第82話

 アルマンドと対峙しつつ、奴から目を離さないようにしながらフラムに話しかける。


「フラム、此処は僕が引き付けるから君はそこの魔法陣から逃げるんだ」


 フラムを巻き込んで怪我させるわけにはいかないしな。


「いくらアルバ様の言葉と言えど聞けませんわ」


 しかし、フラムは俺の隣に来ると銃を構えながら答える。


「……危険なんだよ? それに、君はあいつに対してトラウマがあるんじゃないの?」


 チラリとフラムの様子を見ると、気丈に振る舞ってるように見えるが微かに震えているのが見える。


「確かにあの事は私にとってトラウマですわ……。ですが、いつまでもあの人の影に怯えるわけにはいきませんわ。それに、アルバ様を置いて1人だけで逃げるなんて私には不可能です」


 フラムは体を震わせながらも、しっかりとした口調で言い切る。

 

「いやいや、立派な絆ですね。お互いがお互いを気遣う。素晴らしいですな」


 俺達の会話を聞いていたアルマンドは愉快そうに笑いながら白々しく拍手をする。


「そんなおふたりに朗報です。元よりどちらも逃がすつもりは無いので逃げる逃げないの話はしなくて大丈夫ですよ」


 そう言いながらアルマンドは、両手に短剣を構える。

 ……ちっ、やるしかないか。

 俺は、少しでも勝率を上げる為テレパシーでアルディを呼ぶ。


(アルディ、今アルマンドと戦ってる。図書室まで来てくれ)


 しかし、アルディからの返事は無かった。

 試しにもう一度テレパシーを送ってみるが結果は同じだった。

 俺は嫌な予感がしつつ、今度はグラさんを召喚してみる。

 だが……。


「召喚が……できない」


 召喚魔法の方も、まるで何か力が働いているのか掻き消されてしまう。


「おやおや、もしかして援軍を呼べない感じですか? それは困りましたねぇ……人数的にそちらが有利とは言え、所詮は子供。大人である私の敵ではありませんね」


 アルマンドは、完全に俺達を舐めきってるのかペラペラとどうでもいい事を喋って余裕ぶっこいている。

 とはいえ、アルディとグラさんを呼べないのはマズい。

 あの2人が居るのと居ないのでは大きく戦力が変わってしまう。


「アルバ様、大丈夫ですわ。私とアルバ様が力を合わせれば、あんな輩楽勝ですわ!」


 俺の心情を察したのか、フラムは俺の手を掴んで元気づけてくる。

 ……そうだな。中身は大人の俺が狼狽えてたらフラムも不安になっちゃうしな。


「ありがとう。それじゃ、2人頑張ろう!」


「もちろんですわ!」


「うんうん。どうやら死ぬ覚悟はできたようですね。そこから絶望に落ちる表情を見たかったので良かったですよ。戦う前に心が折れなくて」


 くそ、ゲス野郎が。けちょんけちょんにしてくれる。

 とはいえ、アルマンドの戦闘スタイルなどは実は分かっていない。

 両手にナイフという事は接近戦がメインという事だろう。

 まあ、どっちにしろ俺達が今居る部屋はあまり広くないので距離を取って戦う事は出来ない。


「それでは、こちらか行きますよ……風刃エア・カッター!!」


 アルマンドは、両手の短剣を十字に構えそのまま薙ぎ払う。

 魔法の名前から嫌な予感がした俺は、すかさず両手を地面に置いて石壁を生成する。

 すると、石壁の向こう側で刃物が岩にぶつかる様な音が聞こえる。

 やっぱり風の刃か。

 風属性の厄介な所は、一部を除いて不可視な所だ。

 まあ、風は基本見えないので当たり前と言えば当たり前だがな。

 とはいえ、対処はそれほど難しくない。

 速度自体も避けれない程じゃないし、先程の様な魔法の場合風切音がするので対処さえ間違えなければ苦戦はしない。


「流石にこれくらいは防ぎますか」


「僕達を舐めないで貰えますか?」


 石壁を挟んでいる為、お互いの姿が見えないまま会話を交わす。

 俺とフラムは、アイコンタクトを取ると無言で頷き、石壁を戻していく。

 そして、アルマンドの姿が見えた瞬間にフラムが準備していた魔法弾をアルマンドに向かって放つ。


「お喰らいなさい!」


 両手に装備した銃を発射すると弾丸が炎を纏ってアルマンドへと向かっていく。


「ほほう、魔砲ですか。めずらしい戦い方ですね。……ですが、そういった攻撃は風属性相手には悪手ですね」


 アルマンドは、感心したように言うがすぐに短剣を構えると自身の周りに風を纏って向かってくる弾丸を無効化する。


「……ね? 相性が悪いでしょう? さぁ、相性が悪いって分かった所で絶望して死んでください……速風アクセル!」


 速度を上げる魔法で自身の速度を上げると、アルマンドはそのままこちらに向かって突進してくる。

 俺とフラムは、すかさず迎撃態勢になりフラムは炎の弾丸、俺は拳大の磁力を纏った石を生成し、反発する磁力を纏わせた籠手で石を殴りつける。

 反発する磁力により、拳大の石は弾丸となりフラムの魔砲と一緒にアルマンドに向かっていく。


「無駄無駄ぁっ!」

 

 アルマンドは、その速度からは考えられない程キレのある曲がり方をして避けるとそのまま俺に近づき、下から短剣を斬り上げてくる。


「くっ!」


 俺は咄嗟に、腕を交差させて下から迫ってくる短剣を防ぐ。

 しかし……。


「はっ!」


 所詮は大人と子供。魔法で力を底上げしてない限り力で勝てる筈もなくゴリ押しで無理矢理ガードを崩されると、アルマンドの持っているもう片方の短剣で俺の心臓を容赦なく突いてくる。


「ア、アルバ様ーーーー!」


 フラムの悲痛な叫び声が聞こえ、アルマンドは満面に喜悦の色を浮かべる。


「……ふー、何とか間に合ったわね」


「何っ!?」


 アルマンドの短剣は、俺の心臓を貫くことなく砕け散る。

 その光景にアルマンドは驚くが俺も驚いている。 


「危なかったわね。アルバちゅわん。だけど、アタシが来たからにはもう安心よ」


 俺の後ろには、いつの間に来たのかミリアーナが立っていた。


「なんで、ミリアーナさんが……」


「アルバちゅわんの危機を感じたから飛んできたのよ。とりあえず、説明は後、まずはあいつを倒さないと……敵なんでしょ?」


 ミリアーナの言葉に俺は頷く。


「くそ! なんだ、そのメイド服は!」


予想外の事に、早くも仮面が取れてきているアルマンドは叫ぶ。


「ふっふっふ、アタシが作ったメイド服がただのメイド服なわけがないでしょう? アタシの魔力に反応して、どんな攻撃も通さない無敵のメイド服になるのよ!」



 ミリアーナは、ドヤ顔でアルマンドに説明するがミリアーナの事が見えないアルマンドはやけくそにもう片方の短剣で俺を攻撃してくるが、そちらもあっさりと砕け散ってしまう。

 己の不利を悟ったのか、アルマンドは踵を返すと奥の方へと逃げていく。


「アルバ様、大丈夫でしたか!?」


 アルマンドの姿が消えた後、青ざめたフラムが駆け寄ってくる。


「うん、僕は大丈夫。心配かけてゴメンね?」


 俺の言葉を聞くと、フラムは腰が抜けたのかペタンと座り込んでしまう。


「……良かったですわ。アルバ様に何かあったら私……本当に良かった」


 フラムは、そのままうつむいてポロポロと涙を流しだす。


「え、あ……」


 その光景に俺はドキリとして、あたふたと慌ててしまう。

 ミリアーナが、俺の脇腹突いてきて頭を撫でる素振りを見せてくる。

 俺は、ミリアーナの意図を察しフラムの頭を撫でることにした。


「うう、情けないところをお見せしてしまいましたわ」


 あれから少し経って落ち着いたフラムは、目を赤くしながら謝ってくる。


「いや、心配かけた僕も悪いしね……」


「それで……どうして無事だったんですの? なにか、魔法を使ったようにも見えませんでしたが……」


「あ、そうだ。ミリアーナさん、説明してくださいよ。どうして此処が分かったんですか? アルディやグラさんは呼び出せなかったのに」


「それは、単にアタシがアルバちゅわんに憑りついてるからよ。宿主だからすぐわかったの。アルディちゃんやグラさんを探す時間は無かったからアタシだけってわけ」


 なるほど。憑りついてたのが逆に良かったって事か。

 あれ? でも、それだと似た条件のアルディはどうなるんだ?


「この部屋と校舎は魔力が切れてるわけじゃないから、契約者の異変を感じないのよ。私はメイド服を媒体にしてるから分かったけどね。それで、こっちに来て分かったけど、こっちから校舎側に干渉は出来ないみたいなのよね。多分、アルディちゃん達を呼べなかったのはそこらへんが原因だと思う」


 あー、つまりRPGとかでよくある『不思議な力で掻き消されてしまった!』って奴か。

 まあ、邪神を封印している空間なんだから、それくらいは有っても不思議じゃないな。

 俺は、今ミリアーナから聞いた話をフラムにしてやる。


「なるほど、それで無事だったのですね。……それにしても、そこまで強力な防御魔法を使えるなんてミリアーナさんて方は凄いのですね」


 確かに、魔物にやられたオカマ冒険者にしては強力な魔法な気がする。

 少し盛ってるかもしれないが、少なくともアルマンドの短剣を粉々にするくらいには防御力があるのは間違いない。


「……ミリアーナさんって何者なんですか? ただの冒険者ではないでしょう?」


「うーん……まあ、アルバちゅわんには言っても良いわね。実は、アタシはミリアーナって名前じゃないの。アタシの本当の名前はウォーエムルよ。ごつい名前だからあんまり好きじゃないのよね」


「ウォーエムル……?」


 って、何処で聞いたんだっけかな……。


「ア、アルバ様……ウォーエムル様ってあの五英雄では……」


「え? あ、あー!」


 フラムの言葉に、俺は以前聞いた話を思い出す。

 そうだ! ウォーエムルって言えば、邪神を倒した五英雄の1人。『無敵の盾』ウォーエムルじゃねーか!

 え? なに、もしかしてあの英雄がこんなオカママッチョなの?


「あー、今はそう言われてるらしいわね。 そう、アタシは無敵の盾のウォーエムル。無敵の盾って言ってるけど邪神には敵わなかった無残な負け犬よ」


 ミリアーナ……いや、ウォーエムルは哀愁漂わせた表情でそう言う。

 

「いや、なんか悲劇の主人公っぽく振る舞ってますけど、今の生活結構気に入ってますよね?」


 今までのウォーエムルの行動を振り返ると物凄く生き生き(?)してるように見えたのでとても過去を引きずっているようには見えなかった。


「もちろん! いやー、最初は死んだときは100年くらい落ち込んでたけどね? 逆にこれはチャンスだと思ったのよ。好きなだけ男の娘を堪能できるチャンスだと!」


 ……うん。正直、ウォーエムルはこんな奴だと思ってた。

 こいつにシリアスは絶対似合わない。


「邪神も残りの皆で封印したし、時効って事で皆も許してくれてるはずよん。あ、アタシの事はこれまで通りミリアーナって呼んでね?」


「あの、アルバ様? ウォーエムル様は何て仰ってるんですか?」


「うん……『俺が来たからにはもう安心だ』って言ってる」


「まぁ! 流石は五英雄の1人。頼もしい限りですわね」


 俺の言葉を素直に信じたフラムは、キラキラと目を輝かせる。

 …………フラムの英雄像を壊したくないからな。嘘も方便嘘も方便。

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