第80話

 俺達とクウネの試合が終わり、本日最後の試合が始まる。

 最後の試合は、アコルスさんとミランダという選手だ。

 ミランダは、既に舞台に上がっているがアコルスさんの姿がまだ見えなかった。

 ミランダの外見は、体型に対してぶかぶかなローブを着こんでいてフードも目深に被っている為よく分からず、名前から女性だろうという事しか予想できなかった。

 まあ、それは良いのだが何でアコルスさんは遅れているのだろうか……?

 

「アコルスさん遅いねー。何かあったのかなぁ」


 怪我もすっかり治ったヤツフサが呟く。


「あー、遅れちゃいましたー!」


 ヤツフサの心配に応えるかのようにバタバタと慌ただしくアコルスさんがやってくる。


「あ、アコルスさんどうしたんですか? 今、クララさんがアコルスさんの事を呼んでますよ」


「ちょっと野暮用で遅れてしまったんですよ。それじゃ、私は行きますね」


 会話もそこそこにアコルスさんは、慌てながら舞台へと向かう。

 クララにペコペコと頭を下げているが、おそらく謝っているのだろう。

 そして、準決勝2試合目がクララの合図と共に開始される。

 ミランダは氷属性なのか、右手に持つ身の丈程もある樫の木の杖を振るって地面を凍らせる。

 普通ならまともに立てない所だが、アコルスさんは自身の髪の毛を地面に突き刺すことでバランスを保っている。

 そこからは、ミランダの魔法とアコルスさんの髪の毛が激突し激しいバトルが繰り広げられる。


「……ねえ、アルバ。少しアコルスさんの動きがおかしくない?」


 観戦していたヤツフサが、ポツリとそんな事を言ってくる。


「言われてみれば……ちょっと動きが硬いかもしれないな」


 注意して見てみると、ヤツフサの言う通り少し体の動きがぎこちない。

 怪我をしてるのかとも思ったが、その割には痛みを我慢しているという顔にも見えない。

 単に、アコルスさんがポーカーフェイスってだけなのかもしれないが。


「怪我でもしとるんじゃないか?」


「それだったら、救護室で治してもらってると思うんですよねぇ。あ、でももしかしたら治すのが間に合わなかったとかですかね」


 グラさんの言葉を一回否定はするが、その可能性もある事に気づき俺は思案する。


「あわわ、どうしよう。俺のせいかな」


 アコルスさんと最後に戦ったのは、ヤツフサなので自分が原因だと思ったのかヤツフサは、どうしようっと言った風に耳をペタンとさせ顔を青ざめさせる。


「怪我させたのはヤツフサかもしれないけど、真面目に戦ったんだからアコルスさんもヤツフサを責めたりしないよ。しかも、ヤツフサだってアコルスさんにやられたんだしお互い様だと思うよ」


 それに、試合の過程に文句を言うような人じゃないと思うしな。

 そしてその後も動きがぎこちないアコルスさんは、ヤツフサ戦で使った髪のパワードスーツに身を包むとそのままミランダを吹き飛ばしてあっさりと勝利する。


「アコルスさん、勝利おめでとうございま……」


 戻ってきたアコルスさんに賞賛の言葉を贈ろうとしたのだが、アコルスさんはこちらを見るとごめんねと短く謝るとすぐに控室から出てしまう。


「あー、やっぱり怪我してたのかな」


 アコルスさんは結構慌てていたようだったので、もしかしたら傷口が開いたとかかもしれない。

 明日の決勝で万全に戦えるか心配だが、ここの治療術士は優秀だし翌日ともなれば流石に完治してるだろう。

 

「……やっぱり謝った方が良いかなぁ」


 気にしなくていいと言ったのに、とことんお人好しなヤツフサは不安そうな顔でこちらを見てくる。


「だから気にしなくていいって言ってるでしょ? ……まあ、俺も少しアコルスさんの事が心配だしどうしてもって言うなら一緒に行こうか」


 俺の言葉にヤツフサは、パァッと表情を明るくしてブンブンと尻尾を振る。

 なんて、分かりやすいワンコなんだ。


「え? 来てないんですか?」


 俺達が救護室にやってきて常駐の治癒術士に尋ねてみるとそんな生徒は来てないと言われた。

 ここの救護室は、闘技場内にあるためわざわざ校舎の方に行ったとも考えられない。

 もし怪我だとしたら、あの様子だと遠くの方に行く理由が無いしな。

 ……もしかして、怪我じゃなかったのだろうか。


「アコルスさん、どこ行ったんだろう……」


 救護室から出ると、ヤツフサはアコルスさんの行方について考える。


「まあ、居ないなら僕達がいくら考えたところで行方が分かるわけじゃないし、会えた時に謝ったらいいよ。少なくとも明日は決勝で会えるだろうしね」


「うーん、それもそうだね。うん、明日謝る事にするよ」


「アルバ様ーーーーー!」


 俺とヤツフサが話していると、向こうからフラムが走って近寄ってくる。

 

「アルバ様! 決勝進出おめでとうございます!」


 フラムは、息を切らしながらも自分の事の様に嬉しそうにしながら話しかけてくる。


「うん、ありがとう。って言っても、アルディやグラさんの力が大きいけどね」


「そんなことありませんわ。アルディさんやグラ様だって、アルバ様と言う人柄に惹かれて協力してるんです。他人を惹きつける力と言うのもアルバ様の実力の一つですわ」


「……あはは、そんなに褒められると少し照れるな」


 フラムの裏表のない褒め言葉に、俺は照れてしまい頬をポリポリと掻く。


「あ、そうだ! 俺、用事を思い出しちゃったから先に行くね」


 ヤツフサが、突然手を叩くとそんな事を言う。


「用事? もし何かやることあるんだったら手伝おうか?」


「ううん! 俺1人で大丈夫だからアルバは、フラムさんとゆっくり話してて!」


 俺の言葉にヤツフサは、首を横に振ると凄い速さで立ち去っていく。

 あんなに急いで何の用事なんだろうか。


「そういえば、私も用事があったんだ! グラさん、ちょっとついてきてよ!」


「何? なんで、ワシがついていかなきゃ……うん? ふんふん……ああ、なるほど」


 アルディが、グラさんに何やら耳打ちするとグラさんは納得したような顔をしてこちらを見るとニヤリと意味ありげに笑う。


「それなら、確かにワシが行かないとダメじゃのう。という事で、ワシとアルディは、ちと席を外すでな」


「え、あ、ちょっと……」


 突然の展開に反応が遅れてしまい、俺が引き止める前にアルディとグラさんは、さっさと向こうへ行ってしまった。

 

「……」


 3人を茫然と見送る中、ミリアーナは真剣な表情をしていた。

 さっきから、妙に静かだと思ったら何か考え事をしていたようだった。 


「どうしたんですか?」


「え? ああ、何でもないわ。って、他の皆は?」


「なんか、皆用事があるってどっか行っちゃいましたよ」


「ふーん……。あ、なるほどねぇ」


 俺の言葉を聞いてミリアーナは、少し逡巡すると何かを察したような顔をしてグラさんの様に意味ありげに笑う。


「じゃあ、アタシも用事があるからちょっと出かけてくるわね」


「え、離れられるんですか?」


 てっきり、このメイド服に憑いている地縛霊かなんかだと思ってたんだが……。


「いつからアタシが離れられないと錯覚していた?」


「なん……だと。それじゃあ……なんで常に俺の傍に居たんですか?」


「……愚問ね。可愛い男の娘と一緒に居たいからに決まってるじゃない!」


「ふ、ふざけるなぁああああ!」


 それじゃあ、何か? 俺は、ミリアーナの気まぐれで四六時中こいつと一緒に居たのか!

 くそ、離れられるなら最初から離しておいたものを!


「アルバちゅわんが怒って恐いから逃げさせてもらうわね!」


 ミリアーナは、高笑いを上げながら幽霊の特性を利用して壁を抜けて逃げていった。

 くそ、戻ってきたら覚えておけよ……。


「あ、あの……アルバ様? 何か、あったんですの?」


「いや……何でもないから気にしないで……」


 俺は精神的に疲れながらも、フラムには何でもないと答える。


「それなら良いのですが……それよりも、2人だけになってしまいましたわね」


 フラムの言葉に改めて状況を見直すと、確かに2人きりだった。

 必ず誰かしらが傍に居たので、こうしてフラムと完全に2人きりというのは久しぶりだ。


「……」


「……」


 改めて意識すると、なんか気恥ずかしい空気が流れお互いにモジモジしながら沈黙する。

 沈黙を破ったのはフラムだった。

 フラムのお腹から可愛らしい音が聞こえてくると、フラムは顔を真っ赤にしながらお腹をバッと押さえる。


「き、聞きました?」


「うん、ばっちり聞いた。お腹空いてるの?」


「あうう、私としたことが一生の不覚ですわ……。よりにもよってアルバ様に情けない音を聞かせてしまうだなんて……」


 フラムは、顔を赤くしたり青くしたりと混ざって紫になるんじゃないかと思う程目まぐるしく顔色を変える。

 

「生理現象なんだから、そんな恥ずかしがることないと思うよ。時間もあるし軽くご飯でも食べに行こうか?」


 時間的に、まだ大学園祭もやってるし模擬店に行けば色々あるだろう。


「…………よ、良いのですか?」


 相変わらずお腹を押さえながら、フラムはおずおずと尋ねてくる。


「うん、僕も少しお腹空いたしね。……あ、僕と学園祭行くのいやだった?」


「そそそそそんなことありませんわ! 是非ともお供をさせていただきますわ!」


 俺の言葉にフラムは過剰に反応し大声を上げる。


「う、うん。それならいいんだけど」


「はい! はい! それでは、さっそく行きましょう! 時間が惜しいですわ!」


「あ、ちょ、フラム! そんな引っ張らなくても食べ物は逃げないよ!」


 何故か妙にテンションが上がったフラムは、俺の手を掴むとズカズカと進んでいくのだった。

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