第95話
邪神。
その単語を父さんから聞くと俺は、同じように真面目な顔になり父さんの前に座る。
「……学園祭での事は、ジジイから聞いた」
父さん達を心配させまいと、あえて言わなかったがどうやら学園長の方から情報が行っていたようだ。
「まあ、それはいい。男なら無茶してなんぼだしな。かくいう、俺も学生のころは結構無茶やったし」
怒られるかもと思ったが、どうやらそんな事は無かったようだ。
「んでだ。学園祭の時に、邪神に乗っ取られかけたんだっけか」
「……はい。フラムが攻撃された時に、怒りで我を忘れかけたところを付け込まれてしまいました」
我ながら、邪神に乗っ取られかけるなんて情けない事だと思う。
「ま、お前はまだ子供なんだ。そこは仕方ない事さ。ただ、ちょっと聞きたいんだが、学園祭の後で変な声を聞いたり、体調が悪くなったりとかはしてないか?」
「はい、あれからは特に問題はありません」
「…………そうか」
俺の言葉を聞くと、父さんは安心したように息を吐く。
「あの、何かあるんでしょうか?」
「いや、一度邪神に乗っ取られかけたって聞いたからな。もしかしたら、何か良くない影響でも出てるんじゃないかって心配になってな」
確かに、親からすれば、子供が邪神に乗っ取られかけたと聞けば内心穏やかではないだろう。
「いいか? もし、この先何かあれば絶対俺達に相談するんだぞ? もし、俺達だと相談しにくいってんならジジイとかでもいい。一人で抱え込もうとするな。分かったか?」
いつもボケボケな父さんが、大真面目な顔をしてそう言ってくるので俺は、変に茶化したりせずコクリと頷く。
「よし、それでいい」
「あの……もしかして、話ってその事だったんですか?」
「いや、これはあくまで確認だ。本題は、ここからだ。……お前は、
エスペーロの事か。確か、七元徳の1人って言ってたかな。
「お前が、学園を卒業して冒険者になった時、おそらくどこかでまた奴らと対峙することになるかもしれない。だが、もし無理そうだと思ったらすぐに退却しろ」
「なぜ……ですか?」
「お前が会ったのは、七元徳って名乗ってたんだよな? 実は俺も、お前が眠っている間に奴らの1人と会ったことがある。お前が会った奴は、多分七元徳の中でも弱い部類だろう」
あれか、奴は四天王の中でも最弱……とかそういう類か。
ていうか、エスペーロで弱い部類に入るのかよ。まあ、敵の幹部って言えば、戦闘レベルも普通は高いか。
「いいか? もし、旅の途中で『正義』を名乗る奴に会ったら、逃げることを最優先にしろ。奴は、次元が違う」
父さんは、その時の事を思い出したのか、自分の体を抱きしめてブルッと震える。
「奴らの支部を潰してる時に、たまたまソイツが居てな……。俺達の部隊は、一瞬でほぼ壊滅状態になったんだ。今でこそ完治しているが、俺ですら重傷を負ったくらいだ」
父さんを重傷に追いやるなんて、『正義』はどんだけヤバい奴なんだ……。
「正義を名乗るだけあって、奴は自分の行動に一切の迷いが無い。すべての行動が正義につながると信じ切ってやがるんだ」
あれか、正しい意味での確信犯か。
「それで……どんな姿をしてるんですか?」
折角、目の前に目撃者がいるのだから、手に入れられる情報は手に入れておかないと勿体ない。
情報は世界を制すと言っても、過言ではないのだ。
「……黒目黒髪で全身に傷のある優男だ。体格は中背中肉と言った感じだ」
黒目黒髪と聞いて、ヤツフサを思い浮かべたがいくらなんでも流石に、それは無いなと自分に言い聞かせる。
それにしても、全身に傷か。
地球では、かなり珍しい風貌だが、ファンタジー世界である此処ではそれほど珍しいとも言えない見た目なので、少し心許ない情報だ。
「俺の部隊もあっという間に、壊滅まで追い込まれてな。顔をよく確認できずに撤退してな。顔はよく覚えてないんだ……すまん」
そこまで喋ると、父さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、とりあえず『正義』が危険な人物と分かっただけでも充分です」
旅に出た時は、全身に傷のある黒髪黒目の男には要注意だな。
「……とまあ、真面目な話は此処までにしてだ。フラムちゃんとは、まじでやらしいことしてないだろうな?」
「だから、してないですって!」
さっきまでのシリアスが台無しだよ!
多分、文字数にすると2000字もシリアスが続いてないぞ!
◆
「あ、お帰りなさいませ。アルバ様」
父さんのブレなさっぷりに辟易しながら戻ってくると、フラムが出迎えてくれる。
「ただいま……アルディは?」
「アルディさんなら、あそこですわ」
フラムが指を差した方を見ると、どこから調達したのか、頭に鉢巻を巻いて職人の顔をしたアルディが、砂の城を更にレベルアップさせていた。
具体的には、高さが1.5倍くらいになって装飾もかなり凝っていた。
俺が居た時は、子供たちが多かったが、今では大人達も物珍しさからか見学に集まっており、人だかりが出来ていた。
「なんという事でしょう……」
子供の遊び場だった砂の城が、ビーチの名物に早変わりです。
まじ、頑張り過ぎだろアルディ。
「うわー……凄いですねぇ」
「人だかりがあるから、何かと思ってきてみたら、凄いの造ってるね……」
スターディ達も来ていたのか、俺の後ろで口を開けてポカンとしていた。
「頑張り過ぎだよ、アルバ」
「いや、違うよ? 確かに、僕も最初は頑張ってたけど、そっからはアルディだからね?」
そう弁解するも、ヤツフサ達は、まるでいつも俺が破天荒な事をするかのような顔で「へー」と冷たい返事を返す。
くそう、俺に味方は居ないのか……。
◆
その後、名物化したアルバ城(アルディ命名)を無駄に魔力でコーティングし壊れにくくした後、日も暮れかけて来ていたので俺達は、宿へと戻り夕食を済ませる。
「はふう、美味しかったぁ」
「はい、とっても美味しかったです」
ヤツフサとカルネージは、満足そうに腹をさする。
たしかに、周りが海だけあって、海の幸が豊富でかなり美味しかった。
冒険者になって金を貯めたら、その時の仲間と一緒に来たいものだ。
「それじゃ、明日に疲れを残さないためにも今日はもう寝なさいな」
時間的には21時を周ったあたりで、夜はまだまだだったが、明日の体力も残しておかないといけないので、母さんの言う事を素直に聞くことにする。
旅行の予定は2泊3日なので、明日もたっぷり遊ぶためには、早く寝た方が得なのである。
皆と別れ、アルディとフラムと共に部屋に戻ってくると、俺はベッドに倒れ込む。
「あ゛~~、疲れたー」
「年寄りっぽいですわよ、アルバ様」
ベッドに倒れ込む俺を見て、フラムは可笑しそうに笑う。
そうは言っても、今日はこれでもかってくらい遊んだのだ。
こうなっても仕方ないことだと思う。あとは、父さん関連での心労か。
ホントに、あの人はもう少し俺の様に真面目になれないのだろうか。
「アルバアルバー。明日、あのアルバ城をもっと大きくしようね」
まだデカくする気かよ。
「ていうか、そのアルバ城ってやめない? なんか、僕が自己顕示欲強いみたいじゃん」
自分の作品に自分の名前付けるとか、痛いにも程がある。
「却下でーす。もうアルバ城って決めたんだからアルバ城なのー。ね、フラムもそっちが良いでしょ?」
「そうですわね。確かに、砂の城なのですからアルバ城がしっくり来ますわね」
「はい、1対2でアルバ城にけってーい」
あ、くそ。フラムを味方に引き込むなんて卑怯な。
「ま、いいか……」
アルディが楽しそうだし、本人が満足してるなら俺が恥をかくくらい良しとしよう。
その後、3人でしばらく雑談した後、寝る為に明りを消してそれぞれのベッドへと潜り込む。
「…………」
ベッドに潜り込んでからしばらく経つが、眠くなるどころか、目が冴える一方だった。
横ではアルディの寝息が聞こえ、隣のベッドからもフラムの寝息が聞こえてくる。
考えても見て欲しい。中身は、エロい事に興味津々な健全な男子が年下の可愛い彼女と同じ部屋に寝る。
しかも、倫理的な問題で手は出せない生殺し状態。
これで、寝ろと言う方が無理な話だ。
「……ダメだ、眠れない」
ゴロゴロとベッドの中で何度か寝返りをうつが、一向に眠くなる気配が無い。
体は疲れているのに、寝れないと言うのは大分ツラいものがある。
「散歩でも行くか」
気を紛らわせるため、俺はアルディ達を起こさないように部屋から出ると、砂浜へと向かう。
流石に、夜も更けて肌寒くなっているので、砂浜には誰も居らずアルバ城だけが目立っていた。
我ながら、無駄にクオリティに凝ったものである。
まあ、半分以上がアルディの職人気質による結果だが。
アルバ城の中も、無駄に細かい所に凝っており、砂の椅子やテーブルなどがあり、階段を上るとテラスからは海が見える。
「平和だなぁ……」
目の前の光景を見ていると、ここがファンタジーの世界で、最近まで魔法バトルを繰り広げていた事が夢だったんじゃないかと錯覚してしまう。
「アルバ様」
「あれ、フラム? どうしたの?」
いつの間に来ていたのか、フラムが俺の後ろに立っていた。
「アルバ様が砂浜に向かうのが見えたので、気になったんですの」
「あー、ちょっと眠れなくてね」
何で眠れなかったかは、俺のしょうもないプライドの為内緒だ。
「そうでしたのね」
俺の言葉に、フラムは納得したように答えながら俺の隣に立つ。
その後、特に会話が続く事は無かったが、お互いに無言でも、どこか心地いい雰囲気で海を眺めていた。
「良い眺めですわね」
フラムは、海を眺めながらポツリと口を開く。
月の光が、海に反射して幻想的な光景を作り出しており、確かに良い眺めだった。
「ずっと……平和が続けばいいですのに」
「そうだね……でも、そうも行かないと思う」
邪神やそれを復活させようとする組織の存在。
また、今こうしてる時にも魔物に苦しめられている人が居るのも事実だ。
「フラムは、僕と一緒に来るのに不満は無い?」
ヤツフサは結局、そのまま兵士の道を進み、カルネージとスターディは自分の力を試す為、コンビで旅に出る。
なので、卒業したら俺達はバラバラになってしまうのだ。
卒業後、フラムは僕と一緒のパーティを組むと言っているが、フラムには俺を気にせず、好きな道を進んでほしい。
恋人になったからと言って、俺に縛られる事は無いのだ。
「あるわけ無いですわ。私は、アルバ様のお傍に居ることが一番幸せですの」
「でも、僕と一緒に居れば、学園祭の時みたいな危険があるかもしれないよ?」
「そんなの百も承知ですわ。それに……今度は、きちんとアルバ様が守ってくれるのでしょう?」
フラムは、そう言うと俺の目を見つめながら蠱惑的に笑う。
「……まあね」
フラムの表情に、ドキッとしてしまい、内心の焦りを隠す為に思わずそっけなく答えてしまう。
「ふふ、期待してますわ」
だが、フラムは俺の答えに満足そうに頷くと、俺の肩に頭を乗せてくる。
その後、俺達はしばらく海を眺めた後、部屋へと戻るのだった。
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