134話

 修行開始した日の夜。

 私は、あてがわれた部屋に入るとそのままベッドに倒れ込みます。

 エレメア様の修行が、思いのほか厳しくて初日からクタクタですわ。


「あー、おかえりフラムー……」


 声のした方へ力なく顔を向けると、隣のベッドでアルディさんがぐったりとしていましたわ。


「どうやら、アルディさんもたっぷりしごかれたみたいですわね」


「うん……ケットがねー。もう、凄いスパルタなんだよ。しかも超強いの」


 人(?)は見かけによらないものなんですのね。

 ……まあ、この森を普通に歩き回れるくらいですから、強さもそれなりだというのは予想がついてましたが。


「でもね、これがアルバの為になるなら私は頑張るよ」


 アルディさんは、ぐったりしながらも真剣な表情でそう言ってきます。


「そうですわね……私も同じ気持ちですわ。確かに修行は厳しいですが、これでアルバ様の役に立てるなら、むしろ軽いくらいです」


 私は、かつての英雄から修行を受けているのです。そう考えれば、これくらいどうってことありません。


「うん。2人で頑張ろう……ね」


 私の言葉を聞き、アルディさんは嬉しそうに言いながらそのまま眠ってしまいます。

 本来、精霊というのは睡眠を必要としないのですが、アルディさんは特別です。

 人形の体を動かすのに魔力を常に消費しているので、その魔力を補充するために睡眠が必要となるのですわ。

 今日は、ケットさんとの修行でたっぷりと体を動かしたようですし、眠ってしまうのも仕方ない事ですわ。


「ふふ、おやすみなさい。アルディさん」


 私は、疲れた体を無理矢理起こし、アルディさんにお布団を掛けて差し上げます。


「ふわ……私も今日は寝ることにしましょうか……」


 疲れすぎて、私も瞼が重くなってまいりましたので、着替えてベッドに入ります。


「アルバ様……おやすみなさいませ」


 女神様の世界で頑張っているであろうアルバ様に挨拶をしながら、私は眠りに就きました。



「それじゃ、今日も張りきって行くでちよ」


 翌日、昨日と同じようにエレメア様の所に行くと、物凄く良い笑顔で迎えてくれますわ。


「今日は、どのような事をなさるんですか?」


「昨日と同じでち。ひたすら魔法を使い続けるんでち。まずは、魔力量を底上げしない事には話にならないでちからね」


 昨日と同じように……ですか。

 その言葉を聞いて、私は思わず顔をしかめてしまいます。

 基本、人は魔法を使えば使う程、魔力が上がっていきます。

 しかし、魔力が枯渇すれば人間は死んでしまいますわ。

 それを防ぐためなのか分かりませんが、魔力がある一定値を下回ると安全装置の様な物が働いて気を失ってしまうのです。

 いくら、使えば使う程魔力が上がると言っても、気絶する寸前でやめて回復するまで待ってを繰り返していれば時間がかかってしまいますわ。

 世に出回ってる魔力を回復するポーションをしようしても、全て回復するわけではありませんし。

 

「大丈夫でちよ。私の魔力ポーションがあれば、好きなだけ使えるでちから」


 エレメア様は、昨日と同じ様な事を仰います。

 そう、普通の魔力ポーションなら確かに全回復はいたしません。

 しかし、マジック・アイテムの制作のプロである魔女のエレメア様なら、全回復するポーションを作る事など容易い事ですわ。

 それゆえに昨日は、私が気絶するまで魔法を使用。魔力ポーションで全回復して、再び気絶するまで魔法を使用の繰り返しでしたわ。

 いくら、魔力が全回復するとはいえ、1日に何度もそれを繰り返していれば流石に疲労困憊するというものです。

 ですが、魔力を増やすにはそれが一番確実なので、気が進まないもののやるしかありませんわ。

 

「それじゃ、早速行くでちよ」


 エレメア様は、そう言うと昨日と同じ場所へと向かいますわ。

 このお屋敷の地下には結界が張っており、この中でならどんな魔法を使っても平気な様ですわ。

 学園の訓練場みたいな感じですわね。


「……ふふ」


 私は、学園の訓練場での事を思い出し、思わず小さく笑ってしまいます。

 ヤツフサさんの魔法を開発している時に、訓練場をめちゃくちゃにしてしまって、凄く怒られてしまいましたわね。

 今となっては、良い思い出ですわね。


「何がおかしいんでちか?」


「すみません、なんでもありませんわ」


 いけないいけない。今は、修行に集中しなくてはいけませんわね。

 私は早速、魔法を発動していきます。

 本来の私の戦闘スタイルは魔法銃なのですが、エレメア様の指示により、それ無しで魔法を発動します。

 魔法具に頼らない魔法の運用に慣れれば、いざという時に役に立つという事ですわ。


「……あら?」


 昨日と同じように、出来るだけ魔力を消費する魔法を乱発していると、違和感に気づきます。


「どうかしたでちか?」


「いえ……気のせいかもしれないのですが、なにやら昨日よりも魔力が増えているような気がするのです」


 昨日は、もっと早くに気を失っていたような感じがするのですが、今日は少しばかり余裕があるように感じますわ。


「ふむ……まあ、当然と言えば当然でちね。昨日、あれだけ酷使したから増えるでち」


「それにしては、魔力が増えるのが早くないでしょうか?」


 いくら、使えば増えると言っても、こんなに実感できるほど増えるのは普通ではありませんわ。


「それは、私の魔力ポーションのお蔭でちね。あれには、魔力増幅の効果もあるでちから。もっとも、世界のバランスが崩れるから市場には出回っていないでちけどね」


 そんなものもあるのですか……。流石ですわね。

 ともかく、この速度で魔力が増えていくなら、すぐに強くなれそうですわね。

 その後もエレメア様に回復させていただきながら、修行を続けましたわ。



「ふう、本日も疲れましたわ……」


 流石に、2度目なので昨日よりはマシですが、それでも疲れるものは疲れますわね。

 

「さて……部屋に行く前に、アルバ様の体を綺麗にしなくては……」


 私は、濡れたタオルを用意するとアルバ様の眠っている部屋まで向かいます。

 部屋に入れば、まだこちらへ戻ってきていないのか、アルバ様はベッドの上で静かに寝息を立てています。

 以前にも、アルバ様が意識不明だった時に、色々お世話をしていたのでスムーズに体を拭き終わります。


「それにしても……逞しくなりましたわねぇ」


 温泉に入った時にも、アルバ様の裸は見ましたが、あの時は……その、色々あってよく見れませんでしたし、改めて見ると結構、筋肉がついております。

 お顔は、女の子のようにとても可愛らしいのに体はしっかりと男の子ですわね。


「あれ? フラム、何してるの?」


「ひゃい⁉」


 アルバ様のアンバランスながらも綺麗な体に見惚れていると、突然後ろから声を掛けられて驚いてしまいます。


「って、なんだ……アルディさんでしたのね。驚かせないでくださいな」


「なはは、ごめんねー。それで、何やってたの?」


「アルバ様の体を拭いていたんですわ」


「ああ、なるほどねー。……なんか、あの時の事を思い出すね。ほら、アルバが意識不明だった時の事」


「そうですわね。あの時は、目覚めるかどうか分からなかったので不安でしたが、今は女神様の世界に行っていると知っていますので安心ですわね」


「女神様の世界が居心地よくて戻って来なかったりして」


「もう、アルディさん! アルバさんは、必ず戻ってきますわよ」


 アルディさんの言葉に、私は声を荒げます。

 冗談でもそんな事言わないでくださいな。アルバ様が目覚めなかったら、私はどうすればいいんですの。


「いやー、分かんないよー? ほら、女神様って言うくらいだからきっと美人だし、アルバってああ見えて、結構えっちいからさ。女神様達とフラグを建ててるかもしれないじゃん」


 私は、アルディさんのその言葉に反論が出来ませんでしたわ。

 アルバ様は、時折エロバ様になりますので、確かにそういう可能性も無きにしも非ずです。

 もしかしたら、こうしている間にも何かしらのフラグを建てているかもしれません。


「……大丈夫、ですわよね」


 私は、不安げに眠っているアルバ様の顔を見ます。

 アルバ様は、先程と変わらない表情で静かに眠っていますが、心なしか鼻の下が伸びているようにも見えなくありません。

 ……いえ! 私は、アルバ様の事を信じていますわ! 

 恋人である私が信じなくて誰が信じるというのですか!

 ええ、信じますとも。信じて……いいのですわよね?


「あ、そうだ。私さ、フラムに相談したいことがあったんだよね」


 私に疑惑の種を植え付けた張本人さんは、私の心中などお構いなしに唐突に話題を変えてきます。

 まあ、アルディさんはこういう性格だって分かっているので、良いんですけれどね。


「なんですの?」


「あのね……私、アルバの事好きみたいなんだよね」


 アルディさんは、もじもじしながらそんな事を言います。

 でも、それって今更じゃないでしょうか?

 アルディさんが、アルバ様を好きなのは今に始まった事ではありませんし……。


「それは、皆が知ってる事ではありませんか?」


「そうじゃないの! あのね、この体がちっちゃかった時はそうでもなかったんだけどさ……。アルバ達と同じ大きさになってからね、なんていうか……」


 もしかして……アルバ様を異性として……?

 精霊が人間に恋するなんていうのは聞いたことがありませんが、そういう話があった方がロマンチックではありますね。


「さ、最初はね……同じ好きだったから気のせいだと思ってたんだよ。でもね、アルバとくっついていると今まで以上に心がポカポカして、幸せな気持ちになるんだよ」


 アルディさんの気持ちも分かりますわ。

 私もアルバ様と一緒に居ると、同じ気持ちになりますし。


「でもさ、アルバはフラムと恋人だし……中々、相談する機会が無くて……。でも、ずっと抱え込んでたら心が苦しくなって……だから、フラムに相談してみたんだよ」


 アルディさんは、私に気を遣って今まで内緒にしてたんですのね。

 まったく、そんな事気にする必要無いですのに……。


「フ、フラム?」


 私が無言でアルディさんを抱きしめると、彼女は驚いた表情でこちらを見ます。


「アルディさん、私の事は気にしなくていいのですよ? 好きなら好きとアルバ様に伝えるといいですわ。彼なら貴女を受け入れてくれますわ」


「フラムは……それでいいの?」


「まったく見知らぬ方なら、私も悩みますが……アルディさんでしたら、大歓迎ですわ。それに、アルバ様には以前……そういうのを許容すると言いましたしね」


 私は、そう答えるとアルディさんに向かって微笑みます。

 

「フラム……ありがとう!」

 

 アルディさんは、満面の笑みを浮かべてお礼を言うのでした。

 その日の夜は、アルディさんと一緒にアルバ様のお話で大変盛り上がりましたわ。

 おかげで、次の日は眠くて仕方なかったですけどね。

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