第76話

「うふふ、勝っちゃいましたー」


 頬に手を当てながら、ほわほわとした笑みを浮かべてアコルスさんが戻ってくる。

 いや、そんな軽く言ってるけど結構容赦なかったよね。

 アンダーの事は嫌いだが、あの一方的な展開は少なからず同情する。


「アコルスさんって、かなり強かったんですね……」


 俺は、自分の顔が引きつるのを感じながら問いかける。


「そんな事無いですよ。運が良かっただけです。私なんて全然強い内に入りませんよ」


 アコルスさんで強い内に入らないなら俺なんてゴミみたいなものじゃないだろうか。


「あ、ほら。そんな事よりもアルバさんの出番ですよ」


 アコルスさんに言われ、アナウンスで俺の名前が呼ばれていることに気づく。

 そうか、アコルスさんが1回戦の最後の試合だったから次は俺になるのか。

 確か、ツバキって言う蜘蛛の人だったよな。


「アルバ、頑張ってきてね」


「うん、なるべく頑張るよ」


 ヤツフサの応援に応えながら俺は舞台へと向かう。


「ミリアーナさん。試合中は大人しくしててくださいね」


「いやーねー。そんな事しないわよ。1回戦の時も大人しくしていたじゃない」


 ミリアーナは、おばさんがやるように手を振るがこいつはいまいち信用できないんだよな。


「……まあ、とりあえずは信じましょう」


 実際、1回戦は大人しかったし一応信じることにしよう。

 もし約束を破ればありったけの塩をぶちまければいい話だ。


「それでは、2回戦第1試合を始めます! 1回戦では、その卓越したスピードで戦いを制したツバキ選手と土属性にも関わらず炎属性にド派手な技で勝ったダークホースのアルバ選手です! 今回の対戦は、属性による優劣は無いだけに勝敗の行方が分かりません!」


「よろしくお願いますね」


 開始線の前に立つと、目の前に居るツバキに笑顔で挨拶をする。


「うむ、よろしくでゴザル」


 和顔美人のツバキは紅い瞳をこちらに向けると礼儀正しくお辞儀をする。

 ていうか、まさかのゴザル口調である。


「よろしくねー」


「ほう、人形が喋るとは面妖な。 土属性と言っていたから土人形か何かでゴザルか?」


 アルディを見ると、ツバキは驚いたような表情を浮かべて時代がかった口調で尋ねてくる。


「えーと、この子はアルディって言いまして僕と契約した精霊で人形の体に入ってるんです」


「ほほう。精霊という事は土属性のみで頑張っていると言うわけか。中々奇特な若者だな」


 いや、貴女も若者でしょうが。


「お互い全力で戦おう」


「もちろんです」


「それでは、2回戦1試合目……始めー!」

 

 試合が開始されると、俺はツバキから距離を取ろうとするがツバキは距離取るどころか逆にこちらに追従し一気に距離を詰めてくる。


「くっ……!」


 ツバキは、またどこから出したのか6本の短剣をそれぞれの腕に装備し斬りかかってくる。

 俺は、両腕をクロスさせてツバキの攻撃を防ぐ。

 金属と金属のぶつかる音が辺りに響き、相手の猛攻に押されながらも地面をダンッと踏みつけ魔力を流し込み俺の目の前に20㎝四方の石柱を出現させる。

 

「おっと、危ないでゴザルな」


 無詠唱で発動したにも関わらずツバキは、すぐさま反応し軽やかに体を翻して距離を取る。

 うーむ、流石は忍者かなり身軽である。

 攻撃スピードには多少驚いたが、ヤツフサで慣れている為なんとか対処が出来た。

 あとは、ツバキの力がそれほど強くなかったと言うのもあるな。

 とはいえ、あの6本の腕から繰り出される連撃はかなり厄介だ。

 それに武器の出所も気になる。

 最初の試合から謎だったのだが、ツバキは武器を取り出している動作が無いのだ。

 というか、そもそもが武器を隠せる場所が見当たらない。

 

「そうなると考えられるのは何かの魔法か……?」


 クララは、属性に優劣が無いと言っていたから4元素ではないはずだ。

 一番可能性が高いのは無属性である。

 

「……まあいいや。とりあえず、相手の手口を探りつつ戦えばいいか」


 ツバキと間合いを取りつつ、俺は素早く詠唱し10数本の石の矢を放ち、その陰に隠すようにアルディにも石の矢を放たせる。


「ふふん、これくらいの速度なら簡単に避けられるでゴザルよ」


 ツバキは、二段構えの石の矢を意に介さず曲芸師の様にひらりひらりと避けていく。


「次は拙者の番でゴザルよ」


 ツバキは、そう言うと手に持っていた6本の短剣を時間差で投げてくる。


「なんのこれしき!」


 たかが6本の短剣など時間差とは言え、避けるのは容易い。

 俺は、余裕で短剣の射程外へと避ける。


「って、は!?」


 しかし、短剣は途中でフッと消え失せる。

 

「っ! アルバ、後ろ!」


「へ? うおっと!?」


 アルディの声に後ろを向けば、先程消えた6本短剣が俺の後ろから迫ってきていた。

 俺はギリギリでその短剣を避けるが、バランスを崩してよろけてしまう。


「ほらほら、まだまだ行くでゴザルよ!」


 ツバキは、間髪入れずにドンドンと短剣を投げつけてくる。

 そのほとんどが、再び途中で消え今度は四方八方から降り注いでくる。


「ぬおおおおお!」


 避ける暇は無いと判断した俺は、素早く地面に両手を付くと自分の前後左右に石壁を出現させ短剣を防ぐ。


「まじでどうなってんだこれ……」


 無詠唱で無理矢理4枚の石壁を出現させたので多少息を切らしながら愚痴る。

 もしかしてツバキの魔法って空間系なのか?

 多分、大量の短剣もどこかに貯蓄してあるのを呼び出してるのだろう。

 暗器使い魔法版と言った所か。

 暗器使いの厄介な所は、どういう武器をどれだけ持っているかがさっぱり分からないと言う所だ。

 しかも、それに魔法が加わるとなれば見極めるのはかなり難しい。

 今のところ、短剣しか使ってこないのがせめてもの救いだ。

 獲物が小さいのでもし当たってもダメージは少なくすもし防ぐにしてもそれほど頑丈な壁を出さないで済むので魔力の消費も抑えられる。


「ほれほれ、防ぐだけでは拙者には勝てないでゴザルよ」


 優位性は自分にあると思っているのかツバキは余裕たっぷりの表情でそんな事を言う。

 くそう、エロい格好の癖して強いじゃねーか。


「アルバ……格好は関係ないと思うの」


 心を読むんじゃありません。

 俺だって男なんだから、ミニスカくのいち衣装なんて見たらそりゃ変な妄想くらいしますよ。仕方ない事なんです。

 とまあ、ふざけるのは此処までにするとしてどうするか。

 向こうの攻撃は防げるが、こちらの攻撃も避けてしまう。

 お互いに決定打に欠ける故に膠着状態になりつつある。


「なんとかして、動きを止めないとなぁ……」


 もしくは意表を付く攻撃だなぁ……。

 壁に囲まれたまま、どう攻撃した物か考えていると地面に魔法陣が現れる。

 嫌な予感がした俺は急いで1枚の壁を崩して外に出る。

 すると先程まで俺が居た場所に数本の西洋槍が突き出していた。

 え、えげつねー。

 なんで大会参加の女性は、串刺しが好きなのか。

 だが、これでツバキの魔法は空間操作……召喚魔法でも良いが、それで間違いないようだった。


「あっ思いついた」


 そこで、俺は召喚という単語でグラさんの事を思い出す。

 召喚魔法には召喚魔法という事で、ここはグラさんにも手伝ってもらう事にしよう。

 アルディに時間稼ぎをしてもらい、俺はグラさんを召喚することにする。


「いでよグラさん!」


 グラさんを召喚すると、魔法陣が出現し中からナイスシルバー版のグラさんが現れる。


「おっと、ここでアルバ選手、渋いおじい様を召喚したー! 彼は一体何者なのかー! ぶっちゃけ、私少し好みです!」


 クララ、まさかのシルバー趣味。

 いやでも、実際グラさんの人型バージョンは普通に渋いから分からなくもない。


「ふむ、ワシを呼んだという事は武闘大会という奴じゃな?」


「はい、あの人を倒したいんですがスピードが速くて攻撃が当たらないんです。何とかできませんかね?」


「……手段さえ問わなければ速い奴にも有用な魔法がある」


「それなら大丈夫です。ここは結界に覆われてるので死にそうなダメージでも死にませんから」


「なるほど。ならば、時間稼ぎを頼んでよいか? 少々時間がかかるのでのう」


「分かりました」


 何をするか分からないが、グラさんの事を信用しツバキと戦っているアルディと合流する。


「アルバー! あいつ、速くて当たんないよー!」


 流石のアルディでもやはり当てられないのか、悔しそうにしていた。


「それに関してはグラさんがなんとかしてくれるっていうから俺達は時間稼ぎに徹しよう」


「りょうかーい」


「ふむ、あのご老人が何をしようとしているか分からないでゴザルがその前にお主を倒せばいい話でゴザル!」


 ツバキはそう言うと、手から糸を射出し柱まで飛び上がると上空からロングソードやら短剣、斧など多種多様な武器をこちらに向かって放ってくる。


「そう簡単にやられません……よ!」


 アルディと協力し何重もの石壁を出現させ武器群を防ぐが、物量で押してきている為、石壁がドンドン削れていく。

 石壁が削りきられる前に次の魔法を放つべく、呪文を詠唱する。


隆起する石柱トーテム・ポール!!」


 もはやお馴染みとなった石柱を上空に居るツバキに向かって放つ。


「その石柱の動きは、もはや見切っているでゴザルよ!」


 ツバキは、迫ってくる石柱を避けるべく糸を発射し高速回避をする。

 が、甘い。


「もっかい隆起する石柱トーテム・ポール!」


 生成した隆起する石柱トーテム・ポールに両手をつき、石柱から新しい石柱を生成してツバキに向かわせる。


「小癪な……だが、まだまだでゴザルよ!」


 このまま避けても、また同じ展開になると思ったのかツバキは身の丈程もある大剣を取り出すと石柱を粉砕しようとする。

 

「と、思わせての爆散!!」


 ツバキが大剣を振り下ろそうとしたところで、石柱の先端を爆発させ石の粉末を空中にばら撒く。

 要は、目つぶしだ。


「……っ! 目が!?」


 流石に、目の前で爆発するとは思ってなかったのか石の粉末をもろに浴びてしまい、ツバキの目は一時的に使い物にならなくなる。


「待たせたのう。魔法が完成じゃ」


 そこへ、タイミングよくグラさんがやってくる。

 しかし魔法が発動したような気配は無かった。


「グラさん。肝心の魔法は……?」


「アルバアルバ。上、上……」


 俺がグラさんに尋ねていると、アルディが俺の服を引っ張りながら上を指さす。

 上……? アルディの言葉に不思議に思いながら上を見ると俺は絶句してしまう。

 上空には舞台のほとんどを覆うような巨大な岩石が浮かんでいた。


偉大なる大地グランド・グラウンド……広大な大地に潰されるが良い」


 グラさんが手で合図をすると、巨大な岩石はそのままツバキの方へと速度を上げて落ちていく。

 目が見えなくても気配で察したのか、ツバキはその場から離れようとしたが、岩石はそれすらもあざ笑うかのようにツバキを押しつぶしたのだった。


「スピードが早くて当たらないなら面で攻撃すればいい話じゃよ」


 グラさんは、ドヤ顔を披露しつつ自慢げそう説明する。

 ……やり過ぎじゃないと信じよう。

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