第94話
「アルバ様ー、右ですわ右ー!」
「違うわよ、アルバ。左だからね」
「違う違う! そこで三回、回ってワンだ!」
目隠しをされて、方向が分からない中、フラム達の指示が交差する。
フラムや母さんの指示はまだ分かるが、父さんの指示は明らかにふざけていたので完全に無視だ。
「……此処だぁぁぁぁ!」
俺は、心眼(ただの勘)を発動し、両手で持っていた木の棒を振り下ろす。
瞬間、ぐしゃりと何かが潰れる音が聞こえ、俺の体に液体が掛かる。
「くっくっく、仕留めてやったぜ」
目隠しを取りながら、見事に割れているスイカっぽい果物を見てほくそ笑む。
◆
「美味しいね、これー」
スイカ(っぽいもの)割りを終えて、各自がスイカを手に持ちモシャモシャと食べる。
海に来てスイカ割りとか、だいぶリア充っぽいのではないだろうか。
「海と言えば、やっぱこれだろう。アルバが割れなかったら、俺が必殺技を披露してやったんだけどな」
モシャモシャと食べながら、俺の隣に座る父さんがそんな事を言う。
「何が必殺技よ。メルクリオのは、ただ単に広範囲に氷の槍を出すだけじゃない」
父さんの言葉に母さんが、鼻で笑いながら答える。
「父様……」
流石に、大人がそんなズルをするのは、いかがなものだろうか。
「……さ、さーて! 俺はちょっとひと泳ぎしてくるかな! 君達も、折角の海なんだから楽しんでいきなさい!」
俺と母さんの視線に耐えられなくなったのか、父さんは大袈裟に叫びながら立ち上がると海の方へと走っていく。
「な、なんだか変わった人ですね」
カルネージが、ひきつったように笑いながら言う。
お恥ずかしい限りです。
「まあ、父様はあれが基本なので気にしないでください。それよりも、父様が言った通り、僕達は僕達で楽しみましょう」
「そうですわね。折角来たんですもの」
「母さんは、ここでお留守番してるからいってらっしゃいな」
「母様は行かないんですか?」
「日焼けは美容の天敵なのよ」
「炎属性が何言ってるんですか……」
「それはそれ、これはこれよ! ほらほら、早く行きなさい!」
母さんに急かされるようにして、俺達は海の方へと向かう。
◆
「へへ、実は俺泳ぎが得意なんだ」
波打ち際までやってくると、ヤツフサが自慢げに言ってくる。
「へえ、そうなんだ?」
「うん。海は初めてだけど、村には湖があったからね。湖の獲物を取る為には泳げないといけないし」
随分、ワイルドな理由で泳げるんだな。
まあ、メインが狩りの村だって言うし、それが普通なのかもな。
「あ、折角だから競争しない?」
「競争?」
泳ぎなら、実は俺も得意なのである。
ヤツフサも得意だと言うし、ここは競ってみたいところだ。
「うん、あそこの目印まで行って、ここまで戻ってくるんだ。どうせだから皆もどう?」
友達と海に来たなら、やはりこういうのはやらなきゃな。
「私は、ここでアルバ様の雄姿を見てますわ」
「私は、泳げないので遠慮しますー」
「ボ、ボクも泳げないから見学してます……」
ぬう、ノリが悪いな。まあ、無理に参加させるわけにも行かないし仕方ないか。
「それじゃあ、僕とヤツフサの一騎打ちだね。あの時の雪辱を果たさせてもらうよ」
ヤツフサの実力を図るために戦った時以来、ヤツフサとは結局戦えてないので、俺が負けたままだったのだ。
「俺も負けないよ」
フンスと鼻息を荒くしてヤツフサは、気合を入れる。
「それじゃ、私が合図するねー」
アルディがフヨフヨと浮きながら名乗り出て来たので、スタートをアルディに任せることにする。
目印の浮きまで、往復で1㎞と言った所だろうか。
泳ぐのは久しぶりだが、それくらいなら余裕だ。
前世では3㎞とか普通に泳いでたしな。ちなみに一番得意なのはクロールだ。
「いっくよー……よーい、ドン!」
アルディの合図と共に、俺達は同時に走りだし海へと飛び込む。
「ぷぁ!? なにこれ、しょっぱ! しょっぱ!」
海水を飲んでしまったのか、ヤツフサは口元を押さえてのたうち回っていた。
海初心者あるあるだな。だが、勝負は非情なのだ。
それくらいで待ってあげるほど、俺は優しくない。
海の洗礼を受けているヤツフサを尻目に、俺はクロールでスイスイ進んでいく。
意外と泳ぎ方ってのは覚えてるもので、着々と目印の浮きまで近づいていく。
チラリと後ろを確認すると、ヤツフサは、ずっと後ろの方に居た。
これは勝ったな。俺は、内心勝利を確信しながらも浮きを回り込むとそのまま砂浜へと戻っていく。
折り返して、少しした頃に、背筋にゾクリと嫌なものが走る。
俺は、まさかと思いつつも恐る恐ると後ろを振り返ると、バチャバチャと水飛沫を上げながらヤツフサが凄まじい勢いでこちらへ迫ってきていた。……犬かきで。
え? なに、犬かきってあんなはえーの!?
予想外の光景に、一瞬思考が止まってしまい、それが勝負の分け目となってしまった。
唖然としている俺の横をヤツフサは、犬かきで抜くとぐんぐんと距離を離していく。
「あ、しまった!」
我に戻るも、時すでに遅く健闘むなしく、俺は2度目の敗北を味わうのだった。
「やったー、アルバに勝ったー♪」
俺がゴールに辿り着くと、ヤツフサは嬉しそうに尻尾を揺らし喜んでいた。
「ねえ、ヤツフサ。なんであの泳ぎ方であんな早いの……」
「え? うーん、昔からあの泳ぎ方だったから分からないや。でも、俺より早い人は村に沢山いるよ?」
あの犬かきよりはえーのがまだ居るのかよ。
えーい、ヤツフサの村は怪物揃いか!
◆
その後も、俺達は海を満喫した。
カルネージを砂浜に埋めて、胸をやたら巨乳にしたり、泳げない組の為にヤツフサが犬かき講座を開催したりと楽しんでいた。
「何してるんですの、アルバ様……」
ちょっと疲れたので、息抜きがてらアルディと一緒に砂の城を作っていると、何故か呆れた顔をしながらフラムがやってくる。
「何って……海で砂のお城は定番でしょ?」
そして、ちょっと大きい波に崩されるという諸行無常を味わうまでの流れが伝統である。
「確かに定番かもしれませんが……この規模は流石におかしいのではないでしょうか?」
フラムは、ため息をつきながら俺とアルディが作っている城を“見上げる”。
考えてもみて欲しい。俺とアルディは、土属性である。
そして砂は、土属性の範疇だ。条件がそろっているこの場で、そこらの一般人が作る様なこじんまりした城で俺達が満足できるだろうか? いや、出来ない。
と言うわけで、土属性をフルに活用し、普通の一軒家2階建て分くらいはある城(滑り台付)を作ったのだ。
今は、装飾を付け足しているところだったのだ。
いつからか、周りには観客が集まり、城が一応完成するとちびっ子たちが嬉しそうに滑り台を満喫していた。
流石に貴族の子供は、プライドが高いのか遠くから見てるだけだったが、楽しそうな声に我慢できなくなり、他の子供たちに混ざっている。
くくく、所詮はガキンチョ。子供心をくすぐる遊具には抗えまいて。
「わーい」
ただ一つ、問題をあげるとすれば、子供に交じって父さんがめっちゃ満喫してる事くらいだろうか。
「……まあ、皆楽しんでるみたいだし良いんじゃない? こういう何気ない事でも土属性の評価が上がるかもしれないし」
父さんの事は、完全に見なかった事にしフラムに話しかける。
「そうそう、楽しければいいんだよ楽しければ!」
俺に賛同するように、アルディもピョンピョン跳ねながら口を開く。
「……ふふ、そういう型に囚われないところはアルバ様らしいですわね」
俺の言葉に、面食らっていたフラムは、クスクスと可笑しそうに笑う。
「いやー、満足満足」
俺達が話していると、砂まみれになった父さんが満足げな表情を浮かべながらこちらへやってくる。
「年甲斐も無く、なにやってるんですか父様」
「ふふ、いくつになっても純粋な心を忘れないと言うのは大事な事なんだぞ」
正論っちゃ正論なのだが、砂まみれの姿で言われても納得がいかない。
「ふふ、アルバ様の自由気ままな所は、メルクリオ様に似たんですのね」
えー、父さんと性格が似てるって事? 顔が似ている分には、美形なので大歓迎だが、性格がコレと似るのはどうもなぁ……。
「可愛い嫁さんを貰う所も俺そっくりだよな」
「か、可愛いだなんて……そ、それにまだお嫁さんなんて早いですわ!」
父さんの言葉に、フラムは恥ずかしそうに両頬に手を当てて、クネクネする。
「おーおー、初々しいねー。アルバも幸せ者だな!」
父さんは、おっさんくさい笑みを浮かべながら俺の脇腹を突いてくる。
「……アルバ。少し話がある」
先程までの、おっさんくさい笑みを急に引っ込めると父さんは、真面目な顔をしてこちらを見つめてくる。
「な、なんですか?」
あの、おちゃらけた父さんがこんな真面目な顔をするなんて、一体なんだろうか。
俺は、ごくりと息を呑みながら次の言葉を待つ。
「…………フラムちゃんとは、何処まで行った? 将来、嫁さんになるとはいえ、お前はまだ子供だ。赤ちゃんが出来るようなイヤンな事はしてはいかんぞ」
「し、してるわけないでしょう! 急に真面目な顔をしたとおもったら、何言ってるんですか!?」
思わず、脱力して砂に顔を突っ込んでしまったではないか。
「馬鹿者! いくら、恋人同士でもちゃんと年相応の付き合い方ってものがあってだな……」
くそ、少しでも父さんが真面目な話をすると思った俺が馬鹿だった。
「よし、お前には今から、2人きりでたっぷりと女との付き合い方について伝授してやろう」
「私も行くー」
「アルディよ。これは男同士の話なのだ。君は、フラム君とお留守番しててくれ」
父さんは、アルディの申し出をバッサリと切り捨てる。
俺としては、物凄く辞退したいのだが……。
「ちなみに、拒否権は……」
「あるわけないだろうが」
ですよねー。うん、知ってた。
「フラムちゃん。ちょっと、息子借りてくぞー」
父さんは、フラムに一声かけると俺の首根っこを摑まえてズルズルと人気の無い場所まで連れて行く。
「さて、ここなら誰も来ないな」
父さんは、周りをキョロキョロと見回し、誰も居ないのを確認すると近くに岩に座る。
「あの、父様……異性との付き合い方はまた今度に……」
「…………邪神について話がある」
俺が戻ろうとすると、父さんは先程よりも一層真面目な顔をして、そう話を切り出すのだった。
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