110話
「さてと、冗談はこれくらいにしてじゃな」
ゼペットは、ゴホンと咳払いをして話を続ける。
「お前さんには、とある物を取ってきてほしいんじゃ」
また、人間の材料だったら怒るぞ。
「ええい、そんな目で見るでない。ジジイのちょっとしたお茶目じゃないか」
「ふん、どーですかねー……ってジジイ?」
「ゼペットさん、男性でしたの?」
フラムの疑問ももっともだ。目の前の少女は、年寄り臭い喋り方ではあるが、見た目は少女だし、声も女だ。
「ああ、言っとらんかったか。この体は、人形の体じゃよ。本当のワシは軽く200歳を超えるジジイじゃ」
どう見ても生きている人間と変わらない見た目だったので気づかなかった。
いや、よく考えたらアヤメさんの体を作ったのもこの人だし、不思議ではないか。
「ねぇねぇ、本当は男なら何で女の子の姿なのー?」
「ふっ、決まっておるじゃろう」
アルディの問いに、ゼペットは勿体ぶるように鼻で笑う。
「この姿の方が、合法的に若い女の子と触れ合えるからに決まっておるじゃろうが!」
ゼペットは、拳に力を入れながらそう力説するのだった。
……アホだ。ここに真性のアホが居る。
「……コホン。話が逸れたが、おぬしに取って来てもらいたいというのは魔石じゃ」
俺達の冷ややかな視線に耐えられなかったのか、誤魔化すように咳払いをすると話題を変える。
「といっても、そこらへんで売ってるような普通の魔石じゃないぞ。人間サイズの体を動かすんじゃ。それなりの魔石が必要になる。アヤメやワシも、結構な大きさの魔石を使っておるしの。市販の魔石は、手ごろなサイズに加工するから大きいのが売ってないんじゃよ」
「何処に行けば手に入るんですか?」
「此処から東の方にトムテーアという鉱山の街がある。蒸気機関車で1,2時間といった所じゃの。そこの街にある鉱山の奥に、その魔石がある。なに、地表に出ているからすぐに見つかるぞ」
「分かりました。早速取ってきます。フラム、アルディ行くよ」
「待て待て、そこの女の子2人は留守番じゃ」
俺がフラム達と一緒に行こうとすると、ゼペットが制止してくる。
んもう、人が折角やる気出してるとこなのに水差すなよー。
「なんで私達は留守番なんですの?」
「理由は簡単じゃよ。そこの人形の子の体を作るんじゃから本人が居ないと話にならないじゃろ?」
まあ、一理あるな。
「そして、金髪の子にはワシの手伝いをしてもらいたい。じゃから、力仕事は男であるおぬしの役割というわけじゃ」
ふむ……まあ、ちょっと腑に落ちないが、こちらは頼んでる身なので素直に従う事にしよう。
「……分かりました。行ってきます」
「一緒に行きたいですが……ゼペットさんの手伝いもしないといけないというのなら、留守番いたしますわ。気を付けてくださいね?」
「本当は行きたいけど……私の体の事だもんね。アルバを信じて待ってるよ!」
2人とも、渋々ながらも了承してくれたようだった。
ゼペットに地図を貰うと、俺は早速、東のトムテーアを目指して出発するのだった。
◆
機関車に乗り2時間後。
長時間座りっぱなしだっため、すっかり痛くなった腰を叩きながら機関車から降り、街に出る。
「んー? なんか、随分寂れてんなぁ……」
鉱山の街というくらいだから、結構賑わっているのかと思いきや、予想とは裏腹に閑散としていて、シャッター街を彷彿とさせる。
「あら、あんたも依頼を受けて来たのかい?」
閑散とした様子に驚いていると、近くに居たおばさんに話しかけられる。
「依頼ですか? いえ、僕は違う用件ですね。何かあったんですか?」
「いやね、最近鉱山の方で魔物が大量に発生してねー。仕事が出来なくて困ってたのよ。一応、ギルドにも依頼は出してるけど、此処って鉱山以外何もないからなかなか依頼を受けてくれる人が居ないのよ」
なるほど、閑散としてた理由はそれだったのか。
「ここの街は、他の鉱山よりも優先度が低いから、王都の方も騎士団を他に回してるしで大変なのよ」
まあ、この人には悪いが、優先度が低いなら後回しになってしまうのは仕方のない事だろう。
「さっき、ようやく1人だけ来てくれたんだけど、女性だったから心配なのよねぇ……」
「ちなみに、その依頼のあった鉱山ってどこですか?」
「えーと、あっちの方ね」
おばさんが指さす方向は、俺が今から向かおうとしていた鉱山と同じだった。
なんか、こうも次々とイベントが起こるとRPGを思い出すな。
「なら、僕が様子を見て来ますよ。ちょうど、そっちに用事もありましたし」
「あらそうなの? でも、貴女みたいな華奢な女の子が行ったところでねぇ……」
「……僕は男です」
いやね、もう間違えられるのも慣れたから良いんだけどね。
「あらま! そうなの? ごめんなさいねぇ、あまりにも可愛かったから、おばさん間違えちゃったわぁ!」
俺の言葉に、おばさんは驚くと肩をポンポン叩きながら謝ってくる。
「いえ、慣れているので大丈夫ですよ。それで、その人の特徴を教えてもらっていいですか?」
「えーと……なんか変わった格好の子だったわね。ヤマトの国っぽい装備で、片刃の剣? みたいなのを腰に差してたわよ」
ヤマトの国って確か、地球で言う所の日本みたいな国だったよな。
片刃の剣は、おそらくは刀の事だろう。職業的には、サムライっぽい感じだな。
「あとは、長い黒髪を後ろで束ねてたかねえ。あ、そうそう! 獣人の子なのか耳と尻尾があったわよ」
なん……だと?
学園を卒業してから2年近い。
ヤツフサというモフモフ成分を失ってから久しい俺にとって、その情報は充分すぎる程有益だった。
「いつごろ向かったかって分かりますか?」
「確か、1時間くらい前だったかしら?」
ならまだ間に合うな!
魔物がどれくらいの規模で発生してるか分からんが、1時間で片が付くとは思えない。
「僕は、その子が心配なので早速向かいたいと思います! それでは!」
「え、あ、ちょ……」
俺は、居ても立っても居られず、おばさんが何かを言いかけていた気がするが、それを振り切って鉱山へとダッシュで向かう。
待ってろよ、ケモミミ娘!
◆
おそらく、今まで生きてきて初めての全力疾走で鉱山に辿り着くと、俺はそのまま鉱山へと突入する。
今の俺にとって、そこら辺の魔物など恐るるに足りず! 俺の土魔法で蹴散らしてくれるわ!
「……と、思っていた時期が俺にもありました」
いやー、人生そう上手くはいかんね。おばさんの話をよく聞いておくべきだった。
鉱山には、確かに魔物が大量に発生していた。そこら辺の魔物なら、確かに今の俺の実力からすれば楽勝だったろう。そこらへんの魔物ならな。
鉱山で大量発生していた魔物――それは、俺の属性と最も相性の悪いゴースト系の魔物だった。
この世界の、ゴースト系の魔物は物理攻撃が一切効かない。
俺の魔法は、その特性上、魔法ではあるが物理攻撃に分類される。
つまり、何が言いたいのかというと……。
「ォォォォオオオオオ」
「どわーーー!」
奴らに対し、有効な攻撃手段を持たない俺は逃げ一択しかなかったのだ。
ていうか、鉱山でゴースト系が湧くかってーの。
普通、こういう時は、鉱石系の硬めの敵がセオリーだろうが。いつもは、定番どころを攻めてくる癖に、変なときばっかり予想外してくんじゃねーよ。
「へぶしっ⁉」
俺が逃げ回っていると、何かに足を掴まれて盛大にずっこけてしまう。
「いてて……な、何だ……?」
痛む鼻を押さえながら足元を見ると、影の様な何かがケラケラ笑いながら消えていった。
くっそ、ぶん殴ってやりたいのに効かないから腹立たしい。
ここは、早いとこ先に入ったって言う女性冒険者を見つけないとな。
「
地面に手をついて、周りの地形を魔力で探査する。
今回、敵がゴースト系なので
「……こっちか」
合流したところで俺は役に立たないが、居ないよりはマシだろうと自分に言い聞かせ、その人のところへ向かう事にする。
まあ、一番の目的はケモミミ娘を見ることなんですけどね。
厄介な魔物どもを撒きながらしばらく進んでいくと、何やら戦う音が聞こえてくる。
「ォォォォ⁉」
「破!」
急いで向かうと、おばさんの証言通りの女性が、ゴースト系の魔物と戦闘を繰り広げていた。
年は、うちの両親と同じくらいだろうか。なかなかの美人さんだ。
巫女服のような服装に、両手に龍の鱗を連想させる緑色の鱗の籠手。右手には真っ赤に輝く中二臭が凄い刀を握り、ゴーストどもを薙ぎ払っていた。
……あれ? なんで、奴らに物理攻撃が効いてんだ?
物陰から様子を伺う限り、彼女が魔法で攻撃している様子は無い。
「ええい、次から次へと出て来てうっとおしい!」
女性は、次々と湧いて出てくるゴーストに愚痴をこぼす。
それに合わせて、ピーンと張っている尻尾が何ともキュートだ。
……はっ! いかんいかん、あやうくモフりに行くところだった。
ヤツフサの時は、同性だから許されたが、今回は異性が相手である。
そんな相手に、無許可でモフったら間違いなくセクハラで訴えられてしまう。
耐えろ、耐えるんだ俺!
「あーもう! 喰らいな!」
大量にわらわらと出てくる魔物にしびれを切らしたのか、女性は刀を一度鞘に戻すと、前傾姿勢になる。
「……七天抜刀」
瞬間、1本の赤い斬撃が見えたかと思うと、周りに居たゴーストどもに7つの線が入りバラバラに分割される。
ゴーストどもは、恨めしそうな声と共に、そのまま白い靄となって消えていった。
なにあれ怖い。
1回しか斬ってない様に見えたが、実際は7回斬ったって事なのだろうか。
どこのラノベの剣の達人だよ。
「……そこに隠れているのは誰かしら?」
周りに魔物が居ないのを確認し、刀を鞘に納めると、物陰に隠れている俺の方向をしっかり
おいおい、なんでこっちがしっかり見えてるんだよ。
あ、いや獣人だから匂いで分かったのか?
「出てくる気が無いなら、敵とみなすけど……いいかな?」
このまま敵認定されるわけにもいかないので、俺は素直に出ることにする。
そもそも、隠れていたのだって特に理由は無いしな。
「すみません、僕は敵じゃないです。隠れてしまったのは……その、なんとなくというか」
俺は、敵意が無い事を示す為、両手を上げながら物陰から出る。
「……」
ケモミミの女性は、そんな俺を訝しげに見つめる。
まあ、いきなり敵じゃないですって言っても、普通は信じられないよな。
モフモフさせてくれたら、俺の超絶テクで敵じゃないって分かってもらえるんだけどな。
「ショ……」
ケモミミの女性は、体を震わせながら口を開く。
ショ? なんだ、ショって。
「ショ、ショタだああああああ! うっひょおおおおおお!」
気づいたら、俺はケモミミの女性に抱きしめられていた。
なんというか……その、ありがとうございます。
自然と、そんな言葉が思い浮かぶのだった。
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