129話

「いやー、それにしてもアンさんら危なかったなぁ。ワイが来なかったら、界皇樹かいおうじゅの餌食になってたでー」


 ケットは、ニコニコしながら話す。

 なんとも可愛らしいお猫様。だがオスだ。


「すみません、助かりましたわ」


「ありがとね、猫ちゃん」


「あ、ありがとうございます……」


 フラムやアルディと一緒にお礼を言いながら、俺は目の前の人物(?)に釘づけになっていた。

 カラスのように真っ黒な艶のある体毛。琥珀色の綺麗な瞳。そしてぴょこぴょこと揺れる尻尾と耳。

 ヤツフサ以来のケモフサ様の出現に、俺の熱き情熱が今にも爆発しそうだった。

 タマズサさん? あの人はね、なんかね。


「さ、それじゃご主人様の所に案内するからついてきてにゃふうん⁉」


「はぁぁぁぁ、モフモフやー。触り心地最高ー」


「ちょ、な、何するんや急に!」


 俺が我慢できずにケットの喉元を撫でると彼は驚きながら叫ぶ。

 

「ああ、すみません。ちょっと素晴らしいモフモフだったので我慢が……」


「あ、そこは……にゃふう……なかなかテクニシャンぬ……」


 俺の超絶テクにより、最初は抵抗していたケットだが、やがて快楽に身を任せはじめたのか、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。

 くくく、所詮は獣よのぉ? この俺にかかれば、この通りよ……。


「……また、アルバ様の悪い癖が始まりましたわね」


「アルバはもう手遅れだからねー」


 なんか後ろで女子2人が失敬な事を言っている気がするが、俺は今絶賛モフモフ堪能中なので、そのような言葉は気にならない。ならないったらならない。



「まったくもう! アンさんらを案内せなアカンのに、余計な事すなや!」


 ひとしきりモフモフを堪能した後、ケットを解放してあげるとプリプリと怒ってくる。


「いやー、面目ない。モフモフを見るとつい我を忘れてしまうんです」


 俺はモフモフ中毒なので、しばらくモフモフ成分を摂取しないと禁断症状が出てきてしまうのだ。


「……まあ、なかなかテクニシャンだったから今回は許したるけど、次は勝手にやったらアカンからな」


 許可を取ればいいんですね、分かります。


「それで、ご主人様ってのはどなたの事なんですの?」


 いい加減話を進めなければならないと思ったのか、フラムがケットに尋ねる。


「あん? そりゃ、ご主人様ったらエレメア様や。アンさんらもご主人様に用事があって来たんやろ? ご主人様もそれが分かってたからワイを迎えに出したんや」


 ケットの言葉に俺達は、顔を見合わせる。

 俺達が用事があるのはエレメアだから、ケットの主人というのは彼女の事だろうと予想はついていたが、どうして俺達が今日来ると分かっていたのだろうか?


「ま、聞きたい事があるんならご主人様に会ってから聞くんやな。あの人は気が短いからあんま待たせたらアカンし。ほんじゃ、ついてきぃや」


 ケットはそう言って、器用に二足歩行でテコテコ歩きはじめる。

 一歩踏み出す毎にプリティなお尻が揺れて非常にキュートである。


「アルバ様……! ケットさんが大変愛らしいんですけど!」


 ケットの様子を眺めながら、フラムが俺に耳打ちをしてくる。

 うむ、その気持ちは大変わかりますよ。そこに気が付くとは、フラムもなかなかケモナーとしての素質がありそうだ。


「ん? どうかしたんか?」


「いえ、なんでもないですよー。どうぞ、気にせず案内を続けてください」


 下手に会話の内容を教えて、へそを曲げられても困るので誤魔化すことにする。

 俺は、無防備な姿が見たいのだ。

 ケットは、俺の言葉に首を傾げながらも再び歩きはじめる。

 やべ、鼻血出そう。


 その後、特に魔物も出ることなく順調に進んでいった。

 界皇樹かいおうじゅの時もそうだったが、エレメアとケットはこの森のカースト上位に君臨してるっぽいな。

 流石は、五英雄の1人だ。


「さて、到着したでー」


 そんなこんなで歩くこと数十分後。俺達の目の前にはボロっちい掘立小屋が建っていた。

 なんというか、英雄の住んでいる場所にしてはいささか質素なような気がする。

 いやまあ、立地を考えたら妥当なのか? それに、魔女といえばひっそりと暮らしてるイメージがあるし、当然と言えば当然かもしれない。


「ええか? ご主人様を見ても、絶対見た目について言及したらアカンで?」


 ケットは振り返ると、真剣な声で忠告してくる。

 そういえば、アヤメさんもそんな事を言ってたような気がするな。


「そんな変な見た目なんですか?」


 邪神の呪いで見た目をガマガエルに変えられたとかそんなんだろうか。


「いや、変ではないんやけど……まあ、ワイからは何も言えへん。ワイも命は惜しいからな」


 それはつまり、何か言ったら死亡フラグが速攻で立つってことか。


「大丈夫ですわ。人様の容姿を貶めるほど、落ちぶれていませんわ!」


「そうそう! 余裕余裕!」


 フラムとアルディは、ケットの声に自信満々に答える。

 

「……というわけです。もちろん、僕もそんな事はしないので安心してください」


「うーん……それならええんやけどな」


 俺達の言葉にケットは不安そうにしながらもとりあえず納得したようだ。

 しかし、一体どんな見た目なんだ? ものすごく気になってきた。


「ご主人様ー、ご主人様の言ってたお客さん連れて来たでー」


「ようやく来たでちね。待ちくたびれたでち」


 ケットが扉を開けながら挨拶をすると、中から幼い女の子の声が聞こえてくる。

 俺達もケットに続いて中に入るが、まず内装に驚愕する。

 見た目は間違いなく掘立小屋だったのだが、中はどんな豪邸だと言わんばかりの広さだった。

 床は大理石にレッドカーペットが敷いてあり、柱などにも芸術的な装飾がなされていた。

 魔女というだけあって、空間を歪める魔法でも使えるのだろうか。

 ひとしきり内装に驚いた後、先程の声の主――おそらくはエレメア――と対面し、再び驚くことになる。


「……幼女?」


 そう、俺達の目の前には黒のビロードの三角帽子、黒いケープに黒い簡素なドレス。そして帽子から覗く床まで伸びたオレンジ色の長い髪で推定6歳くらいの可愛らしい女の子が立っていた。

 予想外の姿に、俺は無意識にぽつりとつぶやいてしまう。

 

「あ、アホぅ! あれほど見た目には……」


 ケットが慌てたように何かを言おうとするが、それよりも早く黒い影が俺の顔面へと迫る。


「誰が見目麗しい最高の美幼女でちかー!」


「そこまで言ってなぐぼえぁ⁉」


 幼女は、舌足らずな口調で叫びながらシャイニングウィザードを俺の顔面に叩きこむ。


「「アルバ(様)ーーーー!」」


 フラムとアルディの心配そうな声がハモって聞こえるが、俺は答える余裕が無くそのまま地面に倒れ伏す。

 ウィッチなのにウィザードとはこれいかに……。

 いや、一応ウィザードでも間違いではないが。


「あーあ、だから言うたのに……」


 いや、誰だってこれは予想外だろ……。

 俺は声にならないツッコミをしながらそのまま息を引き取った。もとい、意識を失ったのだった。



「まったく! 初対面の相手をいきなり幼女呼ばわりとは失礼極まりない奴でち!」


 あれからどれくらいの時間が経ったか分からないが、ようやく復活した俺は正座させられた説教を受けていた。

 この幼女……もとい彼女がケットのご主人様であり五英雄の1人、『四元素の魔女』ことエレメア本人だとのこと。


「いやぁ、初見だとどうしても幼女にしか……」


「なんか言ったでちか?」


「なんでもありません、マム!」


 ぼそりと呟いたケットの言葉に、エレメアがじろりと睨むと軍隊もびっくりの綺麗な敬礼で彼は答える。

 じ、地獄耳……。


「あの……なんかもう、すみませんでした。確かに色々配慮が足りなかったです」


 会っていきなり幼女呼ばわりした俺が全面的に悪いので平身低頭ひたすらに謝る。


「私の仲間がご迷惑をおかけしました。私からも謝りますわ。申し訳ありません」


「あはは、ごめんねー?」


 フラムが丁寧に謝るかたわら、アルディはすっげぇ軽く謝る。

 いやまぁ、アルディはそういう性格だから良いんだけどね。


「ふむ……まぁ良いでち。私の心は海のように広いでちから許してあげるでちよ」


 海のように心が広い人は、問答無用でシャイニングウィザードを叩きこんだりしません。

 制裁が怖いから言わないがな!


「それで……アンタ達がアルバム、フラッペ、アルデンテでちね?」


「アルバ、フラム、アルディやで、ご主人様」


「し、知ってるでちよ! わ、わざとでち!」


 非常に惜しい間違いをするエレメアにケットが冷静にツッコむと彼女は顔を真っ赤にしながら弁解する。

 

「まあ、そうです。僕がアルバでこっちがフラッペ、そしてこのメイド服がアルデンテです」


 俺は紳士で優しいと評判なので、先程のミスには触れずに紳士に答える。


「……どうやらまだお仕置きが足りなかったようでちね?」


 エレメアは、恥ずかしさからか体をプルプル震えさせながら睨んでくる。

 決して、怒って震えてるわけじゃないよ? 


「いやいや、めっそうありません。ほんの冗談ですよ」


 シャイニングウィザードの借りを返してちょっとすっきりしたので、俺達は改めて自己紹介し、アヤメさんから預かった紹介状を渡す。


「ふむ……概ね、アヤメから聞いてた話と同じでちね」


 なるほど、既にアヤメさんから話はされていたのか。


「それじゃあ、僕達を鍛えてもらえるんですか?」


「私達は強くなりたいんですの……お願いしますわ!」


「私からもお願い、エレメアちゃん!」


 アルディ……誰が相手でもまじぶれねーな。そこらへんは精霊の純粋さが為せる技か。


「それ自体は構わないでちよ。私も基本、森から出られなくて暇でちから。ただし……」


 エレメアは、俺の方をビシッと指さす。……いや、正確には俺が着けている“首輪”を指差している。


「アルバにはまず、邪神の力を制御できるようにしてもらうでち」


 彼女は、静かにそう言い放つのだった。

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