、故郷の国に居た時は軍人……他の国の騎士団長を務めていたでありますし」


 なにそれ初耳なんだけど。

 軍人っぽいなとは思ってたけど、まさか団長だったとは……。そりゃ、つえーわな。

 なんか、そういうプライベートな事を聞くのはどうかと思っていたのだが、思わぬところでリズの過去の一端が知れたな。

 どうして、そんな地位を捨てて救済者グレイトフル・デッドに入ったかも気になるところだな。


「……というわけでち。いくら戦闘力が高くなっても、経験の差次第ではいくらでも差を縮められるでち」


 なるほどな。俺は、エレメアの説明を聞いて納得する。

 フラムの方を見れば、彼女も納得したようだった。


「お前達に今足らないのは、経験でち。こればっかりは、私の所に居てどうにかなるものではないでちよ」


「じゃあ、どうするんですか?」


「旅を再開するんでちよ。この世界には、まだまだ強い奴がたくさん居るでち。旅をすれば、自然と経験も積んでいけるでち。それで、手始めに……」


 エレメアはそう言うと、懐から3枚の紙を取り出し、俺達にそれぞれ手渡してくる。


「どれどれ……闘技大会?」


 渡された紙はどうやらチラシだったようで、派手な色使いで闘技大会とデカデカと書かれていた。


「闘武都市バトロア……そこで、3種類の闘技大会が近々開かれるでち」


「3種類も?」


 エレメアの言葉を聞いて、アルディが尋ねる。

 確かに……3種類の闘技大会が一度に開催されるなんて聞いたことが無い。


「闘武都市は文字通り、戦い好きの奴が集まる大都市でち。なんせ、大きい闘技場が3つもあるでちから。そこでは、その特色を活かして、毎年3種類のルールがある闘技大会を開いてるでちよ」


 エレメアに促されてチラシを改めて見ると、確かにルールが3つあった。

1つ目。魔法禁止。己の肉体と武器を駆使して戦う男の中の男の大会。

2つ目。魔法も武器も何でもありの大会。まさに、その年の最強を決める戦い。

3つ目。魔法オンリー。魔法具が武器の場合に限り使用可。ただし、魔法を伴わない武器での攻撃は不可。ド派手な魔法で優勝を飾れ!


 と書かれていた。

 要は、白兵戦、魔法戦、何でもありの3つだな。


「魔法禁止の大会にはアルディ。魔法オンリーはフラム。なんでもありはアルバが参加するでち」


「え? そっちで決めちゃうんですか?」


「ちゃんとお前達の戦い方を見て決めたでちよ」


 そう言われれば、確かにそれぞれの戦い方に合ってる気がしなくもない。


「そして条件は……3人とも優勝することでち」


「え、えええええ⁉ ゆ、優勝ですの? 流石にそれは無理かと……」


 フラムが驚くのも無理はない。闘武都市と言うからには、強い奴がゴロゴロ居るだろう。

 そんな中に俺達が行ったところで、優勝できるとも思えない。


「大丈夫やって! あんさんらの実力はワイらが保証したるから!」


「そうであります。アルバ殿達は、半年前に比べて格段に強くなっているから、安心していいであります」

  

 不安そうにする俺達に対し、ケットとリズは太鼓判を押してくれる。


「ふっふっふ、ついに戦うメイドアルディちゃんが有名になる時が来たか」


 不安そうにする俺とフラムとは別に、アルディはチラシを見ながらすっかりやる気になっていた。

 こういう時、アルディの鋼メンタルが羨ましくなる。


「もちろん、結果を見届ける為に私達も行くでちよ。私はアルバ。ケットはアルディでリズはフラムを見届けるでちよ」


「え? エレメア様もいらっしゃるんですか?」


「当然でち。負けたのに優勝したって嘘をつかれても嫌でちからね」


 流石に、そんな嘘つくほどみみっちくないんだけどな。

 まあ、ついてくるなら別にいいか。


「ていうか、リズさんは表に出て大丈夫なんですか?」


「そこは問題ないで有ります。私は、表立って活動してないから、特に手配書も回ってないでありますよ」


 一応、犯罪者? であるリズは大丈夫なのか聞いてみたら、問題ないと答えが返ってくる。

 うん、本人が良いならいいか。別に、色々考えるのが面倒になったとかそういうんじゃないからな。


「……あれ? ねえ、アルバこれ見てー」


 アルディが何かに気づいたのか、チラシのある部分を指差してくる。


「うん……? なになに、バトロアでは女性客にも楽しんでいただけるように有名なスイーツの露店なども出店します?」


 ふーん、ただ戦うだけじゃなくて色々気を使ってるんだな。

 

「ああ、それ楽しみでちよね。昔、食べたことがあるんでちが、すっかり虜になったでちよ」


 俺達の言葉が聞こえたのか、エレメアはとろけそうな笑顔で話す。

 へー、そんな美味しいのか。


「あ。まさか、これが食いたい口実で私達を闘技大会に参加させようとしてたりして」


「はっはっは、アルディ。流石に、そんなアホな理由で参加させようとはしないでしょ。ねえ、エレメ……」


 アルディが突然ありえない事を言うので、俺は軽く笑い飛ばしながらエレメアの方を見ると、彼女は傍目で見ても分かるくらい大量に汗を掻いていた。

 おい……おい!


「ち、違うんでちよ! ほ、ほら! 別に嘘は言ってないでちよ! バトロアは、実際強い奴らが集まるでちから、経験とかもほら……ね?」


 エレメアは、俺達の視線に気づいたのか狼狽えながら必死に弁解する。


「そそそそうであります。まさかそんな、お菓子が食べたいからその口実なんてバカみたいな理由なわけがないであります」


 リズがエレメアのフォローをしてくるが、生憎エレメアと同じくらい狼狽えているせいで説得力がまるでない。

 ブルータス、お前もか。


「……」


「さ、さあ! 出発予定は3日後でち! あと万全の状態にするため、最後の3日間は休みでち! そして、私はこれから用事があるからこれで!」


 無言で見つめる俺達の視線に耐えられなくなったエレメアは、そう言い捨てると物凄い速度で立ち去るのだった。

 ……実は、俺もスイーツに惹かれたのは内緒である。

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