108話

「はぁ……気が滅入る……」


 学園長と別れ外に出ると、俺は盛大にため息を吐く。

 エスペーロが脱獄。どうやったかは分からないが、奴が自由になっているのは間違いない。

 いずれ、どこかで再会するかもしれないな。……出来ればしたくないが。


「アルバさーん!」


「ん?」


 俺が憂鬱な気分になっていると、向こうから手を振りながらサンドラ君がやってくる。


「はぁっ……はぁっ……用事、終わりました?」


「はい、終わりましたよ」


 随分タイミングが良いな。

 もしかして、ずっと待ってたのか?


「あの……今、お時間大丈夫ですか?」


 校舎の時計を確認すると、まだ3時を過ぎたばかりだ。

 今戻っても、時間的に中途半端だしやる事も無いだろう。


「はい、大丈夫ですよ」


「良かったです。ちょっとお見せしたいのがあるんですよ。ついてきてください」


 サンドラ君はそう言うと、俺の前に立ち歩きはじめるので、俺は彼の後ろをついて行くことにする。



 少し歩くと、懐かしい建物が見えてくる。 

 土属性が認められるきっかけになった、風雲アルバ城である。


「アルバさんが作ったあの城なんですが、色んな有志の人が集まってかなり増改築されたんですよ」


 だんだん近づいてくるアルバ城を眺めながらサンドラ君が説明してくれる。


「えーと、今の名前が確か……真・風雲アルバ城MarkⅡセカンド改だったかな」


 名前がくどすぎるっ。

 一体、どこの誰が付けた名前なんだ。いや、大体予想つくけど。


「今は、当時とは比べ物にならないくらい、仕掛けなんかも増えて良い鍛錬になってるんですよ」


「へー、そうなんですか。なんか、自分の作ったものがそうやって引き継がれていくって嬉しいですね」


 少し恥ずかしいけどな。

 アルバ城に着くと、結構人がおり、皆思い思いに挑戦していた。


「アルバさんも挑戦してみますか?」


 ふむ、そうだな。

 今のアルバ城がどれくらい難しくなったかは気になるな。


「そうですね、ちょっとだけ挑戦してみます」


 あの時は、クリアできなかったが冒険者として経験をある程度積んだ今なら、攻略など容易い事だ。

 ここは、先輩として良いとこを見せないとな。


「……おい、あれってもしかして」


「ああ……あの長髪の赤毛に女みたいな顔。間違いない、訓練場の破壊神アルバだ」


「俺……ノンケだけど、アルバさんならイケる」


 等々、一部変なのが居たが、注目を浴びているので、挑戦しないわけにはいかない。


「ふふ、僕の実力とくと見ていてくださいね」


 俺は、防具を外し体を軽くすると、コキコキと体を鳴らして準備運動をする。俺が、スタート位置に向かうとモーゼの十戒の様に左右に人ごみが割れる。

 スタート地点に立ち、周りを見渡すと確かに俺が居た時よりも見た目が変わっていた。

 大元はそのままだが、アスレチック部分がパワーアップしている。

 周りが固唾をのんで見守る中、俺はいざスタートする。


「とぉっ……おおおぉぉぉぉぉぉ⁉」


 最初は飛び石になっており、1つ目の足場に飛び乗ろうとジャンプしようとしたら、いきなり真横から風が吹きバランスを崩すと、そのまま池へと叩きこまれてしまう。


「な、なんだ今のは?」


 俺は、何とか池から這い上がると、状況を確認しようと辺りを見渡す。

 周囲の微妙な視線が精神的にきつい。


「大丈夫ですか? アルバさん」


「一応大丈夫ですが……一体何が……」


「あれですよ。この間追加されたばかりのトラップで、タイミングを掴めないとスタート時点で落とされちゃうんです」


 サンドラ君が指を差した方を見れば、筒の様な物が何本か壁に刺さっていた。

 おそらく、あそこから突風が出たのだろう。

 スタートから初見殺し仕掛けるとか、まるで誰かを彷彿とさせる。


「サンドラ君」


「はい、何でしょう?」


「アルバ城の増改築のメインって誰だか分かりますか?」


「えーっと、どこのクラスかまでは分からないんですが……確かアコルスさんって方でしたね」


 やっぱりかよちくしょうめ!

 アコルスっていうのは、アヤメさんの学園内での偽名だ。

 初っ端から、相手の戦意を削ぐような事をやるのは、あの人しか居ないと思っていた。

 難度10迷宮の時といい、あの人はホントにどうしようもない。


「く、くくくく」


「ア、アルバさん?」


 いいだろう、そっちがその気なら乗ってやるよ。

 過去の英雄がなんぼのもんじゃい。

 この程度の苦難、乗り越えてくれるわ!


「うぉおおおおおおおおおおあああああああ!?」


 俺は勢いよく立ち上がると、そのまま再スタートをする。

 今度は、最初の突風を上手く避けて1つ目の足場に着地する。

 しかし、次の足場へ向かうために体勢を整えようとしたところで、立っていた足場が真ん中から二つに折れて池に落ちてしまう。

 お次は、時間制限付きの足場かよ! 畳みかけすぎだろマジで。


「おのれぇ……」


 2度目の池ポチャで、水も滴る良い男になりながら俺は這い上がる。


「えーと、何かすみません」


 俺の様子を見て、何故かサンドラ君が謝ってくる。


「なんで謝るんですか?」


「いえ、僕が此処へ連れて来なければ、アルバさんはそんな目に会わずに済みましたのに……」


「ふっ、貴方が気に病む必要はないですよ。これは、僕の意地でもありますから」


「意地……ですか?」


「はい。意地です。その意地があったからこそ、学園内だけとはいえ土属性を見直させることが出来たんです。いいですか? 人間、諦めなければ何でもできるんですよ」


 俺は、ポタポタと髪の毛から水を滴らせながらカッコつける。

 ふっ、決まったぜ。


「というわけで、これは僕の意地なので貴方が罪悪感を感じる必要はありません。そんなわけで、うらああああああああ!」


 その後も、俺は意地の悪いトラップを潜り抜けながらアスレチックを攻略していく。

 途中、何度も何度もスタートに戻されながらも挑戦していると、ふと周りが騒がしい事に気づく。


「頑張れー!」


「負けるなー! さっきのは惜しかったよー!」


 いつの間にか、周りには大勢の人が居り、俺に向かって声援を送っていた。


「いつの間に……」


「何やってますの、アルバ様」


 俺が、周りの状況に呆けているとフラムとアルディが呆れた顔をしながら立っていた。


「あれ? 2人とも何でここに?」


「もー、何でじゃないよー。アルバの帰りが遅いから迎えに来たんだよ」


 俺の質問に、アルディが不機嫌そうに答える。

 改めて周りを確認すれば、すっかり日が暮れていて、アルバ城がライトアップされていた。


「あー、なんかゴメン。ちょっと、これに挑戦しててさ。パワーアップしたって言ってたから、つい」


「確かに、学園に居た時より広くなってますわね……。それで、調子はどうなんですの?」


「それがぜーんぜん。難度10迷宮並みの初見殺しが多くてさ」


「それはまた、難儀ですわね」


 俺の言葉に、難度10経験者のフラムとアルディは、顔をしかめる。

 

「でも……だんだんコツは掴んできてるんだ。自分勝手で申し訳ないけど、もう少し挑戦させてくれないかな?」


 俺の言葉にフラムは大きくため息をつく。


「仕方ないですわね。アルバ様が、こういう所で頑固なのは理解してますし、気の済むまで挑戦なさっていいですわよ」


「あはは、アルバは負けず嫌いだからね。それに、こう応援されちゃーね?」


 周りでは、今も俺に向かって声援が飛び交っている。


「そういう事。それじゃ、行ってくるよ」


 2人に手を振ると、俺は何度目か分からない挑戦をするのだった。

 それから、どのくらいの時間が経ったか分からない。

 えげつないトラップにめげず、挑戦し続け……俺はついに、ゴール間近へとやってくる。

 ゴールの方法は当時と変わっておらず、天守閣にある旗を掴めばクリアだ。


「はぁ……はぁ……」


 俺は、息も絶え絶えになりながら旗へと、一歩ずつ近づいていく。

 もしここで、何かしらのトラップがあれば引っかかっていただろうが、幸運なことにトラップには引っかからず旗の元までやってこれた。


「これで……終わりだぁ!」


 俺は、腕を大きく振りかぶって旗をガシっと掴む。

 すると、クリアした証であるファンファーレが鳴り響くのだった。


「ぶっぶー、これはハズレよ♪ 残念だけど、再挑戦よろしくー」


「…………は?」


 しかし実際は、クイズ番組の不正解の時に流れるようなSEと共にアヤメさんのアナウンスが流れるだけだった。

 状況が掴めぬまま、いきなり床がパカッと開き俺は奈落の底へと落ちていく。


「ふざけんなああああああああああああ!」


 俺の怒りの絶叫は、空へと虚しく消えていくのだった。

 流石は英雄……人をおちょくるのもずば抜けている。



 その日は、満身創痍で再挑戦する気になれず翌日、再び何度も挑戦し、俺はようやくクリアしたのだった。

 そして同日、学園内にて真っ白な長い髪の女性を追いかける真っ赤な長い髪の鬼の形相を浮かべた人物が居たとか居ないとか。

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