第92話
「召喚……された? えーと、つまり何百年も前に邪神を倒す為に召喚された勇者とかそんなんですか?」
「うーん、そんなところね」
マジかよ。異世界から呼ばれる勇者なんて漫画や小説の中だけなんて思っていたが、まさかお目に掛かれるなんて思ってもみなかった。
まあ、自分も地球から異世界に転生なんていう不思議体験をしているが、アヤメさんの体験の方が主人公度が高い。
「あれ? でも、何百年も前に召喚された割には漫画とか詳しいですよね」
「ああ、そこはあれよ。こっちと地球では時間が違うとかそういう感じね。私が召喚された時には、地球では普通に携帯もパソコンも普及してたし、メコメコ動画もあったわよ」
メコメコ動画とは、ネット上の大手動画投稿サイトで素人からプロまで様々な人が動画を投稿し、コメントすることでリアルタイムで動画内に右から左へ流れる仕組みだ。
有料会員数が100万人を超え、自分もその中の1人だった。
俺の知識を共有しているアルディは、俺の隣で「メッコメコにしーてやんよー」などと、メコメコ動画で流行っていた歌を口ずさんでいる。
「ああ、確かにそういうのはよく聞きますね」
そこから邪神討伐の際に、呪いを掛けられて今日まで生きてたってわけか。
色々納得である。
「私を召喚したのは、同じ五英雄の1人であるソロモンね。召喚された私は、色々鍛えられてここまで強くなったってわけ」
そこで他の五英雄も絡んでくるのか。
「まあ、邪神倒した後は、私も呪いを掛けられちゃったし、結局地球には戻れなくなっちゃったけどね」
「寂しく……ないんですか?」
俺の場合は、地球では死んだという事でまだ諦めも付くが、アヤメさんの場合は戻ろうと思えば戻れるのだ。
親しい人も居ただろうし、辛いのではないだろうか。
「もちろん、最初は辛かったけど、流石にあれから時が経ちすぎてるし……もう慣れたわよ」
アヤメさんは、どこか寂しそうな表情を浮かべながらそう言う。
「ま、そんな話は置いといて。君の用件を聞かせてもらおうかしら?」
「はい……僕を鍛えてくれませんか?」
武闘大会は、条件が制限されていたので何とか戦えていたが、アルマンド戦では、ミリアーナのメイド服が無かったら危なかったし、エスペーロ戦ではアヤメさん達が居なければ、邪神に呑みこまれていた。
魔法の授業などで魔法や戦い方について教わってはいるが、それは他の生徒も同じなのだ。
目的を達成するためには、他の生徒と同じでは駄目だ。
折角、五英雄の1人が居るのだから教わらない手は無い。
「無理ね」
しかしアヤメさんは、俺の思惑をよそにあっさりとそんな事を言う。
「もし、魔法を使った戦い方を教わりたいって言うなら、私には教えられないわ。なんせ、私が使えるのは髪を操る魔法だけですもの。それに、私は人に教えるって言うのが苦手なのよ」
「邪神討伐の途中で、弟子志望の子を何人も潰しちゃってたもんね」
「だまらっしゃい」
ミリアーナの軽口にアヤメさんはジロリと睨む。
「ま、そういう訳だから……折角頼ってきたところ悪いけど、普通に授業で満足しなさいな」
アヤメさんの言葉に、俺は何も言うことが出来なかった。
そもそも、こちらから頼んでる身なので、本人が断った以上食い下がるのも悪い。
「……分かりました。すみません、無理を言ってしまって」
俺は、アヤメさんに謝りつつ立ち上がると教室から出ようと扉の方を向いたところでアルディが口を開く。
「ねえねえ、アヤメさん。私、アヤメさんみたいに大きい体が欲しいんだけど、誰に作ってもらったの?」
「アルディ?」
唐突に、アルディがそんな事をアヤメさんに尋ねたので俺は、首を傾げる。
「私もね……色々考えてたんだよ。どうやったら、アルバの役に立てるかって……でね、考えたらね。今の小さい体のままじゃ役に立てないって分かったんだ。だから、私、大きくなりたいの」
あの無邪気なアルディがそんな事を考えたのか……。
なんだか、娘が精神的に成長したような感慨深いものを感じる。
「うーん……私のこの体を作った奴なら、確かに良いのを作れるわね……」
「誰なんです? アヤメさんの体を作ったの」
「……恐らく、この世界で一番の腕前を持つ人形師よ。魔導人形の技術だけ見れば彼に敵う奴は居ないわ」
魔導人形と言うのは、地球で言うならばアンドロイドみたいなものである。
人型限定だが、ゴーレムよりもコスパが良いので魔導人形兵団を組織している国も少なくない。
「そんな人が居るんですか……」
一応、俺も父さんに頼んでそういう人を探してもらっていたが、そんな噂は聞いたことが無かった。
「ま、とっくに引退してるしね。私は、面識があったから特別にメンテナンスしてもらってるってわけ」
「それで、何処にいるんですか? その人は……」
「此処から南東にある『機工国家グランマキナ』よ」
グランマキナ……その名前は俺も聞いたことがある。
その名の通り、機械工業に特化した国でこの世界の時計などの機械は、ほとんどがその国で作られている。
ちなみに魔導船なども、そこで生産されている。
魔法の戦闘能力は劣るが、その分、先程言った魔導人形による機械兵達の戦力が充実しており、おそらくもっとも時代が進んでいる国だ。
なるほど、確かにそこなら腕の良い人形師が居てもおかしくない。
「ただ……ねえ」
「何かあるんですか?」
渋い顔をするアヤメさんに俺は尋ねる。
「ソイツ、性格に難があるのよ。本当なら私も極力会いたくないわね」
アヤメさん程の人でも会いたくないと言わせる人物か。一体どんな人なんだろうな。
「……ねえアヤメ。もしかしてあいつかしらん?」
ミリアーナも心当たりがあるのか、彼も嫌そうな顔をしながら尋ねる。
「ええ、そうよ。『稀代の人形師』ゼペット。それが奴の名前よ」
「ミリアーナさんも知ってるって事は、その人何歳なんですか?」
普通の人間なら、普通は死んでいるが此処はファンタジーの世界だ。
エルフなどの様に長寿の種族も居るので、そういう類の人なのかもしれない。
「確か、今年で400歳くらいのはずよ。一応人間よ。一応、ね」
なんとも歯切れの悪い言い方だな。
だが、人間でそこまで長生きできる者なのだろうか。
いや、魔法が存在する世界でそれは愚問だったな。
事実、俺の目の前にも歴史上の偉人が居るわけだし。
「会うのは、あんまりおすすめ出来ないけど……どうする?」
「可能なら会ってみたいです」
「私も……今よりも強くなりたいから会ってみたい」
「……おーけー。分かったわ、紹介状を書いてあげる。ただし、行くのは学園を卒業してからよ」
「え? 何でですか?」
「1つ目の理由としてグランマキナが遠い事。長期の休みを利用したとしても往復が精一杯でしょうね。魔導船を使えば、もっと早いでしょうけど……かなり高いわよ?」
正直言えば、金銭面は父さん達に言えば何とかなるかもしれないが、自分のわがままで父さん達に頼るのは気が引けてしまう。
それに、どうせなら自分の稼いだ金で行きたい。
「2つ目の理由としては、いくらゼペットと言えど、1体作るのに結構時間がかかるのよ。ただの人形ならまだしも、戦闘向きに作るとなると、普通の人形とは違った製法になるしね」
確かに、戦闘向きで作るとなると耐久面とかも考えれば、普通の人形とは同じように行かないだろう。
「遅くてもあと2年半。貴方の成績が優秀なら飛び級でもっと早くなるわ。だから、今は無理をせず基礎を固めなさい。強くなるのは卒業してからでも遅くないわ」
確かに、俺は少し焦ってたかもしれない。
急がば回れという諺もあるのだから、焦らず強くなっていけばいいのだ。
武闘大会の影響もあってか、最近は土属性も少しずつ見直されて来ているし、このペースを維持しよう。
「……分かりました。その、ゼペットさんという方には卒業後に会いに行くことにします。アルディもそれでいい?」
「本当は、今すぐが良いけど……アルバがそう決めたんならそれでいいよ!」
アルディは、一瞬悩むがすぐに俺に賛同してくれる。
「よし、そうと決まれば早速紹介状を書いてあげるわ」
アヤメさんは、そう言うと2枚の羊皮紙を取出し、紹介状を書き始める。
そして、それから少し経って、紹介状が書き終わったのか2枚の封筒に入れて渡してくる。
「なんで2枚あるんですか?」
「1通はゼペット宛ね。もう1つは……五英雄の1人『四元素の魔女』エレメア宛よ」
また五英雄か。
五英雄3人目とか皆健在すぎるだろ。
いや、正確に言うとミリアーナは死んでるんだが。
「エレメアさんも、もしかして呪いで死ねないんですか……?」
「あー、あいつも一応呪いには掛かってるけど、それは関係ないわ。あいつの種族は魔女なのよ。だから、人間よりもかなり長生きってわけ」
なるほど、それなら納得だ。
「でも、なんで紹介状をくれたんですか?」
「ほ、ほら……折角私を頼ってくれたのに、教えてあげられないじゃない? 魔法に関してなら、エレメアが間違いなく適任だしね」
そっけなく断ったかと思えば、そんな事を考えてくれていたのか。
ミリアーナが暴君みたいだと言っていたが、結構優しい人じゃないか。
「ただ、エレメアに会いに行くのも卒業後にしなさいね? それと、もし行くなら死を覚悟していくこと」
「そ、そんなに怖い人なんですか?」
死を覚悟しなければいけないとか、どんだけ恐ろしい人なんだ。
「ああ、違う違う。エレメア自体は、そんな怖くないわよ。ただ、住んでる場所が問題でね」
“そんな”って事は、そこそこ怖いんですね。分かります。
「エレメアが住んでる場所は……グランマキナから遥か南にある厄災の森よ」
「ちょ! エレメアってば、今あんなところに住んでるの!?」
アヤメさんの言葉を聞いて、珍しくミリアーナが慌てる。
「そんなヤバい場所なんですか?」
まあ、名前的に良い感じはしないが。
「そうね……君はRPGとかやるかしら?」
「まあ、人並みには」
最終幻想とか竜探究とか国民的RPGはシリーズ通してやっている。
「ラスボスを倒した後に、隠しダンジョンとか言ってボスクラスの敵が雑魚として出てくるダンジョンがよくあるでしょ? 厄災の森は、まさにそう言う所よ」
何それ怖い。
「ていうか、なんでそんなところに住んでるんですか」
「エレメアは、昔から変わり者だったからねー」
「そうね、あの子は昔っから変だったわね」
アンタらがそれ言うのか。
どうやら、五英雄というのは……個性的な集まりの様だった。
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