109話

「――様」


「んん……」


 ゴトゴトと揺れる中、誰かが呼ぶ声が聞こえる。

 

「――ルバ様」


 俺を呼ぶ声が更に聞こえ、俺の肩を掴んで揺らしてくるのを感じる。

 二重の揺れに抵抗できるはずもなく、俺は微睡から目が覚める。


「やっと起きましたのね」


 眠たい目をこすりつつ、目を開くと目の前にはフラムの顔があった。


「アルバー、そろそろ終点だってさ」


 アルディがひょいと肩に乗ってくるとそう教えてくれる。


「ああ、もう着くのか……ん~~!」


 俺は、欠伸を噛み殺しながらググッと伸びをして外を眺める。

 現在俺達は、乗合馬車に乗って機工国家グランマキナに向かって移動中だ。

 距離が距離だけに、何度か乗り継いでやってきたのだ。

 最初は、初めての長旅でワクワクしていたが、同じような景色の連続で1週間経つ頃にはすっかり飽きていた。

 しかし、どうやら退屈な馬車生活もこれで終わりの様だった。

 しばらく体を動かせなかったので、体がばっきばきである。



「おー、すげー」


 グランマキナ領内に入り、終点に辿り着くと俺達は、馬車から降りて目の前の建物を見上げる。

 木造建築の趣のある建物があり、様々な人が先程から出入りしている。

 少し離れたところからは汽笛が聞こえて来た。


「アルバ、私、機関車って初めて見たよ」


 俺も、機関車は初めてだな。

 この世界にも、蒸気機関車は存在はしている。

 しかし、コスト面や魔物を考えると、かなり普及しにくい代物だ。

 現在では、グランマキナ領内でしか実用化されていない。

 ここは、グランマキナの玄関口とも言える場所で、駅と宿があるだけの簡素な場所だ。

 ここから機関車に乗って王都へと向かう事になる。

 俺達は早速、駅構内に入って乗車券を買う事にした。


「はー、凄いですわねー」


 玄関口と言うだけあって、建物の中も冒険者や商人らしき人達でごった返していた。

 あちこちに、駅員っぽい人が居て誘導をしている。


「えーと、乗車券はどこで……」


「乗車券は、こっちで売ってるわよ」


「あ、どーもあり……って、マリィさん⁉」


 乗車券売り場を探してキョロキョロ辺りを見回していると、指を差して教えてくれた人が居たので、お礼を言おうとそちらを見ると、なんとマグロ団の3人組が立っていた。


「やっほー、アルバ君。2週間ぶりくらいかな?」


 マリィは、笑顔で手を振りながら軽い感じで答える。

 その後ろにはロンとグルも立っていた。


「あの後、どこに行ってたんですか? 急に居なくなるから心配してたんですよ」


「あはは、ごめんねー。ほら、私達一応お尋ね者だしさ?」


「俺達は、目的の為にも捕まるわけにはいかないからな」


「目的ってなんですの? まさか、良からぬことを」


 泥棒という事もあり、フラムが警戒しながら尋ねる。

 いやまぁ、犯罪者っちゃ犯罪者なんだが、この人達はそれほど悪人じゃないって事は分かってるし、そう警戒しなくても良いと思うんだけどな。


「だ、大丈夫なんだな。俺達の目的は」


「グル」


「あ、お嬢……ごめんなんだな」


 フラムの言葉に、グルが何か答えようとするがマリィがそれを制す。


「言えない事ですの? それなら……」


「安心なさいな。少なくとも人様に迷惑掛けるような目的じゃないから」


「フラムは、なんでさっきからそんな喧嘩腰なのさ?」


「だって、その……アルバ様が……」


 俺が質問すると、フラムはどこかバツが悪そうな顔をしてボソボソと喋る。


「フラムはねー、アルバがマリィのおっぱいに目が釘付けのエロバ状態だから取られないか心配なんだよ」


「ちょ、アルディさん!」


 俺のせいか! いや、ほら……ね?

 違うよ? 浮気じゃないんだけどさ、俺だって男じゃん? そりゃ胸くらい見ちゃうよ。

 とりあえず、後で誤解を解かなければ……。


「あらあらまぁまぁ、青春ねー」


 マリィは、口元に手をやるとニヤニヤと笑う。

 なんか、後ろの方でロンがリア充爆発しろとか呟いてるし。


「ごほん! それはとりあえず置いといて……マリィさん達に提案が有ります」


 俺は、咳払いをして無理矢理話の流れを変えるとマリィ達の方を見る。


「あら、なぁに? デートのお誘い? アルバ君だったら良いかなぁー」


「違います! それで、提案って言うのが、僕達の仲間にならないかって事です?」


「……やっぱり胸ですの?」


「胸だね」


 だからちげーってんだろ。お前ら、どんだけ俺をスケベ人間にしてーんだよ。

 否定はしないけど。

 俺は、マグロ団一味を仲間にしたい理由を改めて説明する。

 この世界での土属性の現状や、それを覆したいなど色んな事を話した。


「なるほどねぇ……確かに、アルバ君の話は分かるわ」


「じゃあ――」


「でもダメ。私達は、表に出られるほど綺麗な存在じゃないの」


「お前の申し出はありがたいが、お嬢の言う通りだ」


「ごめんなんだな」


 しかし、3人は俺の提案をあっさり却下してしまう。

 

「……分かりました。では、気が向いたらよろしくお願いします」


 こういう時は、どんなに説得しても無駄だと長年の経験(漫画)で分かっているので、俺はすぐに引き下がる。


「アルバ君の気持ちだけ受け取っておくわ。ありがとうね?」


 マリィは、そう言って微笑むと顔を近づけ俺の頬にキスをする。

 

「……は?」


 一瞬、何が起こったか分からない俺は呆気にとられてしまう。


「あ、あ、あああああああ!」


 一部始終を見ていたフラムは、人目もはばからず大声を出す。

 え? つーか、今キス……え?


「ふふ、私達はまだやる事あるから行くわね? それじゃ、彼女さんによろしくね?」


 マリィは悪戯っぽく笑うと、そのままロン達と一緒に立ち去ってしまう。


「ア~ル~バ~さ~ま~?」


 後ろを振り返ると、俺に対してあまり怒らないフラムが鬼の形相を浮かべていた。

 無駄だと分かってるが、あえて言わせてもらおう。


『僕は悪くない』



「んー! ようやく着きましたわー」


「大丈夫、アルバー?」


 蒸気機関車に乗り3時間。ようやくグランマキナ王都へと到着した。

 俺は、フラムを宥めるのに丸々3時間費やし、精神的にグロッキー状態だ。

 そのおかげで、フラムの機嫌が直ったのでよしとしようか。


「アルバ様、これからどうなさいますか? まっすぐ向かわれます?」


「うーん、とりあえず行くだけ行ってみようか。居なかったら日を改めればいいし」


 そもそも、グランマキナに来た理由がアルディの新ボディの為だしな。


「了解ですわ」


「楽しみだなー」


 フラムとアルディがキャッキャと楽しそうに会話をしてる中、俺はグランマキナ王都を改めて見回す。

 技術の最先端が集まっていると言うだけあって、俺達の住んでいた場所と世界観が違っている。

 あちこちにロープウェイが設置されていおり、どうやらあれが基本の移動手段になるようだ。

 憲兵の代わりに人型のゴーレムがパトロールをし、遠くの方(恐らくは、工業地帯)からは煙突が無数に伸び、煙がモクモクと上がっていた。


「えーっと、ゼペットさんの居るところは……」


 アヤメさんから貰った地図と案内板に書かれている地図を見比べて、位置を確認する。


「うーん、どうやら住宅街の結構奥の方みたいだね。そこのロープウェイで行けるみたいだ」


 地図を頼りにロープウェイに乗ると、俺達は住宅街へと向かう事にした。



 眼下に広がる景色を楽しみながら住宅街へとたどり着く。

 

「……此処ですの?」


 異様に曲がりくねった道を通って突き当りまでやってくると、そこにはボロい一軒家があるだけだった。


「人住んでるのこれ?」


 アルディやフラムが思う事ももっともだ。

 俺だって、此処に誰かが住んでるなんて思えない。

 しかし、アヤメさんから貰った地図と案内板にあった地図のコピー、それとアルディに空から偵察してもらった結果、此処だと告げている。


「まあ、とりあえず確かめてみようよ。もし、違う人の家だったら謝ればいいし」


 そもそも誰も住んでなかったら、アヤメさんに連絡とって聞くと言う手もあるしな。

 別に急ぎの用事もないし、グランマキナでしばらく稼ぐのも良いだろう。

 そこまで考えると、俺は扉をノックする。


「……」


 へんじがない。ただのるすのようだ。

 念の為、もう一度ノックしようとしたその時だった。 


「ひゃあん⁉」


 後ろでフラムが色っぽい声を出し、思わず振り向いてしまう。

 

「ふぉっふぉっふぉ、ねーちゃん。いーけつしとるのう」


 フラムの後ろには、フードを目深に被った小柄な人物が立っており、フラムの尻を撫でまわしていた。


「って、人の彼女に何してんだ!」

 

 一瞬、呆気に取られるがすぐに我に返り、フラムから引き離そうと手を伸ばす。


「おーっと」


「ひぃっ⁉」


 しかし、怪しさ満点のそいつは俺の手を華麗に避けると、俺の後ろに回り込み、あろうことか俺の尻を撫でまわす。


「……なんじゃ、男か。全く、紛らわしい顔しおって」


「何すんだ!」


 気色の悪い行動に鳥肌を立たせながらフードを被った人物に殴りかかる。

 だが、またしてもそれを避けられてしまう。

 避けた勢いで、被っていたフードが取れると、肩で切り揃えたライムグリーンの髪に陶磁器の様な白い肌の女の子の顔が露わになる。


「ふん、最近の若者は心が狭いのう。ちょっとしたスキンシップじゃないか」


 女の子は、見た目に反して年寄り臭い口調でブツブツと文句を言う。


「……見知らぬ他人の尻を触らるのは、スキンシップではなくセクハラと言います」


「カーッ、細かい! 細かいぞ坊主! そんな細かい事を気にしてると将来禿るぞ」


 やたら年寄り臭い女の子は、そう言うと首を横に振る。

 ハ、ハゲねーし、フサフサだし……。


「まあよい。それで、こんなとこに何の用じゃ?」


「人形師のゼペットと言う方に用事があったんですの」


 先程の行動を警戒してか、俺の後ろに隠れながらフラムが答える。


「なんじゃ、ワシに用があったんか?」


「え?」


「稀代の天才人形師ゼペットとはワシの事じゃよ」


 いや、そこまで言ってないです。



「ふーむ、そこの人形のお嬢ちゃんの体をのう」


 あれから、ゼペットと名乗る年寄り臭い女の子に案内され、俺達は居間に通されていた。

 人形師を名乗るだけあって、家の中は人形のパーツや何かの道具でゴチャゴチャとしていた。


「じゃが、ワシは今は人形師としての仕事は引退しとるんじゃよ」


「一応、これがアヤメさんから貰った紹介状です」


 渋るゼペットに対し、俺は例の紹介状を彼女に渡す。


「なに、アヤメから? ふむ……」


 俺から紹介状を受け取ると、ゼペットは一通り目を通す。


「……確かにアヤメの字じゃな。うーん……あ奴の頼みなら聞かんわけにも行かんのう」


 少し心配だったが、どうやらアヤメさんの紹介状は効果があったようで、意外とあっさり了承してくれる。


「まあ、人形のお嬢ちゃんの体を作るとしてだ。生憎、今は材料を切らしておる。手伝いくらいはしてもうらぞ?」


 それは勿論だ。全部が全部、他人任せというのは俺としても本意ではない。


「僕にできる事なら何でも手伝います」


「私もですわ」


「うむうむ。では、今からワシが言う材料を街に行って調達してきてくれ」


 ゼペットの言葉に俺は頷くと、メモの準備をする。


「まず、水が35リットル」


 水が35リットル……と。随分、具体的な数字だな。


「炭素20㎏、アンモニア4リットル、石灰1.5㎏、リン800g、塩分250g、硝石100gに硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g……」


 待て待て待て! その材料はダメだ! 色々持ってかれる!


「……は、冗談じゃがな」


 冗談かよ! こいつ……アヤメさんと同じ空気を感じるんだが。

 俺は、一抹の不安を抱えながら、この人に依頼をするのを間違ったかなと若干後悔するのだった。

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