第75話

 遠くから聞こえる歓声をBGMに俺は救護室で体力回復薬と魔力回復薬をガブガブと飲んでいた。

 普段、俺達が飲んでいる安物とは違って味も工夫してあり中々美味しかった。

 ちなみに味は、体力回復薬の方がレモネード味で魔力回復薬の方がシソ味である。

 

「試合の方は見に行かなくていいのかしらん?」


 俺が救護室でまったりしているとミリアーナが話しかけてくる。

 試合中、珍しく大人しくしいたのですっかり失念していた。

 ちなみに大人しくしていた理由は「ライバル同士の因縁の対決を邪魔するほど野暮じゃないわ」だそうだ。

 こいつの脳みそは腐ってるから、本音はどうせ俺とブラハリーの良からぬ妄想をするのに夢中になっていただけなのだろう。


「まあ、特に見なくていいですよ。気になるのはヤツフサの試合だけですし」


 まあ、他の試合も気になると言えば気になるが、ちょっと話したいこともあるしな。

 そんな事を考えながら、俺はベッドで寝ているブラハリーの方をチラリと見る。

 結構な力で殴ったので心配だったが、クララも言っていた通り学園の治癒士は優秀なので、見た目上は傷は無かった。


「しっかし、その子強かったわねぇ」


「うんうん、1年の時はあっさり負けたのに」


「あら、そうなの?」


「1年生の魔法の習いはじめの時期で、しかもこっちにはアルディが居たので勝って当然だったんですけどね」


「うう……ん」


 俺達が会話をしていると、ブラハリーは目が覚めたのか呻き声を上げながら体を起こす。


「おはようございます。ブラハリーさん、気分はいかがですか?」


「ここ……は……そうか、俺は負けたんだったな」


 ブラハリーは、辺りを見回して此処が救護室だという事に気づくと合点がいったような表情を浮かべる。

 負けた……と言う割には、悔しがると言うよりもどこか晴々とした表情をしていた。


「…………アルバ。お前、わざと“ダイヤモンド”で勝負しただろ」


 お互いになんて声を掛けたらいいか分からず、しばし気まずい空気が流れるがブラハリーがその空気を最初に壊すように口を開く。


「何故、そう思ったんですか?」


「ダイヤモンドが火に弱いって言うのは、お前が知らないわけがないからな」


 まあ、確かに魔法で生成したダイヤモンドは通常のダイヤモンドより強固で火に強いが、あくまでそれは普通のに比べてだ。

 他の宝石に比べるとやはり耐火性になんがあり、炎属性とは相性が悪い。

 ならば、なぜわざわざダイヤモンドにしたのか?


「思惑は色々ありますが……一番の理由は、わざと不利な条件で貴方を倒したかったって事ですかね。それくらいしないと、土属性は認められませんから」


 ただでさえ、土属性は不遇な地位についているのだ。

 多少の事では土属性の地位が向上しないと言うのも分かっている。

 だからこそ、あえて不利な状況から相手を打破することで印象付けると言うわけだ。

 おかげでくっそ熱い目にあったが、結果オーライという事にしておこう。


「はっ、勝負の最中でもそんな事を考えるなんて余裕なこった」


 ブラハリーは、皮肉を言いながら鼻で笑うがそこからマイナスな感情は感じられなかった。


「はーあっ……追いついたと思ったんだけどな。肝心のお前は俺よりはるか先を行ってたってわけだ」


「いやいや、ブラハリーさんも充分強かったですよ。まさか精霊と契約していると思いませんでしたし、最後のあの魔法もかなり強力でしたし」


 個人的には、最後のブラハリーの魔法は普通に中二心をくすぐった。

 俺が炎属性だったら、まず間違いなく覚えていただろう。


「気休めは要らねーよ。あの魔法だって、実は未完成だったんだ。あれが完成してたら魔法製とはいえダイヤモンドなんか一瞬で消し炭だったんだぞ」


 まじかよ。あれで未完成とか本来のあの魔法はどんだけ威力たけーんだ。

 ていうか、よくあれに突っ込もうと思ったな俺。アドレナリンが出ててテンションがハイになってたんだろうなー。

 その後、再び救護室を沈黙が支配するが、静寂を破ったのはまたしてもブラハリーだった。


「……俺はな。正直に言うとお前を目標に今まで頑張ってきてたんだ」


「なんです、急に」


「俺が三男だってのは1年の時に話したよな」


 ああ、確かそんな話もしてたような気がする。


「俺の兄貴2人が優秀でな。俺は所謂落ちこぼれって奴だったんだ。兄貴達ほど才能が無くてさ。三男だからって、あんまりうるさくは言われなかったけど、それが俺には寂しかったんだ」


 うーん、ブラハリーにも色々あったんだなぁ。


「その反動で学園では、早速取り巻きを作って自分の中にある劣等感を消そうとしてたんだ。そこでお前が現れた」


 そう話すと、ブラハリーは俺の方をじっと見てくる。


「お前は、土属性っていう恵まれない状況なのに潰れるどころか周りの反応を押しのけて土属性を認めさせるなんて言いやがった。同じ落ちこぼれなはずなのにこの差は何だって思ってな。お前が許せなかったんだ」


 まあ、当時9歳だし多感な時期だからそういった事で色々考えてしまう事はあるだろう。


「そして、決闘を挑んだ挙句あっさりと負けた。お前は、ヤツフサとかと一緒にドンドン先へと進んでいった。あの時の俺は、本当に惨めだったよ。格下だと思って奴に先を越されたんだからな……だけどな」


 ブラハリーは、一瞬戸惑うように言葉を区切るがやがて意を決したように口を開く。


「同時にお前の生き方に憧れもしたんだ。逆境に負けないでドンドン強くなっていくお前が素直に羨ましかった。だから、少しでもお前に近づきたくてここまで努力したんだ。結局負けたけどな」


 そう言って、ブラハリーは力なく笑う。

 ブラハリーの意外な考えに驚きつつ、俺は何て言ったらいいか分からずただ突っ立っていた。


「でも、逆にすっきりしたよ。あそこまで綺麗に負けたら何もかも吹っ切れたんだ」


 そう言い終えると、ブラハリーは体をよろ付かせながらベッドから立ち上がる。


「って、まだ立ったらダメですよ。結構怪我は治ったけど体力まで戻るわけじゃないんですから」


「心配すんな。これでもお前を追っかけて鍛えて来たんだ。これくらいじゃ屁でもねーよ」


 俺が心配しながら駆け寄ると、ブラハリーはそれを押し戻す。


「……俺は、冒険者を目指す。グレアム家は兄さんたちが継ぐから俺は関係ないしな。そもそも期待されていないしな」


 ブラハリーは、右手を差し出してくる。


「お前も冒険者になるんだろ? 土属性を見下してた俺に認めさせたんだ。絶対夢をかなえろよ?」


「……もちろんですよ」


 俺は笑顔を浮かべると、固く握手を交わす。


「いいわー。熱い男の友情! ヤツフサちゃんとの友情とはまた違った汗臭さがあるわぁ! 青春よねぇ!」


 ミリアーナは、体をくねらせてまた妄想の世界に入っている。


「いつかお前に勝ってやるからな。だからそれまで絶対死ぬんじゃないぞ」


「ふふ、楽しみにしておきます」


 わだかまりの溶けた俺達は、握手を交わしながらお互いに笑い合うのだった。


 まだ療養が必要なブラハリーと別れ、俺達は控室へと戻ってくると丁度良くヤツフサの試合が始まった所だった。

 対戦相手はゴードンとかいう奴で、氷属性だった。

 ……あれ? これって勝負決まってね?

 そうこうしている内に、両者は激突する。

 ヤツフサは、初っ端から獣化しておりスピードを活かし相手を翻弄していた。

 ゴードンも、氷柱を上空から降らせたり雪の結晶のような形をしたカッターを飛ばすが、ヤツフサはそれを危なげなくよけ簡易版の電磁投射砲レールガンを放つ。

 簡易版とは、指に小さな金属の球を挟んで発射するもので通常の電磁投射砲レールガンとは威力は格段に落ちるがそれでも対人戦では充分な威力を発揮する。

 要は、指に挟んで銅銭を発射する羅漢銭らかんせんの一種である。

 指弾にも近いかもしれない。

 連射性にも優れ、機動性のあるヤツフサにはぴったりの戦法だ。

 遠距離からは羅漢銭。近寄ればその体躯から繰り出される獣人の強力な攻撃。

 地味に遠近の両方で戦えるハイスペックなヤツフサは、特に苦戦することも無くあっさりと勝ってのける。


「勝者、ヤツフサ選手ー!」


「お友達、凄いお強いですね」


 いつの間にか隣に居たアコルスさんが話しかけてくる。


「僕の親友ですからね。当然ですよ」


「あの変わった魔法は、アルバさんが教えたと聞いたのですが本当ですか?」


電磁投射砲レールガンの事ですか? まあ、そうですね。ちょっと、そういう知識がたまたまあったので試してみたら上手く行ったんですよ」


 地球の知識です。なんて説明をするのも面倒くさいので適当にはぐらかして答える。


「へー、アルバさんって博識なんですねぇ」


 アコルスさんは、感心しながらフワッと微笑む。


「そ、そんな事無いですよ」


 俺は自分の頬が赤くなるのを感じながら謙遜する。


「むぅー、アルバったら私やフラムが居るのに他の女にデレデレしちゃってー!」


「うん待って。なんでそこでフラムが出てくるんだよ」


「そうよそうよ! アタシも居るって言うのに!」


 うん、アナタはもっと関係ないでしょう?


「ふふ、楽しい方々ですね。っと、次は私の出番なので行ってきますね?」


 アコルスさんは、俺に手を振ると舞台の方へ向かっていく。

 入れかわりに尻尾をパタパタと振るヤツフサが戻ってきて俺に抱き着いてくる。


「アルバ! 勝ったよ! 見てた? 見てた?」


「うん、見てたから! 凄かったから、少し離れようか」


 まるで飼い犬の様にパタパタと忙しなく動きながら、ヤツフサは褒めて褒めてと言わんばかりに輝く瞳でこちらを見てくる。

 その後、なんとかヤツフサを落ち着かせアコルスさんと阿呆アンダーの試合を見学する。


「ああ! またしても僕は美しい女性と戦わなければならないのか! 愛しの女性が実は男だと知って失意にある僕に神は何と言う非道な仕打ちをするのだろうか!」


 アンダーは、相変わらず芝居がかった口調で叫んでいる。

 ていうか、さり気なく俺の性別ばれてんな。ってそうか、クララが言ってたもんな。


「えー……初っ端からフルスロットルのアンダー選手でした。続いて、アコルス選手ですが……なんと一切の情報が無く謎に包まれております。学園長情報網からも特に目立つ情報はありませんでした。自称謎の美少女を名乗っており、私を差し置いて美少女なんて言うなと言いたい所ですが実際美少女なので言い返す言葉がありません」


 情報が無い……?

 そんな事あり得るのだろうか。

 それにあの学園長からも情報提供が無いとか一体何者なんだアコルスさんは。

 少なくとも悪い人では無いと思うのだが……。


「謎の美少女……ねえ」


 ミリアーナは、クララの紹介を聞き訝しげな表情を浮かべる。


「どうしたんですか?」


「ん? いやね、謎の美少女って言えばこの私にぴったりな称号だと思ってね?」


 聞いた俺が馬鹿だった。

 先程のミリアーナの発言を無かったことにし、俺は目の前の試合に集中する。

 試合開始の銅鑼が鳴ると、アンダーは余裕たっぷりの動作で髪をかきあげる。


「ふふふ、アコルス君。悪いが、優勝はこの僕が貰うよ……」


 アンダーは、精霊を使い予選の時と同じように自身の周りに竜巻を起こす。

 どうやら、あれがアンダーの常套手段らしい。


「女性を傷つけるのは僕の本意ではない……大人しく痺れていたまえ。痺れ薔薇の嵐ロサ・トルメンタ!!」


 あの大人数を一瞬で痺れさせた薔薇の花びらが舞う魔法を発動させると舞台上を薔薇の花びらで埋め尽くされる。

 しかし、アコルスさんは特に効いていないのか平然と立っていた。


「なっ……!? 僕の痺れ薔薇の嵐ロサ・トルメンタが効かないだと! オーガでさえ、一瞬で痺れさせる対生物に有効な魔法なんだぞ!」


 アンダーも予想外だったのか、驚きの表情を隠せないようだった。


「うーん、優勝すると豪語してた割にこの程度なんですか。少し、がっかりですねー」


 アコルスさんは、失望したような表情を浮かべアンダーに近づいていく。


「く、来るな!」


アコルスさんの異様な気迫に押され、さんざん鬱陶しかった芝居がかった態度が崩れアンダーはひたすらに風の矢や風の刃を放つがそれを舞うように避けていく。


「うーん。飽きたんで死んでいいですよ?」


「え? あがっ……!?」


 アコルスさんがニッコリと笑った瞬間、彼女の髪の毛がざわりと動いたかと思うと一瞬でアンダーの全身を無数の髪の毛で貫いていた。

 アンダーは、必死にもがくが為す術もなくドスドスと無慈悲に貫かれていき、結界の効果により場外へと飛ばされる。


「ア、アコルス選手の勝利ー……」


 あまりと言えばあまりの結果にクララもビビりながら勝利宣言をする。

 ……アコルスさん超こえー!

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