130話
邪神。その言葉をエレメアから聞いたとき、俺達は無意識につばを飲み込み緊張する。
「アヤメから聞いたときはまさかと思ったけど、本当に私が作った首輪をしてるとは思わなかったでち」
「え? この首輪、エレメア……さんが作ったんですか?」
見た目が見た目なので、あやうく呼び捨てにするところだったので慌ててさん付けにしながら尋ねる。
こう見えて、俺よりもずっと年上だろうしな。
「そうでちよ。魔女ってのは、元々自分の知識を使ってマジック・アイテムを作って生計を立ててるんでち。それも私が作った内の1つでちね」
なるほどな。地球でも魔女といえば、色んな道具を作ってる描写が漫画などでよくあるから納得といえば納得だ。
「基本、一度邪神が体に入れば治る事は絶対無いでち。その首輪は一時的に抑え込んではいるけど、完璧じゃないからいつかは壊れるでち」
「では、どうすれば良いんですの? このままでは、アルバ様は邪神に乗っ取られてしまうのでは?」
邪神に乗っ取られる。俺は、この首輪をつけるきっかけになった時の事を思い出す。
憎しみや怒りが自分の心を満たし、ただひたすらに暴虐の限りを尽くす。
もし、俺が完全に取り込まれてしまえば、魔人のようになってしまうのではないだろうか。
「幸い、見た限りだとそれほど邪神の因子は入ってないようだから、制御することは可能でちよ。もし、制御できれば、今よりも格段に魔力が上がるでち。なにせ、邪神の力でちから」
「邪神の制御って、どうやれば良いんですか?」
「それなんでちがねぇ……実は、邪神の制御方法って人によって異なるんでち。五英雄全員、邪神の呪いを受けたけど、全員受けた呪いの種類が違うから対処法も違ったくらいだし」
なるほど、内容が違えば当然、対処法も変わってくるわな。だが、それだとどうしたら良いのだろうか。
「え? じゃあ、どうすんの?」
俺の疑問を代弁するかのようにアルディが問いかける。
エレメアは、悩むように腕組みをしながら考え込むが、やがて一つの考えが浮かんだのか口を開く。
「やっぱり、確実なのは専門家に頼む事でちね」
「専門家……?」
もしかして、またどっかに行かなきゃいけないのだろうか。
あっちこっちたらい回しされるとか、お使い系のRPGを思い出す。
「邪神と呼ばれてはいるけど、奴も神の一種でち。神の事は神に聞くのが一番でちよ」
神の事には神に……?
「もしかして……主神アキリ様ですの?」
フラムが、緊張した面持ちで尋ねる。
まあ、そうなるな。しかし、そんなホイホイと会えるものなのか……?
「流石の私も主神に会いに行けるほど強くないでちよ。ただでさえ、呪いのせいで力が半減してるのに……」
「そういえば、エレメアさんの呪いって?」
ウォーエムルは成仏できない呪いで、アヤメさんは不死の呪いだったな。
「ご主人様のは、若返りの呪いやで。おかげでこんなちんちくりんに……」
「ケット、今日の晩御飯抜き」
「そんな殺生な!」
説明してくれたのはありがたいが、一言多かったな。雉も鳴かずば撃たれまいに。
「おほん……まあ、ケットの言う通りでち。私が受けたのは若返りの呪い。本当の私はボンキュッボンのないすばでいなんでちよ」
自分でそう言う時は、大抵そうでもなかったりするのだが、制裁が怖かったので大人しくしておく。
「若返りの呪いかー。なんか、アヤメの時もそうだったけど、結構良い呪いだよね?」
アルディの疑問ももっともだ。
ウォーエムルはともかく、アヤメさんの不死やエレメアの若返りとは、大抵の人が一度は夢見ることだ。
「それが邪神の手口でちよ。パッと見はプラスになりそうな効果でちが、その実デメリットの方が大きいでち。奴の好物は怒りや悲しみ、絶望といったマイナスの感情でち。上げてから落とした時の方が、マイナスの感情が大きいからそう言う風になっているでち」
なんて素晴らしい性格なんだ。流石は邪神、反吐が出るぜ。
「アヤメの不死も人によっては羨ましいかもしれないでちけど、自分の親しい人がどんどん自分を置いて死んでいくのは地獄でちよ。しかも、あくまで“死なない”だけ。それが、どれほどの苦痛か……」
アヤメと仲が良かったのか、エレメアは悲しそうな表情を浮かべながら話す。
「そして、私も若返りっていう言葉だけなら良いかもしれないでちけど、実態は弱体化でち。全盛期に比べて魔力や身体能力が3分の1以下。幸い、知識は無事でちけど」
それなのにこの森でカースト上位なのか。流石は五英雄の1人、ぱねぇな。
「ちなみに他の五英雄の方はどんな呪いを受けたんですの?」
フラムも興味があるのか、少しだけ瞳を輝かせながら尋ねる。
まあ、童話にもなってるくらいの伝説の人物から直々に話が聞けるのだ。少しばかりテンションが上がっても仕方ない事である。
とはいえ、俺からすれば会った人達が会った人達なだけに、ただの濃い面子にしか思えなかったが。
「私とアヤメとウォーエムルのは知ってるでちね? あとはクレイモージとソロモンでちか……」
「その2人もやっぱり何か死ねない呪いを……?」
今のとこ、3人とも生きているからそう予想し尋ねてみる。
いや、エレメアは魔女っていう種族だから長生きなだけか。
「いや、クレイモージとソロモンはもう死んでるでちよ。いや、ウォーエムルも死んでるでちが、あれはまた別でち」
まあ、ウォーエムル……本人はミリアーナとかほざいてたが、あの人は死後をめちゃくちゃ堪能してたからな。
「クレイモージは……なんて言えばいいでちかねぇ。一番近いのは寿命が半分になったってことでちね。ただ本人がどっかに行っちゃったから詳しい事は分からないでち」
寿命が半分……例えば、80歳が寿命だとしたら働き盛りの40歳。30歳が寿命だとしたら15歳で死ぬことになるのか。きっついなぁ……。
「それで、ソロモンなんでちが……魔法が扱えなくなった呪いだったでちね。おかげで、邪神と戦う時に召喚していた奴らは元の世界に帰れずにこの世界で生を終えたでち」
召喚士が召喚が使えなくなるとか、一番ダメじゃねーか。
本人だけじゃなく、周りにまで精神的ダメージ与えるとか邪神の野郎徹底してやがるな。
しかし、五英雄全員が呪いを受けてるのか……。
俺の知っている物語では、邪神を倒して平和になりましためでたしめでたしで終わっているが、やはり現実はそう甘くないってことだな。
「……さて、話が逸れたから戻すでちよ。さっきの続きなんでちが、アルバが合いに行くのは女神達のとこでち。あの人達なら、邪神にも詳しいし今の私の力でも送れるでち」
女神。その言葉を聞くと、何かを思い出しそうになるが、あと少しで何かを思い出す手前まで行くと急に靄がかかったように思い出せなくなってしまう。
なにか、大事な事を忘れている気がするんだが……。
「ねー、それってアルバだけが行くの? 私もついて行きたいんだけどー」
「私もできれば、ついて行きたいですわ」
「あー、それは無理でち。今の私の力では1人を送るので精一杯でちから」
アルディとフラムの言葉をエレメアはあっさり斬り捨てる。
できれば一緒に行きたかったが、こちらは頼んでいる身なので素直に従うしかないだろう。
「そこの人形娘は、精霊だけあって魔法に関しては教えることはないでち。精霊以上に1つの属性に特化している存在は無いでちから」
まあ、そりゃそうだわな。
アルディは大地の精霊だ。こと土属性の魔法に関しては、教わる事は何もないだろう。
魚に泳ぎ方を教えるようなものである。
「じゃあ、私はどうすんの? 私も強くなりたいんだけど」
「人形娘は、体術を学んでもらうでち。そこのアホ猫は体術は達人クラスでちから、教わるにはうってつけでちよ」
「え? ワイが教えるんか、ご主人様」
「体術も教えて欲しいってのはアヤメの要望だったんだから仕方ないでち。確か、アルバもオールラウンドで戦いたいって言ってたでちよね?」
エレメアの言葉に俺は頷く。
ていうか、ケットってそんな強いのか。まぁ、あの木の魔物が逃げるくらいだから強いのだろう。
「まぁ……教えるのは吝かやないし、ご主人様がそう言うんならええけど」
「うー……本当はアルバと行きたいけど、私も強くなりたいから我慢する。よろしくね、猫ちゃん」
アルディは不満そうだが、最終的にそれが俺の為になると思ったのか、渋々ながらも承諾する。
「そして、フラムは……私が直接教えるでち」
「エ、エレメア様に直接教えてもらえるなんて光栄ですわ!」
「アンタは確か、銃を主体に戦うんでちたよね?」
エレメアの言葉に、フラムは感激しながらも頷く。
「アンタにぴったりのマジック・アイテムもあるし、アルバが女神達の所へ行っている間にみっちり教えるでち。私が教える以上、甘くは無いでちよ?」
「……覚悟はしてますわ! アルバ様の役に立てるなら、私は地獄でもどこでも行きます!」
「ふむ……アルバ。アンタは幸せ者でちね」
ああ、俺にはもったいないくらいの良い子達だよ。
◆
「さて、それじゃ早速アルバには女神達の居る世界に行ってもらうでち」
床に魔法陣を描きながらエレメアが言う。
「何か準備とかしたほうが良いですか?」
「いや……女神達の世界は、いわば精神だけが存在している世界でち。だから特に準備をする必要はないでち。さ、ここの魔法陣に立つでちよ」
俺は、言われるがままに魔法陣の上に立つ。
女神の世界……はたしてどんなところなのだろうか。
普通は期待で胸いっぱいになるはずなのだが、俺の本能が行ってはダメだと警鐘を鳴らしている。
しかし、その理由が分からないし、何よりも邪神の事をどうにかしなければならないのだ。
「アルバ様……気を付けていってらっしゃいませ。その間、私も頑張って修行しますわ」
「私も、猫ちゃんに教わって前線でガンガン戦えるよう強くなってるからね!」
「うん。僕も邪神を制御できるようになったら一緒に頑張るよ」
「さて、別れは済んだでちね」
後ろから聞こえるエレメアの言葉に答えようと後ろを振り返り、俺は固まってしまう。
「エ、エレメアさん……それは?」
エレメアの手には、俺の背丈と同じくらいのデカいハンマーが握られていた。
小さい女の子がデカい武器振り回すっていいよね。じゃなくて!
「これでちか? これは、転生鎚。魔力を注ぎ込む事で対象を女神の世界へ送り込むマジック・アイテムでち」
「え? じゃあ、この意味深な魔法陣は?」
「ああ……それは」
そこまで言うと、エレメアはすっごい良い笑顔を浮かべ話を続ける。
「アンタが逃げ回らないようにするための結界でち」
――――死ぬ。瞬間的にそう察した俺は急いで魔法陣から出ようとする。
しかし、
「で、出れない⁉」
まるで、見えない壁でもあるかのように魔法陣から出ることが出来ない。
思いっきり体当たりしたり、ガンガン叩いてもびくともしない。
「いくら私の力が衰えたとはいえ、まだまだアンタに負けるほどじゃないでち。今のアンタ達の実力じゃ、その結界は破れないでちよ」
そう説明しながらエレメアはゆっくりと巨大なハンマーを振りかぶる。
「大丈夫、痛いのは一瞬でち。それに、あくまで女神の世界に飛ばすだけだから死にはしないでち。……多分」
多分! 多分って言ったぞこの人!
「さぁ……死にさらせええええええ‼ でち」
「んぎゃあああああああ‼」
逃げられない結界の中、俺は迫りくる巨大ハンマーを見たのを最後に、意識が途絶えたのだった。
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