140話

「よう来たな。それじゃあ、早速修行しよか」

 

 アルディと組手をしていたケットが、笑顔で俺を迎えてくれる。

 翌日、午前中はいつものようにエレメアから修行を受けた後、午後からはケットのところで戦闘訓練を受けることとなった。

 理由としては、俺が近接でも戦えるようにしたいと申し出たからだ。

 魔法使いタイプ同士の戦闘ならまだしも、この間のジャスティナのように近接が得意な戦士タイプとかち合った時に戦えないからだ。

 元々オールラウンドで戦えるようになりたいというのもあったので、それも含めて説明すると、エレメアは意外とあっさり許可をしてくれた。

 本人曰く、


「色々な戦い方を学ぶのは大事でちからね。どんな経験も無駄にはならないでち」


 とのことだ。

 まあ、そういう訳でケットの所へと来たのだった。


「アルバは、どの程度近接で戦えるんや? あと、得意な武器とかはあるんか?」


「一応、それなりには戦えるかな。もっとも、あくまでそれなりだからある程度実力が上の人が相手だと普通に負けるけどね。それで、得意な武器は……一応、剣とかも扱えるけど、やっぱ槍かなぁ」


 槍は、剣と違ってリーチも長いし応用が効きやすいのだ。

 そして、俺がよく創るのがハルバード……斧槍などと呼ばれる、斬ってよし、突いてよし、払ってよしの万能武器である。

 また、俺の魔法で創っているのでリーチの長さや形状の変更なども自在である。

 こういう面でも土属性は、他と比べて有利だろう。まあ、物理が効かない敵には意味が無いけどな。


「なるほどなー。そんじゃ、まずは素手での組手。その後は、得意な武器で組手をしよか」


「素手でやる理由は?」


「そんなん決まってるやろ。武器はいつでも手元にあるわけやない。万が一、落として……しかも離れたところにあったりしたら、その間は素手で戦わなきゃアカン。素手っていうのは、ある意味どんな状況にも適応できる武器なんやで」


 ふむ、ケットの言い分にも一理あるな。

 万が一武器を落としても、俺の場合は再び生成すればいい話だが、それでも生成までにタイムラグがあるし、素手での戦闘にも慣れていた方が良いな。


「ちなみにアルディは、何の武器使ってるの?」


 此処に来るまでは、基本素手だったが、もしかしたらケットと修行するうちに何か武器を使うようになってるかもしれない。


「私は素手だよー。そもそも、この体が戦闘用だから、人間と違って硬度も段違いだし」


「……ああ、そういえばそうだったな」


「それに、下手に武器使うと体を上手く動かせなくなっちゃうし」


 アルディは、苦笑しながらそう言う。

 ふむ、そういうものか。俺はアルディでないので、そういうのは分からないが、本人が言うからそうなんだろう。


「ほんじゃま、始めよか。ルールは魔法なし。やめるタイミングは、こっちで決めるで」


 ケットはそう言うと、少し離れて構えはじめる。


「頑張ってね、アルバ。ケットね、真殺拳っていうの使ってて結構強いよ」


 アルディは、一言そう言うと離れて見学を始める。

 真殺拳……ねぇ。とりあえず、警戒だけはしておくか。


「……ニャニャ!」


 ジリジリと距離を取りながら攻撃の機会を伺っていると、掛け声と共にこちらへと向かってくる。

 小柄というのもあるが、猫だけあって中々素早い。


「てりゃぁっ!」


 俺は、向かってくるケットに対し拳を突き出す。しかし、ケットは軽やかにジャンプをすると俺の腕を踏み台にして更に高くジャンプし、俺の後ろへと回り込む。


「ぬぉ⁉ こなくそ!」


 俺は、すかさず振り向きざまに後ろ回し蹴りをケットに向かって繰り出す。


「甘いわ、『煉屠幻レントゲン』!」


 俺の蹴りがケットに当たる瞬間、彼はまるで蜃気楼のように揺らめくと俺の蹴りは、彼の体を通り抜けてしまう。

 当然、避けることは予測していても、通り抜けることは予測していなかったので、隙が生まれてしまう。


「そこや! 『狩手カルテ』!」


 ケットは、自分の右手を鎌のようにクイッと曲げると、そのままアッパーのように俺の顎を打ち抜く。


「ぐはっ……!」


 一体、その小さな体のどこにそんな力があるのか、中々の威力で俺はよろめいてしまう。


「よろけてる暇はないでー。 『炎刑奪猛掌えんけいだつもうしょう』!」


 ケットは、そのまま両腕を円を描くように動かす。すると、両手に炎が宿り、そのまま俺の腹に両手を打ち込んでくる。


「……っ!」


 肺から酸素が絞り出され、声にならない叫びを上げながら俺はそのまま膝をつく。

 ――強い。まさにその一言に尽きる。

 

「どや? 素手も中々馬鹿に出来へんやろ? 流石に、この間みたいな強い奴がぎょうさん居るとやられてまうけど、一対一ならまず負けへんでー」


 ケットは、ニャニャニャと笑いながら説明する。

 確かに、これだけの実力があれば、森の中も普通に歩けるだろう。

 正直、魔法ありだったとしても勝てるか怪しい。流石に、魔人モードになれば勝てるだろうが。


「で? まだ続けられそうか?」


「……当然!」


 ある程度回復した俺は、再びケットへと挑むのだった。しかし、


「『垂刀すいとう』!」


「ぎゃー⁉」


「『爪狛閃そうはくせん』‼」


「あべし⁉」


「『真殺拳奥義・塵魔神じんましん』ーー!」


「うわらばぁぁぁぁ!」


 果敢に挑むも、手も足も全く出ず、一方的にボコられるだけだった。

 それなりに近接戦闘は出来る気でいたが、全く歯が立たないと自信を失くしてしまう。


「なんやなんや、もうへばったんかい」


 俺が地面に倒れ伏すのを見て、ケットは呆れたように言う。

 

「ま、アルバの素手での実力も大体分かったしええか」


 あれで分かったのか……?

 俺には、俺自身が雑魚だという事しか分からなかった。


「ほんじゃ、少し休憩したら次は、アルディも一緒に参加してやるで」


「ほんと⁉ やったー! アルバ、一緒に頑張ろうね!」


 ケットの言葉に、アルディは嬉しそうにしながらピョンピョン飛び跳ねる。


「こっちは2人になるけど良いの?」


「かまへんよ。ハンデやハンデ」


 俺の質問に対し、ケットは手をヒラヒラ振りながら気楽に答える。

 くくく、後悔するなよ。俺とアルディが何年連携して戦ってきたと思ってるんだ。

 俺とアルディの絆、見せてやるぜ。


 と、思っていた時期が俺にもありました。


「アルディ! 後ろから来て……」


「にょわああああ⁉」


 アルディの後ろから迫るケットを警告しようと叫ぶが、間に合わずアルディは吹き飛ばされてしまう。

 

「アルディ⁉」


「ほらほら、よそ見してたらアカンでー」


「くぅっ!」


 アルディを気に掛ける暇もないまま、ケットが追撃を仕掛けてきて防戦一方になってしまう。

 アルディと契約が切れていたのを忘れてしまっていた俺は、心の中で必死にアルディと連携を取ろうとしたが上手く行かず、対応にワンテンポ遅れてしまっていた。

 ただ、流石に何年も一緒に居たので、さっきよりはまともに戦えていたが、それでもケットの方が実力は上だった。



「……」


「……」


 俺とアルディは、見事にボロボロになりながら地面に倒れ伏す。


「なんやなんや、2人揃って情けないなぁ。まあ、さっきよりも動きが良くなってたのは流石やけどな」


 くそう、まさかテレパシーで意思疎通出来ないのがこんなに大変だとは……。俺とアルディは、戦闘中は基本的にテレパシーで連携を取っていた。

 実際に喋ると、どうしてもタイムラグが発生するが、テレパシーの場合はノータイムだからだ。

 しかし、今後はテレパシーに頼らない新しい連携技術を磨くしかあるまい。


「さて、10分くらい休憩したら、次は武器ありやで」


「ま、まだやるの?」


 俺、もう体中ボロボロなんだけど……。


「何、弱音吐いてん。これくらいで弱音吐いてたら、ワイの修行についてこれへんでー」


 ケットは、そう言うとニンマリと楽しそうに笑う。

 あの主にして、この使い魔である。

 どうやら、この主従はスパルタが大好きらしい。

 

 その後、武器ありでも見事にボコボコにされ、フラムとリズに大いに心配されるのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る