第81話

 フラムと一緒に校舎の広場へ戻ってくると俺の予想通りまだ模擬店はやっておりあちこちから活気のある声が飛び交っていた。


「フラムは、何か食べたいものある?」


 今いる場所から見渡しただけでも、焼きそばっぽいものやタコヤキっぽいもの等、物凄い馴染のある模擬店があった。

 中にはクレープなどのお菓子系などもある。


「アルバ様が食べたいものなら何でも構いませんわ」


 その何でも良いってのが一番困るんだけどなぁ。

 とりあえず、俺は辺りを見回し目に入った店で俺とフラムの分を買う。


「ありがとうございます、アルバ様。今、お支払いしますわね」


「いいよいいよ。それは僕の奢りだから」


 財布を取り出そうとするフラムを俺は右手で制す。


「え? ですが……」


「これは、僕が勝手にやったことだからフラムは気にしなくていいんだよ」


 流石に金が無いときは、申し訳ないが割り勘にしてもらうが今の俺は学園迷宮で稼いだ金があるので、それなりに余裕がある。

 これくらいはカッコつけてさせてほしい。


「アルバ様がそう仰るなら……。では、ありがたくいただきますわね……あ、美味しい」


 俺の言葉に渋々ながら納得し、買った物を一口食べるとフラムは口を手で押さえながらポソッと喋る。

 どうやらお気に召してもらったようでよかった。

 俺達は、買い食いをしながら宛も無く校舎をブラブラと回る。


「そういえば、結構ゆっくりしてるけど喫茶店の方は大丈夫なの?」


 もし、休憩時間をオーバーしてるんだったら大変だ。


「ああ、それなら大丈夫ですわ。今は、武闘大会の方に殆ど流れていますので結構余裕がありますの。それに、私は今日はもうシフトに入っていませんし」


 ふむ、それなら大丈夫だな。


「……不思議な気分ですわね」


「ん? 何が?」


 微笑みながら口を開くフラムに俺は首を傾げながら尋ねる。


「最初にアルバ様と出会った時は、こうして一緒に過ごすなんて思いもしませんでしたわ」


「あー、フラムって最初凄かったもんね」


 三歳児だったというのもあるが、典型的なわがままお嬢様でしかも土属性をめっちゃ見下してたし。


「あの頃の私は本当に愚かでしたわ……」


「まあ、子供だったし……って今も子供だけど今より小さかったから仕方ないよ。大事なのは過去じゃなくて今だしね」


 俺は、漫画で読んだ臭いセリフを言ってみる。

 言ってから、我ながらキモかったかと少し心配になり隣を歩くフラムの方を見る。


「そうですわね。大事なのは今ですわ……うん、少しすっきりしましたわ」


 どうやら杞憂だったようで、フラムは俺の言葉に感銘を受けているようだった。

 俺の言葉じゃないのは少し心苦しいが、フラムを元気づけられたようなので良しとしよう。


「アルバ様」


「うん?」


 フラムは、俺の前に回り込むと真剣な表情でこちらを見つめてくる。


「明日、決勝戦が終わりましたらお時間をいただけませんか?」


「え……別に良いけど……今は言えない事?」


「そうですわね……今はまだ、私の心の準備が出来てませんから……明日必ず言わせていただきますわ」


「う、うん……分かったよ」


 フラムの今までにない気迫に俺は若干押されながら何とか答える。


「はい、約束ですわ」


 俺の返事を聞くとフラムは、満足げに頷く。

 ふう、フラムの意外な表情に思わずドキドキしてしまった。


「ん? ……っ!!」


 早くなった鼓動を鎮めるために胸を押さえていると、俺はとある光景を見て静まってきていた鼓動が再び早くなる。


「フラム! ごめん! ちょっと用事を思い出した!」


「え、アルバ様!?」


 後ろでフラムが何か言っているが、今は構っている余裕が無い。

 今度こそ見失うわけにはいかない。


「はっはっはっはっ」


 心臓がドクドクと脈打ち、息も荒くなりながら人を押しのけ近づいていく。

 その人物は、なぜかエスペーロさんと一緒におり何か話をしていたようだったが、喧騒でよく聞こえなかった。

 2人は、そのまま校舎に入っていくので俺は、向こうに気づかれない様にこっそりついて行く。


「……で……が」


「……お任せ……」


 相手に気取られない様に距離を保っている為、相変わらず会話が聞き取りにくい。

 2人はその間にもドンドン進んでいく。

 周りの人混みは進むごとに少なくなっていく。理由は単純に、こっちには何も催し物が無いからだ。

 大学園祭で一般人に校舎を解放しているとはいえ、一般人が立ち入り禁止な場所が何か所かある。

 これから向かう場所も、その内の1つのはずだ。


「この先は確か……図書室だったか?」


 図書室には、貴重な魔導書などもあるため大学園祭中は立ち入り禁止なのだ。

 あの組み合わせで何が目的なんだ……。


「……っ!!」


 そこまで考えて、俺は1つの結論に辿り着く。


「邪神……か」


 図書室と言えば、七不思議事件の時に見た邪神だ。

 エスペーロさんは、俺とカルネージと一緒に見たから知っているはずだ。

 でも、なんでエスペーロさんがあいつと一緒に行くんだ?


「考えてても仕方ない……とりあえず学園長を呼ばないと」


 邪神が目的にしろそうじゃないにしろ、ろくでもない目的なのは確かだ。

 俺は、学園長を呼ぶために2人に聞こえない様に鈴を鳴らすが、普段ならラグ無しで速攻現れる癖に今日に限って現れる気配が無かった。

 念の為もう一度鳴らしてみるが結果は変わらなかった。


「……なんで、学園長が来ないかは分からないけど、このまま放っておくわけにもいかないからな……」


 見失うわけにも行かないので学園長の事はひとまず置いておいて追いかけることにする。

 学園長ならきっと後で来るだろう。

 その後、2人は予想通り図書室の中へと入っていく。

 図書室の中の様子を伺いながら自分も中へと入ると人の気配が全くなく、シンと静まり返っていた。

 カツンカツンと俺の足音だけが響く。

 例の邪神の部屋へと通じる本棚のある場所までやってくると、誰かが居たのか本がまき散らされていた。

 多分、エスペーロさん達は邪神の部屋へ通じる魔法陣を探す為に散らかしたのだろう。

 俺はゴクリと息を飲みながら、ゆっくりと魔法陣のある場所へと手を伸ばす。

 魔法陣に軽く触れれば、以前と同じようにグワングワンと頭が揺れる感覚に襲われ意識を失う。


「ん……此処は……」


 目が覚め上半身を起こせば、そこは石造りの部屋だった。

 そこは、カルネージやエスペーロさんたちと一緒に目覚めた部屋である。


「エスペーロさんたちは……もう先に行ったのか?」


 地面に手をついて起き上がろうとすると何やら柔らかい感触が右手に触れる。


「ん? なんだ、このやわらかいの……ってフラム!?」


 俺の右手にはフラムの慎ましやかな胸がすっぽりと収まっていた。

 フラムは、気を失っているのかスゥスゥと小さな寝息を立てており俺が慌てて右手を離すとフラムは身じろぎをしながら目を覚ます。


「あれ……アルバ様?」


 意識を失った事で、少し記憶が混濁してるのかポヤンとした表情でフラムが口を開く。


「フラム……なんで君が此処に居るんだい?」


「私……ああ、そうですわ。アルバ様が急に走って行かれたので気になったので付いてきたんですわ」


 エスペーロさん達を追うのに夢中で気づかなかった……。


「此処は一体どこなんですの?」


「それは……」


「偉大なる邪神様の一部が眠る部屋ですよ」


 フラムの問いに、契約により答えられない俺の代わりに聞き覚えのある声が答える。


「やっぱり……アルマンド!!」


 声のした方を見れば、そこにはかつての家庭教師であり邪教の一員であるアルマンドが立っていた。

 顔や体には、最後に見た時よりも明らかに傷が増えていたが間違いなくアルマンドだった。


「お久しぶりです、アルバ様。お元気そうで何よりです」


 アルマンドは、白々しい笑みを浮かべながら慇懃無礼に頭を垂れる。


「何を白々しい……! 貴方の事を忘れたことなどありませんわ!」


「ん? ……あーあ、誰かと思えば商会ギルドの娘のフラム様じゃないですか。私に人質に取られてガタガタ震えていた人が立派になりましたねぇ」


 アルマンドはそう言うと、ケラケラと狂気に満ちた笑いを浮かべる。

 奴の言葉に、その時の事を思い出したのかフラムは自分の体を両腕で抱きしめ小刻みに震える。


「アルマンド……お前は何を企んでるんだ? エスペーロさんとはどういう関係なんだ?」


「此処に居る時点で分かってるでしょう? 邪神様の一部を貰い受けに来たんですよ。大学園祭中は誰でも中に入れますからね。この期間中がチャンスだったんですよ」


 やっぱりか……。


「それと……エスペーロ様は我らが教団の幹部様ですよ。邪神様の情報を探る為自らが潜入していたんですよ」


 ……正直、アルマンドの言葉は信じることが出来なかった。

 あのエスペーロさんが邪教の……しかも幹部だとは信じたくなかった。

 本人に直接聞く必要があるな。

 そのためには……。


「アルマンド、そこをどいてくれ」


「そう言われて、はいそうですかと言うわけには行かないでしょう?」


 ですよね。

 ならば仕方あるまい。


「ほほう、この私と戦う気ですか? いいでしょう。あの時の雪辱果たしたいところです。お相手しますよ」


 俺が構えると、アルマンドは嬉しそうに顔をグニャリと歪めると同じく戦闘態勢を取るのだった。

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