142話
「よし、準備は出来たでちね?」
「出来たのは出来たんですが……良いんですか?」
三日後、バトロアに旅立つ日。
俺達の前で仁王立ちをしているエレメアに尋ねる。
「良いんでちよ。此処の場所は奴らにバレたから、良い機会でち」
俺の質問に対し、エレメアは何でもない事のように言う。
というのも、エレメアが家を取り壊すと言ってきたからだ。
壊すのは勿体ない気がしたので、質問をしたというわけである。
「元々、此処に住んでたのも人目の届かない場所で静かに暮らしたいって理由があったからでち。それが叶わなくなった以上、他の場所に住むのは当然でち」
まあ、このまま此処に住み続けて、七元徳がまたやってきたりしたら大変だもんな。
奴らも、今度は満月以外の日を狙うだろうし。
「それにしても……奴ら、あれから一回も来なかったな」
流石に半年の間に一回くらい来るとは思ってたのだが。
「ああ、それは私が居るからでありますな。特に捕虜になってるわけでもなく、自分の意思で此処に居るので彼女らも私に一任しているのでありましょう。ただ、私が居なくなればまた来ると思うであります」
俺の言葉に対しリズが答える。
ふむ、リズがそう言うのならそういう事なのだろう。
「そういう訳で、未練を断ち切るためにもこの住処は破壊していくでちよ」
エレメアはそう言うと、何やら魔法を唱え始める。すると、エレメアの周りの8つの水晶が拠点の周りを回り始める。
この8つの水晶はエレメアの魔法具で、水晶からも魔法を発動できるらしい。
離れた場所からの遠隔操作も可能という優れものだ。魔法もチートなら魔法具もチートである。
「
キラキラと光り輝く粉状の何かが水晶から拠点へと降り注ぐと、けたたましい爆発音と共に拠点が大爆発を起こす。
拠点を包み込むほどの大爆発で森に延焼しないかと心配だったが、炎の柱は水晶の囲っている円から出ることなく、上空へと火柱を上げるだけだった。
「……ま、私くらいになると範囲の指定くらい造作もない事でち」
エレメアは、拠点がきれいさっぱり無くなったのを見届けると、無い胸を張りフフンと鼻を鳴らす。チート魔女め。
半年という短い期間とはいえ、それが目の前であっさり消失すると寂しくなるな。
「さぁ、さっさと行くでちよ。大会は待ってくれないでちからね」
しんみりする時間も与えられず、エレメアは俺達を促すので進むことにする。
「そういえば、バトロアまでどうやって行くんですの? 確か、開催は五日後だったような気がするのですが……」
バトロアまでの地図を確認した所、馬車で1週間かかるのだ。
飛空艇ならば3日もあれば着くが、飛空艇のある街まで距離があるので無理である。
そのことをエレメアに聞いたら、その日までのお楽しみだと教えてくれなかったのだ。
「森から出れば分かるでちよ。流石に、森の中じゃ危ないでちから」
エレメアは、ニヤニヤ笑いながら勿体ぶったように話す。
その表情に一抹の不安を感じるが、本人も一緒に行くのだから命の危険は無い……と思いたい。
「ふぉふぉふぉ、素直に森から出すと思っておるのか?」
さぁ、移動をしよう。と思った所で、聞き覚えのある声が聞こえる。
声のした方を見ると、そこには俺達が森へ来た日に襲ってきた木の魔物……
「おお、これはまた奇怪な魔物でありますな。初めて見るであります」
リズは、初めて見るという割にはビビった様子が無く、むしろ興味津々といったようだった。
そこは流石に敵幹部といったところだろうか。
「今までお主達に怯えて暮らしておったが……それも今日までじゃ。お主達をこのまま放置して森から出したら木の王としての名折れでな。すまんが、死んでもらうぞい」
その場には、うじゅるうじゅると触手のような蔦を動かしている木の魔物だらけとなる。
「うへぇ……気持ち悪いよぉ」
「ええ……生理的に受け付けませんわ」
アルディとフラムは、目の前の光景に嫌悪感を露わにしている。
無理もない。俺でも、これは気持ち悪いと思うもん。
「ああ、これだけの触手……もとい、蔦に絡めとられたら私はどうなってしまうのでありましょうか……」
リズは顔を赤くして体をくねらせており、安定の性癖っぷりを発揮していた。
「はぁー、頭数さえ集めればなんとなると思ってるんかい。しゃーない、ここはワイが……」
「いや、ケットは待機でち」
ケットが腕まくりをしながら前へと出ようとすると、エレメアがそれを制止する。
「え? なら、どないするん?」
「アルバ、ここはお前に任せたでち」
「……ええ⁉ 僕ですか?」
まさか俺に振ってくると思ってなかったので驚いてしまう。
半年前は、こいつに手も足も出なかったのだ。それがいきなり、その何倍もの数を相手にしろなんて無茶振りにも程がある。
「お前は、この半年でかなり強くなってるでち。こいつらには苦戦しないでちよ」
「……私では駄目ですの? アルバ様は、属性が一緒なので戦いづらいかと思うのですが」
確かに、こいつらの相手は俺よりもフラムの方が向いているだろう。
エレメアは、最初から戦う気が無いようなので戦力には入れていない。
「相性的にはフラムの方が良いでちが、あえてここはアルバでち。だって……」
エレメアは、そう言うとすっごい良い笑みを浮かべて話を続ける。
「木の王とかほざく奴が、同じ属性の奴にぼっこぼこにされる方が楽しいじゃないでちか」
うわぁ、超ゲスい。
「というわけでアルバ。頼んだでちよ」
「ふん、ワシらも舐められたものじゃのう! 他の属性ならいざ知らず、ワシらが土属性の魔法如きにやられるわけがなかろう!」
ここまで素直に話を聞いてるこいつも、実は優しいのかもしれない。
「だ、そうでちよ? ここで力を見せなきゃ男が廃るってもんでち」
……仕方ねーなー。エレメアがこう言う以上それは決定事項だ。
俺達がどう頑張っても、それは覆せない。この半年の間に学んだ、エレメアとの付き合い方である。
「もちろん、魔人モードも使って良いでちよ。大会前のちょっとした肩慣らしでち」
うん、それなら大丈夫だな。
魔人モードも、この半年の間に散々特訓したからな。だいぶ使いこなせるようになっている。
「ふぅー……はっ!」
俺は、深呼吸をし精神統一をする。そして、両手を突き合わせ一気に魔力を爆発させる。
すると、体内の魔力がどんどん増えていくのが分かる。
魔人モードの影響か、俺の髪の毛も赤髪から白髪に変わっていく。エレメア曰く、邪神の魔力の影響らしい。
魔人モードを解除すれば、元の赤髪に戻るので特に問題は無い。むしろ、変身系主人公のようでカッコいい。
「ふ、ふん! そんな、見た目が変わったくらいでワシらに勝てると思わない事じゃな!」
「……
俺は、慌てずに魔法を発動すると、俺の足元が盛り上がり巨大な石の蛇が現れ、
「ん……な……」
いきなり現れた石の蛇に
「喰らいつくせ」
『シャロロォォォ‼』
俺の声に答えるかのように赤い瞳がカッと開くと、その大きな口を開き
「ぐおおおお⁉ 離せ! 離さんかい、この蛇風情が!」
当然だ。魔人モードの俺が発動した魔法なんだ。硬度も並大抵のものではない。
周りの人面樹共もボスから蛇を引き離そうと頑張るが焼け石に水である。
やがて、べきべきと音を立てながら
「あ、有り得ん……こ、このワシが土属性の魔法なんかに敗れる事なぞ……あってたまるかアァァァぁ!」
石蛇の体の中に根が張られていくと、奇声を上げながら石蛇は砕けていく。流石は木の王と名乗るだけあり、死に物狂いで抵抗するとそれなりに強い。
「は、はははっ! ど、どうじゃ! これがワシの実力じゃ!」
石蛇を倒したことがよっぽど嬉しいのか、
「
「はぇ?」
「打ち砕け」
巨大な石の拳は、石蛇によって宙に浮いていた
宙に浮いた
後は、拍子抜けするほど楽勝だった。いきなりボスを倒されたことで、人面樹共は浮足立っており、その隙を突いて再び
「……ふぅ」
俺は、殲滅した事を確認すると魔人モードを解除する。
「確かに……強くなっているな」
俺は、自分の両手を見ながら握ったり閉じたりする。
魔人モードになったとはいえ、あれだけあっさりと魔物を倒せたことに驚きを隠せない。
それと同時に、この半年の修行は無駄じゃなかった事を実感し嬉しくもなる。
「ほら、言った通りでち」
「アルバ、すごーい! かっこよかったよぉ!」
「ええ、流石ですわ。……私もウカウカしてられませんわね」
「うんうん、圧倒的であります。そんな圧倒的な力でねじ伏せられて……ああ! そ、そこはダメであります!」
無事に戦いを終えると、アルディ達が出迎えてくれる。
……1人、物凄いスルーしたい奴も居たが。
そんなこんなで、
◆
特に何事もなく、俺達は森の入り口へとやってくる。
今まで木々に囲まれていたので、木が無い風景は懐かしく感じる。
「それで、結局どうやって移動するんですか?」
「ふふ、ちょっと待つでちよ」
俺の質問に対し、エレメアは自信満々に答えながら地面に魔法陣を描く。
「出でよ、デュラハンの馬車!」
エレメアの言葉に呼応するように魔法陣が黒く輝き始めると、黒い靄を纏った真っ黒な馬車、首の無い真っ黒な馬、そして同じく首の無い全身真っ黒な影の様な御者が現れる。
「これはデュラハンの馬車でち。昔、ソロモンに教えてもらった召喚魔法でちよ。普通の馬車と違って疲れ知らずなんでちよ」
なるほど、魔法の馬車か。それなら、確かに普通の馬車よりも速そうだ。
「さぁ、乗った乗ったでち」
「ええ……わ、私はあんまり乗りたくないような……」
ホラー系が相変わらず苦手なフラムは、若干青ざめながら後ずさりする。
確かに、見た目は完全にホラーなので明るい日中ならともかく、夜に見たらビビる自信がある。
「そんなの認めるわけないでち。ほら、乗ったでち」
しかし、エレメアがそんな意見を聞くわけもなく、フラムは抵抗虚しく馬車の中に押し込められる。
「……あ、あら? 中は結構綺麗なんですのね」
真っ黒な外見と違い、馬車の中は豪勢だった。
ふかふかな椅子に絢爛豪華な装飾と、内装だけなら貴族が利用しててもおかしくなかった。
「さ、皆乗ったでちね」
最後にエレメアが乗り込むと御者に何かを伝える。
「良いでちか? 移動中は、絶対口を開いたら駄目でちよ」
「それはどういう……」
「なんせ、この馬車。移動速度が恐ろしく速いでちからね。口を開くと舌を噛むでち」
エレメアのその言葉に、命の危険を察した俺は急いで馬車の外へと出ようとする。
しかし、扉を開けようとしたところで馬のいななく声が聞こえ馬車が動き始める。
「ひゃっはあああ! それいけ、ゴーゴーでちぃ!」
「んなあああああ⁉」
「いやあああああ!」
ノリノリなエレメアとは反対に、俺とフラムは絶叫マシンのような馬車に対し悲鳴を上げながら移動を開始するのだった。
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