132話
「
縦の長さが2m程はある黒光りする(他意は無い)棺の形をした物体をクロバが空中にいくつも出現させると、俺に向かって放ってくる。
「よっ、はっ、ととっ」
仮にも冒険者として腕を磨いてきたつもりなので、これくらいは避けられる。
「おらおら、まだまだ行くぞぉ!
クロバは、間髪入れずに次の魔法を発動する。
動物の牙に似た形の石の牙が100本近く俺へと飛来する。
「ちっ」
俺は、ちらりと石化した左手を見ながら舌打ちをする。
この魔法は、その名の通り当たれば石化の効果がある。
かすっただけでも、その場所が石化してしまうという厄介な魔法だ。
一部とはいえ、流石は邪神。
俺がまだ使えない様な高位の魔法をアホみたいに撃ってくる。
使う魔法が先程から土属性縛りなのは、多分俺の中に居たからだろう。
「
避けきれないと判断した俺は、素早く魔法を放ちクロバの魔法を相殺させる。
威力は低いが、消費魔力が少ないので牽制などに向いているのだ。
当然、威力は向こうの方が上なので、相殺しきれない魔法がこちらへと向かってくるが、石の矢のお蔭で数は減っているので、避けるのは容易い。
「おら、邪神! さっきから空飛んでてずりーぞ! 男なら降りてこいや!」
そうなのだ。戦闘が始まってから、邪神はすぐに空を飛んで空中から攻撃をしている。
そのせいで、俺の得意な奇襲戦法が使えず受け身になってしまっているのだ。
「あぁん? 知らねーよ、自分の優位な方に戦いを持っていくのは当たり前の事だろうが」
……くそ、正論すぎて何も言えねぇ!
「それに、誰が男だ。俺は女だっつうーの」
なん……だと?
「え? いや、ちょっとタンマタンマ」
突然の衝撃発言に、戦闘中だという事も忘れ、俺はクロバに尋ねる。
「あ? んだよ、コラ」
柄悪っ! 俺の顔で、よくそこまで柄悪い表情が出来るな。
「お前……女? え、でも、俺と同じ姿だよな? それに、世間一般に伝わってるあの姿は……」
仮に目の前の姿が、宿主である俺の姿を模しているだけと仮定しても、あの邪神像の姿はどう説明するのだろうか。
どう見ても女には……いや、そもそも別種族だし、一概に男とは言えないのか……?
「あぁん? この姿は、単純にお前の中に居たからだよ。しかも似てるのは顔だけで、付いてねーっつうの」
女の子がそんな下品なこと言っちゃいけません。
ていうか、ただでさえ女みたいな顔なのに付いてなかったら完全に女の子じゃん!
いや、中身が女だから合ってる……のか?
「それと、俺の姿を模した像の事だけどな。あれは、単に俺が変身した姿ってだけだ」
ああ、あれか。私はあと2回変身を残しているとかそんな感じか。
それにしても……女かぁ。
今まで普通に男だと思ってたから、ちょっと複雑。
「こらー! アルバぁっ、邪神が女だから何だってのよ! そんなん気にせずボコボコにしちゃいなさいよ!」
観客席で菓子を貪りながら傍観していたウィルダネスが野次を飛ばしてくる。
他の女神達もまるで、何かの試合を見てるかのようにまったりとしている。
人が邪神と戦っているというのに呑気なものだ。
「ま、言われなくてもボコボコにするけどな」
例え、実は女だと分かっても邪神は邪神である。
こいつはともかく、本体の方には借りが大量にあるからな。情けをかける理由がどこにもない。
とは言っても、奴が空中に居る以上ジリ貧だ。
奴が地上に居たのなら、落とし穴にはめたり、落とし穴の下に剣山用意したり、埋めたり色々出来たのにな。
「はっ! 防戦一方の童貞野郎が言うじゃねーか」
「どどどど童貞ちゃうわ!」
いや、実際は童貞だけども。
前世含めてまだ経験ないけども。
一応、今はフラムという彼女が居るから焦ってはいないが。
「まあいい、さっさとくたばって俺に体を明け渡しやがれ!
クロバは、自分の右手に全長3m程のくそ長い真っ黒な槍を出現させると槍投げの要領でこちらへと投擲する。
しかし、先程と違って一本だけなら魔法で迎撃するまでもなく容易く避けられる。
「なっ⁉」
だが、俺が横へ飛び退いたら槍もこちらへと方向を変えて向かってくる。
「はっはー! 残念だったなっ、そいつは標的を貫くまで追いかけ続けるぜ!」
どうやら、俺のなんちゃってグングニルとは違い、こちらはちゃんと追尾するようだ。
しかし、それならそれでやりようはいくらでもある。
この手の完全追尾系って言うのは、確かに強力だが漫画などで対処法がよく出てくる。
まずは、こいつがどの程度の精度で追尾してくるかだな。
「……」
「はっはっは、無様だなぁ。おい」
俺が無言でダッシュで逃げ出したのを見ると、クロバは空中で愉快そうにケタケタと笑う。
俺の中に居たとは言うが、あくまで居ただけで俺の考えまで分かっているわけではなさそうだ。
ある程度走って逃げた後、俺は横から石柱を出現させ自分にぶつけて無理矢理方向転換をする。
疲労や痛覚などの肉体的影響がない世界だからこそ出来る荒業だ。
それなら、槍も当たっても平気ではないかと思うがそれは違う。
俺の手が石化したように、奴の攻撃は普通に俺に効くのだ。つまり、あの槍が当たれば俺も無事では済まないという事だ。
俺が方向転換した直後、石柱を黒曜石の槍が容易に貫く。そして、その数秒後に槍がこちらへと方向を変えて再び向かってくる。
「石柱にぶつけて相殺を狙ったのか? 無駄無駄、そいつはそれくらいじゃ止まらねーよ」
邪神がご丁寧に説明してくれているが、別に俺はそれが目的ではない。
その後も、同じような事を繰り返して槍が方向転換をする時間を確認する。
邪神の方はというと、例の素敵な性格のせいかニヤニヤしながら俺が槍に追いかけられる姿を眺めている。
……ホント、獲物をいたぶるのが好きだな。性格良すぎて反吐が出る。
「さて……そろそろか」
何度目かを避けた後、俺は奴の居る場所と槍の位置を計算しつつ、右手で拳大の石を握った後、自分の足元から石柱を出現させて、自分自身を空中へと射出する。
「なんだ? そいつで俺を殴る気か? だが、残念……ちょっと高さが届かなかったな」
石柱を利用して邪神の方へと飛んでいくが、奴に届く前に俺は失速し落下を始める。
「……」
邪神の軽口には答えず、俺は頭の中でカウントダウンをする。
……今だ!
タイミングを見計らい、右手に握っていた石を離すと、そこから石柱が飛び出し俺を横へと吹き飛ばす。
流石の俺も、空中で石柱を出すことはできない。
矢とか槍なら別だが、それでは俺を押し出す為の勢いが足りない。
なので、右手に持った石を地面と仮定し、そこから石柱を出現させたのだ。
そして、“邪神から死角になっていた”俺の後ろから飛来する黒曜石の槍が勢いよく邪神へと突き刺さる。
「な⁉ が……あぁっ」
「へっ、自分の攻撃を受けた気分はどうだ?」
槍は心臓を深々と突きさしており、クロバは苦しそうな表情を浮かべていた。
何度も槍の方向転換する時間を確認していたのはこのためだ。
邪神は確かに強力だ。しかし、何度か邪神関連の奴と戦ったが、どいつも共通している部分がある。
それは、強者ゆえの慢心だ。元々、そういう性格なのかこいつらは本気を出せば、すぐに片が付くのをあえて本気を出さずにいたぶる癖がある。
俺が槍に追いかけられている間、手を出さなかったのがその証拠だ。
だから、俺はそれを利用させてもらった。
槍を死角に隠し飛び上がる事で、邪神から見えないようにしタイミングを見計らって横へ飛ぶ。
勢いのついた槍は、方向転換をする前に油断しまくってたクロバの心臓に突き刺さったというわけだ。
あと、これはあくまで俺の予想だが、クロバはもしかして俺ではないかという事だ。
クロバは、俺の中に居た邪神の力だ。その影響か、奴は土属性の魔法しか使えない。
本質はともかく、俺と性質が似ているというのは確かだろう。
そして、槍は俺をつけ狙う。
奴が近づかなかったのは、いたぶるというのもそうだが……下手に近づくとクロバへと標的を変えてしまう恐れがあったのではないかということだ。
槍はクロバを貫いた後、実際そこから動こうとしなかった。
「ぐ……ああああああああ!」
クロバは、苦しそうに叫びながら力づくで槍を自身から引き抜く。
心臓を貫かれているのに死んでいないのは、流石邪神と言ったところか。
しかし、それでもだいぶ弱っているのか、地面に弱弱しく着地する。
「くそ……まさか、自分を死角にするとは……お前、もしタイミングを間違ってたら死んでたんだぞ?」
クロバは、苦しそうに呼吸を荒くしながら尋ねる。
「まあ、どっちにしろお前をここで倒さなきゃ、いずれはお前に飲み込まれてが死んじゃう可能性があったしな。死ぬタイミングが遅いか早いかだけさ」
正直、前世はただの地球人だった俺が、こんなシビアな考えを持つなんて驚きだ。
生活環境が違えば考えた方も変わるという奴だろう。
「はっ、最高に狂ってんな」
「邪神に言われたくねーよ」
「くく……あーっはっはっは!」
クロバは、いきなり腹を抱えて大声で笑い出す。
「あー……お前の中に入って、観察をしてて薄々思ってはいたが、ここまでクレイジーとはな」
「失敬な。俺ほど、普通な人間はいないぞ」
「普通……ねぇ。少なくとも、これから普通ではなくなるな」
まあ、邪神の力が体の中にあるんだ。普通ではないな。
「くく、俺の本体もお前を見たらきっと気に入るだろうぜ」
クロバは、何が嬉しいのかニタニタと笑いながらこちらへと近づいてくる。
攻撃を警戒するが、奴の予想外の行動によって俺の思考は停止する。
「俺の力、お前に預ける。必要な時は呼びな」
瞬間、クロバの姿が銀髪の女性の姿に変わったかと思うと、俺の顔を掴み唇を重ねていた。
「んんぐ⁉」
我に返って思考停止から復活し、慌てて唇を離した時には目の前に誰も居なかった。
『アルバは、邪神の寵愛を受けし者の称号を手に入れた!』
「なんだ、その称号⁉」
ただでさえ混乱しているところに、謎のアナウンスが脳内に響き、俺はただただツッコむ事しかできなかったのだった。
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