第42話

「うーん……」


 俺は目の前の物体を眺めながら唸る。

 

「どうしたの?」


 俺が腕を組んで唸っているとアルディが俺の肩に乗って話しかけてくる。


「いやぁ、ちょっとアルディの体作りが上手く行かなくてね」


 俺は机の上に乗っているホラー映画も真っ青な不出来な生首を見てため息を付く。

 冬休みもそれなりに経過し、幼馴染とデートっぽい事をしたりと前世で経験できなかったリア充っぽい体験したり女の子2人と食事したりととても有意義な日々を過ごしていた俺は、すっかり忘れていたアルディの体作りをしようと思ったのだ。

 

 が、そこでも1つ問題が浮上した。

 それは、俺にはセンスが無いという事だ。普通の人形サイズなら多少のごまかしは効くのだが、それが人間サイズとなれば、また違った才能やセンスが必要になってくる。

 実際、朝から練習で普通の粘土でやっているのだが何とも言えない感じになってしまう。


「あ、それ私の顔だったの?ホラーマスクとか作ってるのかと思ってたよ」


 アルディは、悪びれることなくストレートにズバッと言い放つ。

 自覚はあったが、改めて他人から言われるとひどく傷ついてしまう。豆腐メンタル舐めんなよ。


「これくらいの大きさだとやっぱり専門家とかに頼んだ方いいのかなぁ」


 多分、人形師みたいな感じで人間サイズの人形を作れる人は居るはずだ。

 ただ、体は出来たとしてもまだ問題はある。

 人間サイズの体をアルディが操れるかどうかだ。アルディは自身の体を動かすのに魔力を消費している。

 普通の人間の体力がアルディにとっての魔力と思って貰えば分かりやすいかもしれない。

 当初よりはアルディの魔力が増えたとはいえ、人間サイズとなれば消費する魔力も大きくなるはずだ。

 魔力の効率とかも考えないといけないだろう。そういう知識も持っている人形師を探さないといけなくなる。

 一応、父さん達にも頼んでみるが最近は父さん達も忙しそうだしあまりアテにもできない。自分で探すのが一番だが学園に在籍している間は時間が足りない。


「アルディ……人間サイズになるのは卒業してからでもいいかな?」


 元々、俺は卒業したら世界を旅したいと思ってたし、そのついで……っていうのもアレだが旅をしながらアルディの体を作れる人を探すのも良いかもしれない。


「私は別にいいよー。今すぐ大きくなりたいってわけでもないし」


 俺の言葉にアルディは特に異論は無いようで頷いてくれる。


「よし、そうと決まれば息抜きに体でも動かすか」


 今日は朝から机に向かっていたのですっかり体が硬くなっている。俺は椅子から立ち上がると上半身を捻って骨をボキボキと鳴らすと庭へと向かう。



「あら?アルバ、どこに行くの?」


 庭に向かう途中で母さんと廊下でばったりと会う。

 母さんは、いつものドレスとは違って王国の紋章が右胸に入った銀色の鎧を着ていた。


「ちょっと、庭で鍛錬でもしようかと思いまして……お母様こそ、その格好はどうしたのですか?」


「ああ、これは騎士団時代の鎧でね。記念に貰ってたのよ。最近は、王国の方で戦術指導をしててね、今日も指導して帰ってきたのよ」


 最近、朝から昼にかけて出かけてると思ったらそんな事をしていたのか。

 まあ、父さんから聞いた話だと元騎士団長だったらしいし、そういう要望でもあったのだろう。


「騎士団にも仕事があるから早朝からお昼までの間だけ指導してるのよ。最近は、中々有望な子が多くて期待できちゃうわ」


 母さんは、なんだか年寄りみたいなことを言う。


「あ、そうだわ!折角だから私と手合せでもしない?そっちはアルバとアルディちゃんのアルアルコンビで良いから」


 母さんは、名案とばかりにポンと手を打ってそんな提案をしてくる。

 アルアルコンビってなんかエセ中国語を話すコンビみたいだな。っていうか


「なんでそんな話になるんでしょうか?」


「ほら、私やメルクリオは学園長から話は聞いてるけど実際に、アルバがどこまで成長したか見たわけじゃないもの。丁度、私も指導帰りで体も温まってるし良いでしょう?」


 うーん、確かに今の俺が何処まで通用するかというのは気になる。

 それに自分より実力が高い人と戦う事で何か経験が得られるかもしれないしな。


「……分かりました。アルディも良いかな?」


「いいよー。頑張って倒そうね!」


 アルディは無邪気に笑いながら答えるとフンスと鼻を鳴らして奮起する。


「さて、アルバ達の勝利条件は何にしようかしらね」


 中庭に移動してくると母さんは人差し指を顎に当てて考え込む。


「あの……その前に、ここ中庭ですけど良いんですか?」


「ああ、大丈夫よ。最近は私自身も訓練してるからその為に、多少暴れても良いように中庭を改造してるから。最近の結界って結構頑丈なのよねー」


 いつの間にそんな事をしてたんだ……。

 ていうか中庭に頑丈な結界をお手軽に張っちゃう経済力にビックリである。貴族ってホント経済力チートだよな。いや、俺も貴族だけどさ。


「そうだ、此処は定番に私をこの円から出したら勝ちって事にしましょうか」


 母さんは、ポンと手を叩くと自分の足で直径1m程の円を描きその中心に立つ。

 まあ、実力差がある相手と戦うならハンデとしては定番だ。だが……。


「本当にそれでいいんですか?僕たちの属性を忘れたわけではないですよね?」


 そう地面がある限り、俺達の様な土属性にはかなり有利だ。倒すのは無理だとしても円から出すぐらいならどうとでもなる。


「ふふ、良いから良いから。サービスよ」


 母さんは、俺の言葉を気にせず笑うと手招きをする。


「さ、遠慮しないでかかってらっしゃいな」


 そこまで言われたら遠慮した方が逆に失礼になってしまう。


(アルディ、母さんに向かって石の矢を放ってくれ。本数は任せる)


(ん!任せて!)


 アルディとテレパシーで意思疎通を図りアルディが了承すると俺は呪文を詠唱し始める。

 アルディは、呪文を必要としない為魔力を込めるとすぐに石の矢を20本程度放つ。


「あらあら、最初はアルディちゃんなのね?」


 動ける範囲が限られているところへ迫りくる石の矢に母さんは慌てるでもなく右手を振ると剣の形をした炎が現れる。


炎剣フランベルジュ


 母さんは、炎の剣を一薙ぎすると燃えるはずの無い石の矢は1本残らず焼き尽くされる。


「にゃ、にゃにおう!?なら、もっとだー!」


 流石に、全て焼き尽くされると思っていなかったアルディは驚きの声を上げつつもさらに本数を増やして石の矢を放つ。


「石ってね、燃えないわけじゃないのよ?超高温の炎の前ではありとあらゆるものが焼き尽くされるの」


 母さんはそう言うと再び炎の剣を構え舞うように石の矢を消し飛ばす。

 おそらく、あの剣は石さえも溶かすほど高温なのだろう。

 それほどの高温なら周りも熱くなりそうなものだが、周りに影響を与えず剣だけに熱を留めてるのだとしたら流石と言わざるを得ない。


 しばらく、アルディと母さんの応酬が続き、呪文を詠唱し終わった俺は発動のタイミングを見計らう。

 どんな人間であれ硬直時間というものが存在する。母さんの場合は、矢を防いだ後追撃が無いかの確認の為、一瞬動きが止まるのだ。

 何度目かの石の矢が防がれたタイミングで俺は母さんの一瞬の隙を突いて魔法を発動する。


隆起する石柱トーテム・ポール!!」


 俺は両手を地面に付けて魔力を流し母さんが立っている円の中心から角度を付けた石柱を生成する。

 攻撃する必要は無く、こうやって押し出してしまえば防ぎようがあるまい。


「ひゃ!?と……っとっと」


 ……そう思っていた時期が俺にもありました。

 確かに母さんを押し出すことに成功はして、母さんも意表を突かれたようで驚きの声を上げたがすぐに体勢を立て直すと石柱の側面部分に乗り石柱を切り刻みながら円の中へと戻っていく。


「凄いわね、アルバ。隆起する石柱トーテム・ポールって建築の柱に使う魔法位にしか考えてなかったからこの発想は無かったわ」


 凄いと褒めてくれるのは嬉しいが、それをあっさり打ち破って涼しい顔で言われると複雑な気分になる。

 ていうかこの人、身体能力高すぎだろう。

 これで本気出してないんだから困ったものである。


「さあさあ、まだ隠し玉はあるんでしょう?訓練場をボロボロにしたっていう魔法も見たいなぁ」


 母さんは、炎の剣をブンブンと子供の様に振りながら無邪気な笑顔で言う。

 正直、超伝導砲リニアガンなら母さんを倒せる……かもしれないような気がしなくもないがあれは威力が高すぎるので万が一を考えると使えない。

 ……あー、ダメだ!元々俺は頭が良い方じゃないから戦略立ててっていうのは性に合わない。

 学園迷宮は、他の皆も居たから何とかなったが使える手札が限られてるとあっという間に手が尽きてしまう。

 こんな時に俺に軍師チートがあればと思ってしまう。


 まあ、無い物をねだっても仕方あるまい。困った時は安定の力任せで行こう。幸い、母さんからは手を出してこないようだしゆっくり準備できる。


(アルディ、魔装をやろう)


(おっけー)


 再び、テレパシーで意思疎通すると俺はアルディを抱きかかえ深呼吸をする。


「「魔力共鳴!!」」


 一呼吸おいて俺とアルディは同時に叫ぶ。

 瞬間、魔力が一気に溢れ出るような感覚に襲われ、俺とアルディがまるで1つに溶けあうような錯覚に陥る。


 魔力共鳴。冬休みに入る少し前くらいから練習している技法で契約した精霊と自分の間で魔力を共鳴させて一時的に魔力を増やしより高い質の魔法を使えるようにするものである。

 これを行うには精霊と信頼で結ばれていないとできないらしいが、アルディと5年近く過ごしている俺にとっては造作もない事だ。

 魔力譲渡よりも効率が良いので冬休み中に完璧に会得しようと訓練していたのだ。


 今回は、比較的早く魔力共鳴が上手く行きどんどん魔力があふれてくる。俺とアルディは同時に呪文を詠唱する。魔力共鳴中は思考も1つになりより正確な意思疎通がノータイムで行えるのだ。

 ただ、此処まで言えば良いことづくめに聞こえるかもしれないがデメリットも当然存在する。

 確かに一時的に魔力は上がるが、その分魔力の消費も多くなってしまうのだ。

 魔力共鳴は、短期決戦用のブーストと思って貰っていい。


「魔装金剛鬼ダイヤ・オーガ!!」


 魔法を発動すると、俺の周りに緩衝材として砂がまとわりつき、魔力を帯びてより硬くなったダイヤモンドが鎧を形作り俺とアルディの全身を包み込み3m強の頑強なダイヤモンドの巨人が出来上がる。

 魔力共鳴により使えるようになったダイヤモンドでの新たな魔装だ。

 岩と違ってダイヤモンドは透明度があるため、視界の問題で断念していた頭部部分も覆うことが出来る。

 ただ、向こうからも丸見えなので凄く間抜けなのが問題だが。

 まあ、その点は光の屈折やらなにやらをおいおい調整してこちら側からしか見えないようにしたいとは思う。

 そうそう、ダイヤって炎に弱いからダメじゃね?って思われるかもしれないがそこは魔力コーティングでだいぶ緩和している。

 透明度があって硬度がある鉱物って言うと、俺はこれくらいしか知らないのでダイヤモンドを使用しているのだ。

 これより硬い鉱物は知ってはいるが視界の問題により現状はダイヤモンドとしている。


「おおおお!魔力共鳴が使えるだけじゃなくてそんな事も出来るのね!凄いわ!」


 母さんは、俺達の姿を見ると目を輝かせて喋る。


「行くよ母さん!」


 俺は走り出すと、その勢いを利用し母さんを押し出そうと手の平を突き出す。


「凄い迫力ねえ。このままだとちょっと危険ねぇ」


 母さんは、何か呪文を唱えながら俺の張り手を華麗に避けると魔法を発動する。


炎の剛力ファイヤーマッスル


 すると、母さんの両腕は炎に包まれ始める。


「流石に、今のアルバから攻撃を貰ったら危ないからねぇ~……えい!」


 母さんは右手をこちらに向けると直径1mはありそうな炎の球をこちらに向けて放ってくる。

 しかし、魔力コーティングした俺の鎧の前ではそんなものは、ほとんど効かず(母さんが手加減したと言うのもあるが)難なくそれを霧散させると母さんとお互いに両手を突き出しあう。


「ふぬぬぬぬ……」


 体格差があるにも関わらず力は拮抗していて母さんを押し出せそうにない。先程の魔法はおそらく、術者の力を増大させるものだったのだろう。

 そうでなければ華奢な体の母さんが、こんなに力持ちな理由がつかない。

 

 俺自体には疲労が無いので母さんの疲労を狙うのも手ではあるが、生憎と俺にも残されてる時間は多くない。

 って、あそうか。何も馬鹿正直に組み合う必要ないんだ。

 俺は、母さんを自由にしないためにそのまま組み合う必要があるのでアルディにとあることを伝える。

 すぐに意図を理解したアルディは、魔装の腹の部分から巨大な手を生やして母さんを掴む。


「おお!?」


 流石に3本目の手は予想してなかったのか驚きの声を上げる母さん。

 振りほどこうとするが両手は俺との組み合いで塞がっているので振りほどけずにいる。

 このまま、力任せに円から出してしまえば俺達の勝ちだ。


「流石我が息子ね。とても10歳児とは思えないわ。だから……少しだけ本気を出してあげる。親は、子供の目標で居なきゃいけないからまだ負けるわけにはいかないの。ごめんね?」


 母さんがそう謝った瞬間、母さんの魔力が爆発的に高まるのを感じ、気づいたときには視界が真っ白になって気を失っていた。

 

 再び目が覚めた時、子供相手に本気を出す親が何処に居ると、父さんに怒られている母さんの姿が有った。

 意外と負けず嫌いな母さんの一面が見れて少し面白かったかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る