107話

 ――――俺は、真っ黒な空間の中に1人寂しく立っている。

 周りを見渡しても、何も見えない。

 すべてを呑みこみそうな程の闇がそこにあるだけだった。


「……久しぶりに見たな。この夢」


 確か、明晰夢と言っただろうか。

 夢を夢と認識し、尚且つ自由に動ける夢だ。

 この夢は、何度か見たことがあるので、この先の展開も知っている。


「ひゃっはあああああああ!」


 やたらとテンションの高い、俺と同じ声が響くと急に明るくなる。


「よーお、アルバー。久しぶりだなぁ、ぎゃははははは」


 俺と全く同じ顔の人間が、下品に笑いながら奥から現れる。

 姿かたちがうり二つだが、唯一違う点を挙げるとすれば、髪が白く、目が赤い所だろうか。 

 中二病全開のカラーリングをした俺の姿をしたソイツは、俺の肩に手を置く。


「全くよぉ、全然俺様の事を呼んでくれないから、暇で暇で仕方ないぜ」


「誰が、お前なんか呼ぶかよ」


 こいつは、邪神の一部が実体化した姿だ。便宜上、コイツの事は邪神と普通に呼ぶことにする。

 しばらく出てこなかったのだが、おそらく邪神を取り込んだフロッガーと対峙した事で、出て来たのだろう。


「つれねーなー。俺が出れば、あっという間に最強になれるってのに」


 やたらとフレンドリーな邪神は、聞き飽きた台詞を喋るが、俺は否定するように首を横に振る。


「お前を制御できるようになるまでは、出さねーよ。出すたびに乗っ取られてたら俺の体が保たねーよ」


「制御ねー、お前なんかに俺様が制御できるのかよ。本体の一部とはいえ、邪神様だぞ?」


「知らねーのか? 古今東西、邪神ってのは負ける運命にあるんだよ」


「ほほう……? なら、また勝負するか?」


 俺の言葉を聞いた邪神は、愉快そうに口の端を歪めると、距離を取って構えを取る。

 ベースが俺のせいか、戦い方は俺と同じ土魔法だ。


「ふん、吠え面かかせてやるよ」


「はっはー! 相変わらず、威勢だけは良い野郎だぜ。……そんじゃ、行くぜおらあぁぁぁ!」


 こうして、何度目か分からない邪神とのバトルが繰り広げられるのだった。



 遠くで聞こえる鐘の音で俺は、目を覚ます。

 時間を確認すれば、もう12時を回っていた。


「あー……もうこんな時間か」


 俺は、ボリボリと頭を掻きながら眠気を振り払いつつ起き上がる。


「くそう、邪神の野郎。次会ったら覚えておけよ」


 夢の中で出会った邪神の奴に俺は、悪態をつく。

 悔しいが、邪神と言うだけあって奴は強い。

 本体よりは遥かに劣るだろうが、今の俺では勝つことが難しい。

 いずれ、奴を倒して俺の力にすることが目標だ。

 奴の力をものにすることが出来れば、今よりもずっとパワーアップできるだろう。


「あ、アルバ様。ようやく起きましたのね」


「アルバったら御寝坊さーん」


 俺が、打倒邪神を誓っていると、部屋の扉を開けてフラムとアルディが入ってくる。


「……おはよう、2人とも。昨日は、遅かったのによく起きれたね」


「そこまで熟睡できるアルバ様の方が、私からすれば驚きですわ。私は、全然眠れなかったと言うのに」


 フラムは、呆れ顔でため息をつきながら答える。

 昨日……というか、今日の朝方までずっとバタバタしていたのだ。

 理由としては、魔人化したフロッガーの件だ。

 あいつが、非合法で手に入れた奴隷やら、魔人化やらでギルド等に報告し、事後処理をしていたのだ。

 事情聴取などで、結局朝4時くらいまで掛かってしまい、宿に戻って来てそのままダウンである。

 そのドタバタの間に、マグロ団もいつの間にか姿を消し、依頼者であるフロッガーも消滅したため、結局タダ働きで良いとこなしだ。


「ははは、疲れてたからね。睡眠欲の方が勝ってたんだよ」


「……ま、良いですわ。それよりも、アルバ様に手紙が届いてますわよ」


 フラムがそう言うと、俺に1通の手紙を手渡してくる。

 封を切って中身を確認すると、学園長からのようだった。

 なんでも、話したいことがあるから学園に1人で来いとのことだ。


「なんて書いてありますの?」


「学園長からで、1人で学園に来いってさ。えーと、指定は今日の……2時か」


 顔洗って、飯を食っても余裕があるな。


「私達はお留守番なのー?」


「1人で来いって書いてあるからね。昨日の疲れも残ってるだろうし、宿でゆっくりしてなよ」


「ぶーぶー、留守番反対ー」


 一緒に行きたいのか、アルディは不満そうに抗議をしてくる。


「まぁまぁ、アルディさん。アルバ様が居ない間は、私と一緒に過ごしましょう? それとも、私と一緒は嫌ですか?」


「むぅ……嫌じゃないけどさぁ。仕方ない……アルバ、私が許可する。1人で行ってきていいよ」


 君は一体、何様なんだよ。

 俺は、内心苦笑しながらそうツッコむ。

 とりあえず、時間も限られているので、アルディ達との会話もそこそこにし飯を食って支度をする。


「それじゃいってらっしゃいませ」


「うん、行ってくるよ」


 宿屋の前で、見送ってくれるアルディとフラムに手を振りながら、俺は懐かしき学園へと向かうのだった。



「うはー、まだ2年かそこらしか経ってないのに、もう懐かしいなぁ」


 学園の校門で、用件を伝えると、既に聞いていたのか、特に問題なく学園内へと通される。

 懐かしい並木道を進みながら、俺は周りをキョロキョロと見回す。

 

「あの……」


 俺が懐かしんでいると、横から声を掛けられる。

 そちらの方を見ると、制服を着た小柄な男子生徒が立っていた。


「すみません、貴方って学園の方じゃないですよね? ここは、関係者以外立ち入り禁止ですよ?」


 ああ……そう言えば、周りは制服なのに俺だけ冒険者仕様ってのは浮くな。

 学園迷宮の方に行けば、目立たなくなるが、此処だとそうも行かないだろう。


「あー、すみません。僕はここの卒業生なんですよ。ちょっと、学園長に呼ばれまして……」


「あ、そうだったんですか? すみません……よく考えたら、通された時点で関係者でしたね」


 俺の言葉を聞くと、男子生徒は素直に謝りペコリと頭を下げる。


「僕、サンドラって言います。貴方のお名前を聞いても良いですか?」


「僕の名前はアルバです。よろしくお願いしますね?」


 サンドラ君につられて、自己紹介をすると周りが急にざわめきだすのを感じる。

 なんだ……?


「あ、あの……アルバさんって、あのアルバさんですか?」


 どのアルバさんだよ。


「風雲アルバ城を作った、あの……」


「その名前は、大変不本意ですが……そのアルバです」


「わぁ! やっぱりそうですか! 僕、貴方のファンなんです!」


 サンドラ君は、パァっと表情を明るくし、尻尾が有ったらはちきれんばかりに振っていそうなくらい喜んでいた。


「僕、土属性なんですけど……アルバさんのお蔭で、この学園での土属性の地位が向上したって聞いて憧れてたんです」


 いやー、それほどでもあるかな。

 少し恥ずかしいが、こうやって尊敬されると言うのは、なかなか悪くない。


「学園内では、アルバさんは色んな呼び名で呼ばれてるんですよ?」


 ほほう、そいつは気になるな。


「特に、一番多いのは、『訓練場の破壊神』ですね。新魔法で、訓練場の強固な結界を破壊したってのは、今も語り継がれている伝説なんですよ!」


 …………だ、誰だアアアアアアア! その二つ名を広めたスカポンタンは!

 名乗り出てこい、生き埋めにして即身仏にしてやるわ!


「あれが訓練場の破壊神……」


「意外とチビだな」


 耳を澄ませてみると、そんな感じのヒソヒソ話が聞こえてくる。

 うわ、まじで広まってやがる。

 つーか、チビって言うなや! 気にしてるんだぞ、これでも。


「あとは、学園祭の話とか色々ありますね!」


 サンドラ君は、俺に会えたことがよっぽど嬉しいのかマシンガンの様に話を続ける。

 できれば、もっと相手をしていたいところだが、学園長に会わなければいけないので、もう行かなければならない。

 あと、此処で衆目に晒されるのが耐えられない。超恥ずかしいんですけど、


「えーと、サンドラ君でしたっけ。すみませんが、学園長の所に行かなければならないので……」


「あ、すみません。お引止めしてしまって……あの、もしまた会えたら、またお話していただけますか?」


「はい、約束します」


 サンドラ君の言葉に頷くと、笑顔で手を振りながら俺はその場を立ち去る。

 ふ、人気者は辛いぜ……。



 サンドラ君と別れて、学園長室にやってくると、俺は学園長と久しぶりの対面をしていた。


「ふぉっふぉっふぉ、久しぶりじゃのう。アルバ君」


「はい。学園長も相変わらずお元気そうでなによりです」


「アルバ君もな。色々、噂は聞いとるぞ? 有能な土魔法使いがおるとな」


「ははは、僕なんてまだまだですよ」


 王都で有名になったのだって、地道に活動を続けた結果だしな。


「ふむ、その調子で頑張るが良いぞ? ま、それはさておき本題に入るぞい」


 柔和な笑みを浮かべていた学園長は、表情を引き締める。


「アルバ君は、魔人……と言ったかな? そやつと戦ったらしいの」


 魔物化した人間と言うのは、前例が無かったようなので、俺が命名した魔人という名が便宜上使われることになったのだ。


「……はい。最初は、普通の人間だったのですが、何かの薬を打ち込んだら、変身したんです」


 俺は、昨夜見たことを覚えている限り伝える。


「ふむ……邪神の一部を取り込む……か。普通は、そんな事をしたら、自分の意思を保つことは難しいはずじゃ。乗っ取られかけたおぬしなら、よく分かるじゃろう?」


 学園長の言葉に俺は頷く。

 だが、フロッガーは実際、少し判断能力は落ちていたが、自分の意思を保っていたのだ。


「自分の意思を残しつつ魔人化する技術か……少し、情報を集めんといかんのう……」


 俺の話を聞いて、学園長は自慢の髭をさすりながら考え込む。


「あいわかった。君から直接話を聞きたかったので助かったぞ」


「いえ、お役に立てて光栄です。用件は以上でしたか?」


「いや……1つだけある。が、これは他言無用じゃぞ?」


 学園長の言葉に、疑問を感じながらも俺は頷く。


「…………エスペーロがピュルガトワール監獄から脱獄した」


「なん、ですって」


 ピュルガトワール監獄は、犯罪者共が収容される監獄だ。

 犯罪の重要度が上がるにつれて、奥の方へと収容され、脱出は不可能だと言われている……はずだった。


「奴は、最奥に囚われているはずじゃったが、ある日突然、姿を消しておったんじゃ」


 俺が、邪神に乗っ取られる原因になった男、エスペーロ。

 邪神復活を目論む組織の幹部の1人だ。

 あいつが逃げ出した……その情報を聞いた俺は、ごくりとつばを飲み込む。


「奴が何処に向かったかは分からん。……が、奴は邪神の他に、アルバ君にも執心しとった。じゃから、注意はしておくんじゃぞ?」


「……分かりました」


 俺のところに来るという保証はないが、来ないという保証も無い。

 もし、奴が俺の前に現れたら……今度こそフラムを守る。俺は、窓の外を眺めながら、固く誓うのだった。



「……以上です。ワイズマン様」


「ご苦労、ドライスィヒ。下がって良いぞ」

 

 私は、ドライスィヒの報告を聞き終えると、奴をさがらせる。


「アルバ……か」


 私の実験体であるアインスとツヴァイを瞬殺。

 邪神因子を組み込んだ人間もあっさり撃破。

 普通の人間よりも格段に戦闘能力が上がり、再生能力も備えているはずの人間を倒すか。

 

「確か、エスペーロも奴と出会ったんだな」


「ええ、彼は逸材ですよ。是非とも俺達の仲間に入れたいところですね」


 私の実験体の1人を使って脱獄させたエスペーロは、相変わらずムカつく笑みを浮かべながら答える。

 口を開けば、希望希望うるさいこいつを助けたくなかったのだが……あいつが助けろと言うからな。


「確かに……私の実験体を3体も撃破したと言うのは興味深いな。是非とも、改造してみたいものだ」


 くくく、私の探求心がうずくというものだ。

 希望なんか、何の価値も無い。知識こそ最高の宝なのだ。

 知識を深める為ならば、私は何でもやる。


「とりあえずは、アルバとその仲間共を見つけることが先決か……」


「俺が探しますよ。彼の顔を知っているのは、俺だけですからね」


 私の言葉に、エスペーロがねっとりとした笑みを浮かべ答える。


「貴様に頼るのは虫が好かんが……まあいい。任せたぞ」


「はい。……ああ、待っててね、アルバ君。今、俺が迎えに行くからね……」


 うーん、やっぱりコイツとは仲良くなれそうにないな。

 ホモっ気あるし。

 私は、コイツを助けたのをやっぱり後悔するのだった。

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