133話
「さて、ソイツが寝てる間にアンタ達の修行でち」
「あ、あの……エレメア様?」
何事も無かったかのように話を進めようとするエレメア様に、私はおずおずと尋ねます。
「何でちか?」
「アルバ様は本当に意識を失っているだけですの? 死んでいませんわよね?」
「何? 私のマジック・アイテムが信用できないんでちか? ソイツは今、間違いなく女神達の世界に行ってるでちよ」
エレメア様は、自信たっぷりにそう言います。
しかし……。
気を失っている(?)アルバ様の方を見ると、完全に白目を向いて舌もだらしなく垂らしていて、とても気を失っているだけには見えませんわ。
「小僧は一度、女神達の世界に行っているから大丈夫でちよ。一度行った奴は、道が出来てるでちから行きやすいんでち」
「え? アルバ様が女神様の世界に……?」
そんなものは初耳ですわ。
アルバ様とは長年一緒に居ますが、そんな話は聞いたことがありませんわ。
「私もいつ行ったかは分からないでちが……小僧からは女神の魔力を感じたでち。もっとも、本人は覚えてなかったようでちが」
どうやら、エレメア様は確信を持って言っているようですわね……しかし、いつでしょうか?
「あ。ねえ、フラム。あの時じゃない?」
私が、アルバ様が女神様の世界へいつ行ったのか考えていると、アルディさんが何か思い当る節があるのか話しかけてきますわ。
「あの時?」
「ほら、誘拐された後、アルバって3年間意識不明だったじゃん? 多分、あの時だと思うんだよね。思えば、いきなり魔力増えたし、ウィルダネス様の匂いしたし」
アルディさんに言われて、私も思い出します。
「詳しく話してみるでち」
私とアルディさんだけが分かっているのが嫌なのか、エレメア様が尋ねてきたので、私とアルディさんは昔、アルバ様が意識不明だった事を伝えます。
「ふむ……なるほど。それなら、記憶が無いのも納得でちね。女神達の世界は、基本こちらの意思で行かない限り、記憶を一切失うんでちよ。恐らく、小僧は生死の境を彷徨っている時に偶然迷い込んだんでちね。一歩間違ってたら、そのまま死んでたでちね」
エレメア様の言葉を聞いて、私は息を呑みます。
アルバ様が死んでいた。今は健やかに生きていらっしゃいますが、そういう可能性もあったと知り、怖くなってしまいましたわ。
もし、アルバ様が死んでいたら……私はきっと十字架を一生背負う事になってだでしょうね。
「……大丈夫だよ、フラム。アルバは今、ちゃんと生きてる。だから、フラムがそんな顔する事無いんだよ?」
私の心情を察したのか、アルディさんが私の頭を撫でながら慰めてきますわ。
……ふふ、アルディさんは本当にお優しい方ですわね。
流石、アルバ様と契約しただけありますわ。
「ありがとうございます、アルディさん。嘘でも、そう言っていただけると気持ちが楽になりますわ」
そう、アルバ様はちゃんと生きている。
大事なのは、あったかもしれない未来ではなく今なのですから。
「はいはい、御涙ちょうだいの展開はいいでちから、さっさと修行始めるでちよ」
エレメア様は興味が無いという風にパンパンと手を叩いて、私とアルディさんの会話を中断させます。
少し強引な気もしますが、しんみりしてしまうよりはずっと良いですわね。
「それじゃ、人形娘はケットと組手をするでち。ケット、鍛錬場の方に案内してやるでちよ」
「了解や、ご主人様。ほな、アルディはん。こっちやで」
「はーい。それじゃ、フラム。また後でねー」
「ええ、頑張ってくださいね」
アルディさんは、ケットさんに連れられて鍛錬場とやらへ向かう事になったので、私は手を振りながら見送りますわ。
「……それじゃ、まずは属性を調べるでち」
「え? 私の属性は、炎ですわよ?」
「それは、先天属性でち。私が言っているのは、後天属性の事でちよ」
後天属性……生まれつき備わっている属性とは違い、後から訓練して習得する属性……。
本来なら、他属性を操れるというのは強みになりますが、先天属性だけにした場合、威力は1つ特化の方が上になりますわ。
使える属性が増えれば増えるほど、先天属性の成長限界も下がってしまいます。
例えるなら、10という数字があるとして、この10を属性間で振り分けると言った感じですわ。
先天属性のみ――仮に炎として――なら炎属性に10。後天属性を1つ――こちらは氷と仮定――覚えたら炎に8、氷に2という感じになりますわ。
つまり、後天属性が増えれば増えるほど器用貧乏になる感じですわね。
ただ、威力を犠牲にしても戦略の幅は広がりますので一長一短といった感じですわ。
「それとも、後天属性は覚えないで先天だけでいくでちか? 私は、それでも構わないでちが……」
私としては、先天属性特化で炎属性を極めたいというのが本音ですわ。
ですが……森に入った時の事を思い出すと、炎だけじゃアルバ様の助けになれないというのを思い知ってしまいました。
炎の魔物に効かないならまだしも、炎が弱点であるはずの木の魔物にも効かなかった……ならば、多少威力を犠牲にしてでも、戦略の幅を増やすべきですわね。
パーティが増えれば一番良いのですが、土属性が居るというだけで皆さん敬遠してしまい、増えずじまいですし……私がその分頑張るしかありません。
「……後天属性を覚えますわ」
「分かったでち。そんじゃ、失礼して……」
エレメア様は、私の返事に頷くと顔を近づけて、私の瞳をじっと見てきますわ。
同性とはいえ、じっと見つめられるのは流石に気恥ずかしいですわね。
それにしても……こんなので、後天属性が分かるのでしょうか?
「ふむ……ふむふむ? ほほう、これは珍しい」
エレメア様は、私の瞳を見ながら感心したように頷きます。
「あの……何か、問題でもあったのでしょうか?」
もしかして、私に後天属性は無かったのでしょうか?
基本、誰にでも多少なりとも後天属性があるものなのですが、稀に才能が全く無い者も居りますわ。
アルバ様は、土属性だけで頑張ると言っていたので調べたことが無いみたいで分かりませんが。
「いや……問題は無いでち。ただ、少し珍しかったでちから」
エレメア様は、私から離れるとそう答えます。
「フラム……と言ったでちね? 後天属性って、基本いくつかっていうのは分かるでちか?」
「基本は1つ……ですわね。それ以上は、エレメア様のような天才型になりますわ」
エレメア様のように、4つも属性を持つなどの特異な例もありますが、先天属性と後天属性、併せて2つの属性が基本的な数になります。
私の知っている中で、それだけの数を扱えるのは学園長先生だけですわね。
「天才……か。ふふ、まあ当たり前でちね!」
エレメア様は、私の答えに笑みを浮かべながら満足げに頷きます。
「喜ぶでちよ、フラム。アンタもその“天才”の部類でち。アンタが使える後天属性は……氷、風の2つでち」
という事は、炎と併せて3つ扱えるという事になりますわ。
「それは……本当ですの?」
もしそうなら、一気に戦略の幅が広がって、アルバ様の大きな助けになりますわ。
「魔法に関しては、嘘は絶対につかないでち」
それ以外なら嘘をつくんですのね。なんて言葉が出そうになりましたが、何とか心の中に留めることに成功しました。
それにしても、私の属性が3つ……。まさか、私にそんな才能があるなんて思いもよりませんでしたわ。
「凡人なら、3つも扱うとただの器用貧乏になるでち。でも、フラムは運が良いでちよ。何せ、私が師匠なんでちから」
確かに、五英雄の1人で四元素の魔女を名高いエレメア様が師匠なら、もっと上を目指すことが出来ますわね。
「ただし! 鍛えるからには生半可な覚悟じゃやっていけないでちよ。アンタには覚悟があるでちか?」
そんなもの……アルバ様と共に生きていこうと決めた時からありますわ。
「もちろんですわ」
私は、しっかりとエレメア様を見据え答えます。
「……良い顔でちね。それなら、こっちも手加減はしないでち」
エレメア様は、満面の笑みを浮かべて楽しそうにそう言うのでした。
なんでしょうか……とっても嫌な予感がしますわ。
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