128話

 ――厄災の森。

 それが、いつからそこに存在しているかは誰も分からず、気づいたらそこにあったと言われている。

 元々は普通の森だったのが変質したとも言われているし、魔界から出現したとも言われているが定かではない。

 確かなのは、その森に入るなら死の覚悟をしなければならないという事だ。


「……なあ、ここまで来ておいてなんだが、本当に入るのか?」


 俺達をここまで送ってくれた馬車の御者のおっさんが心配そうな顔をしながら尋ねてくる。


「もう覚悟は決めてますから……。お気遣いありがとうございます」


「私は、アルバ様の行くところならたとえ地獄だろうとついて行くつもりですわ」


「というわけで、おっちゃんが気にする必要はないよー」


 実を言うと、厄災の森を目指すまでにも一悶着あったりするのだ。

 馬車を頼もうにも、厄災の森へ行くと言っただけで皆尻込みしてしまったのだ。

 何件か立て続けに断られたので、高いがいっそ馬車を買ってしまおうと思った所で、このおっちゃんが引き受けてくれたのだ。

 

「だがなぁ……俺の子供くらいの歳の子をみすみす死地へ向かわせたってなるとなぁ」


 そうなのだ。このおっちゃんの子供も俺達と同じくらいの年齢みたいで、放って置けないってことで引き受けてくれたのだ。

 一応、目的地に向かってはくれたが、その間にも考え直せと散々説得されていた。

 しかし、俺は強くならなければいけないので、おっちゃんには悪いが考えを変える気は無かった。

 今のままでも多少は強くなるだろうが、それだとダメなのだ。

 エスペーロやリーベなど、変態に目を付けられた以上本気で強くならなければいけない。

 邪神復活を目論む七元徳が、俺達の存在を知っているというだけで危険度が跳ね上がっているのだ。

 このまま手をこまねいていてやられるのも修行の為に命を危険にさらすのもさほど変わらない。

 むしろ、修行して強くなる分、こっちの方が良いかもしれない。


「……分かった。戦えない以上、俺はついて行けないが、しばらくここで待つことにする。無理だと分かったらすぐ引き返してくるんだ。帰りの金くらいはサービスしてやるから」


「はは、ありがとうございます。では、行ってきますね」


 人の良いおっちゃんに別れを告げ、俺達は森へと入る。

 森に一歩踏み出した瞬間、空気が変わるのを感じる。

 殺気……とも違うが、言いようのない感覚が俺達を襲う。なんというか……死の匂いが強いのだ。

 一歩踏み出しただけでこれなら、奥へと進めばどうなろうのだろうか。


「……大丈夫ですわ、アルバ様」


 俺がごくりと唾を飲み込み緊張していると、フラムが俺の手を握ってくる。


「そうそう、私達が居るじゃん! 死ぬときは一緒だよ」


 そう言いつつ、アルディも俺の空いている方の手を握る。


「って、アルディさん。それは不吉ですわ!」


 アルディの不穏なセリフにフラムはツッコむ。

 いつもと変わらないその様子に俺は思わず噴き出してしまう。


「はは……ごめんごめん。柄にもなくビビっちゃってたよ。そうだよね、皆一緒なら怖くないよね……進もう」


 目指すは、五英雄が一人。エレメアの住んでいる場所だ。



「あばばばばばば!」


 森へ入って数分後、俺達は今全力疾走で逃げていた。


「グルアアアアアア!」


 全長5mほど、全身に炎を纏った4本腕のゴリラが、太い木々をなぎ倒しながら雄たけびを上げてこちらを追ってくる。


「なんなの、アレ! 森フィールドで炎は反則だろ!」


 炎を纏っているという事は、当然フラムの攻撃は効かない。

 俺とアルディで魔法で攻撃してみたが、奴に届く前に魔法が蒸発して消えてしまうというびっくりの展開で、俺達は逃げの一手を打ったのだった。

 1体だけだからと侮っていたが、あの巨躯にゴリラの怪力、それにほとんどの攻撃を無効化されれば、逃げたくもなるというものだ。

 しかも、森の中にも関わらず木々に燃え移る様子が無い。チートにも程がある。


「も、申し訳ありませんわぁぁぁぁ! 私の魔法が効かないせいでぇぇ!」


「フラムは悪くない! あの炎ゴリラが悪い!」


 少しでも時間を稼ごうと、先程から魔法を放って牽制しているが、その全てが無駄に終わっている。


「がるああああああああ!」


 ――追いつかれる。そう思った瞬間、思わぬところから救いの手が伸びた。


「……がふっ⁉ ごふぁっ!」


 炎ゴリラが急に苦しげな声を上げたので、不思議に思って振り返る。


「なんだ……あれ」


 俺の胴体周り以上もありそうなくらい太い木の枝が炎ゴリラの腹部を突き刺していた。

 炎ゴリラは、その巨躯を活かしてしっちゃかめっちゃかに暴れるが木の枝は微動だにしない。


「……っ‼」


 暴れていた炎ゴリラは、まるで血を吸われるかのようにどんどんと干からびていき、そのまま光の粒子となって消えていく。


「助かったん……ですの?」


 全力疾走だったため、気が抜けたのかフラムはぺたんと座り込む。


「多分ね。でも、あの木の枝は一体……?」


「ふぉっふぉっふぉ、居る居る。餌がたくさん居るわ」


 俺が木の枝の正体について考えていると後ろから声が聞こえてくる。

 恐る恐る振り返ると、そこには樹齢何百年も経っていそうな巨大な大木が有り、幹には爺さんに似た顔が浮かんでいた。


「ほほう、しかも久しぶりの人間じゃないか……これは、ワシの肌もぴちぴちになりそうじゃのう」


 木の顔は、そう言いながら先程の太い木の枝を何本も目の前に持ってくる。

 おそらく、先程の炎ゴリラを倒した奴はこいつなのだろう。

 台詞から考えると俺達の敵で間違いないようだ。


燃える大きい槍フレイム・ランス‼」


 俺の隣からフラムの声が聞こえ、それと同時に全長3m程の大きな炎の槍が木の魔物に突き刺さる。


「んん? なんじゃなんじゃ、そんなよわっちい炎でワシをどうにかできると思っておったんか?」


 燃える大きい槍フレイム・ランスは上級魔法に入るはずだったのだが、それすらも意に介さないように木の魔物は、自身の顔を木の枝でポリポリと掻く。

 いくらなんでもチートすぎやしませんかね。


「た、退却ぅぅぅぅぅぅぅ!」


 奴が、俺達を舐めている今の内にと思い、俺はフラムとアルディの手を引いて踵を返す。


「そう簡単に逃がすと思うてか?」


 しかし回り込まれてしまった!

 図体に似合わず、機敏な動きで回り込むと木の魔物はいやらしい笑みを浮かべる。

 どうやって動いてるかとツッコんだら負けな気がする。

 この調子だと逃げられなさそうだな……。


「さてさて……人間の血は久々じゃからゆぅっくりと味わわせてもらおうかのう」


 グジュルグジュルと木の枝を這い寄らせながら、木の魔物はゆっくりと近づいてくる。

 せめてフラム達だけでも逃がさないと……。

 そう思い、俺が前に出るとそいつは現れた。


「ほいやー!」


「ぐほう⁉」


 黒い影がクルクルと空中を回りながら掛け声と共に現れると木の魔物に攻撃を喰らわせる。

 炎の上級魔法でも平然としていた木の魔物は、そいつの攻撃により仰け反る。


「まったく! お客さんが来たみたいなんで迎えに来てみれば、何やっとんのや、界皇樹かいおうじゅ!」


 エセ関西弁を話ながら華麗に着地したそれの正体は……黒い毛の猫だった。

 ただし、二足歩行で後ろ足に茶色の長くつを履いている。

 まさに長くつを履いた猫である。


「ケットォォォォ! 貴様、またワシの餌を横取りする気か!」


「横取りする気はあらへんよ。ただ、うちのご主人様のお客さんやから助けただけや。それとも……アンさんこそ、ご主人様のお客さんを食う気かいな?」


 ケットと呼ばれた猫は、その愛らしい見た目に反して冷や汗が噴き出るほどの殺気を放つ。



「ふ……ふん! ばーかばーか! そんなちっこい餌なんか要らんもんね! お前のかーちゃん、でーべそ!」


 ケットの殺気に押されたのか、界皇樹は子供の様な捨て台詞と共に根っこを器用に動かしながら去っていく。

 ああやって動いてたのか……。


「……さて、危ない所だったなぁ。あとちょっと遅かったらあいつに食われてたで」


 殺気を引っ込めたケットは、ニコニコと笑顔を浮かべながらこちらへ振り向く。


「アルバアルバ、猫が二足歩行で立って喋ってるよ」


 いや、アルディが驚くのも無理はない。

 見た目は完全に動物で二足歩行の獣人は確かに存在する。

 しかし、それはあくまで獣人なのでサイズも普通に人間と変わらない。

 目の前の彼(?)は、俺達の半分ほどのサイズしかない。

 猫型のドワーフだと言われれば納得できるほどの小ささだ。それで、あんな殺気を放てるから驚きである。


「ああ、こら自己紹介が遅れてすんまへんな。ワイの名はケット。ご主人様の命令でアンさんらを迎えに来たんや」


 ケットと名乗るそいつは、「よろしくな」と笑顔で言いながら自己紹介するのだった。

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