第13話
「はっ!?」
俺は唐突に意識が覚醒すると柔らかい物の上に寝ており目の前には何かが俺の視界を遮っていた。
「あら?起きたのね。ごめんなさいね?姉様ったらあの通り脳筋だから加減ってものを知らないのよ」
声の主はキャナルさんだったようだ。という事は俺は、キャナルさんに膝枕をしてもらっているという事になる。って膝枕!?
「あらあら、まだ寝てなきゃだめよ?まだ回復している途中なのだから」
俺が起き上がろうとするとキャナルさんは、やんわりと俺を元の位置へと戻す。……えーと、なんでこんな事になったのだろうか。
その疑問に答えるかのようにキャナルさんは口を開く。
「アルバさんは、姉様と一緒に走っている途中で気を失ったんですよ?まあ、原因は姉様がアルバさんの魂に負担をかけすぎたせいですけどね。姉様は今、ラファーガさんとウィルダネスさんに説教をしてもらっていますので安心して休んでください」
その言葉に俺は思い出す。そうだ、確かヘトヘトになったところで強制的に地獄のフルマラソンが始まったのだった。途中から記憶が無いと言うのは先程、キャナルさんが言った通りの事が起こったのだろう。
「大体の事情は姉様から聞きましたが……精神はともかく魂自体はまだ未成熟なのですからあまり無理はなさらないでくださいね?」
「すみません、キャナル様……どうしても強くなりたくて……。どうやら俺には土属性以外に素質が無いみたいなので尚更強くなりたいって思っていた所にアグニさんから誘いを受けまして……」
「あら?姉様はさん付けなのに私は様なの?」
「あ、えっと……それは、アグニさんから様付けはよせって言われたので」
実際、最初は様付けで呼んだら体が痒くなるから禁止と言われたのだ。かといって異性を呼び捨てにする度胸も無いので、さん付けで許してもらったと言うわけだ。
「寂しいわぁ~~、なんだか距離を感じちゃいますね~」
「あ、えっとあの……」
「くすっ……冗談ですよ。好きなように呼んでくださいな」
キャナルさんは、そう言うと蠱惑的な笑みを浮かべこちらの顔を覗き込む。流石女神と言うだけありとても美しい顔で微笑まれたらどんな男でも惚れてしまうのではないだろうか。
「そうだ。ちょっと聞きたかったんですけど、キャナルさ……ん達って地球に詳しいですよね?やっぱり女神だから他の世界に詳しいんですか?」
「そうねえ。私たちの居るこの世界ってね。娯楽が無いのよ。その点、地球の日本って所は良いわよね。漫画やゲームなんかの娯楽が充実してるんだから」
「え!?まさか、行ったことあるんですか!?」
「行くわよ?女神って呼ばれてるけどそれはあくまで建前で私たちにだって欲求くらいあるわ。それを地球の娯楽で満たしてるってだけよ。この世界には漫画とかゲームが無いしね」
なんという衝撃の事実。いや、神さえも引き付ける日本のメディアが凄いと褒めるべきだろうか。
「それに日本っていい場所よね。髪の色とか誤魔化さなくてもコスプレ?っていう奴だと思われるし」
秋葉か!?もしかして女神4人が秋葉に行ってるのか!?そんな貴重な光景をぜひ見たいところだが、こちらの世界の住人になった俺にはきっともう見れない光景だろうな。
日本のアニメや漫画の話題でキャナルさんと盛り上がりつつ過ごすとキャナルさんが口を開く。
「さて、そろそろ回復したわね。とりあえず立ってみて?どこか具合が悪い所とかあるかしら?」
俺は、魅惑の膝枕に別れを告げ立ち上がり自分の体の調子を確かめてみる。先程までの疲れは無く、むしろ調子が上がっているようにさえ思える。
「脳筋とはいえ、流石は戦を司る姉様ね。激しく体をいじめた後に回復させたから魔力量が一気に増えているわ」
あー、なんかそれ聞いたことあるな。確か……超回復だったか。1日体を苛め抜いて1日休むを繰り返すと筋肉が鍛えられるってやつだな。それを魂の状態でやったから魔力が上がったのだろうか。
「なんていうんですかね……体、っていうのもおかしいですけど軽い感じがしてもう何も恐くないって気分になりますね」
「調子に乗ってそのまま死んじゃわないようにね」
そんな冗談めかした会話をしているとしょぼくれたアグニさんとウィルダネス、ラファーガさんがやってくる。ウィルダネスは見た目のせいでどうしても呼び捨てになってしまうが、人間は見た目を重視で思考するので仕方がないと割り切る事にする。
「あー……その、なんだ。悪かったな。俺って手加減が苦手でよ」
アグニさんは、説教が応えたのか頬を掻きながら申し訳なさそうに謝ってくる。女神に謝られる人間ってかなり貴重なんじゃないだろうか。
「いえそんな……強くなりたいって言ったのは俺ですし気にしないでください。それに実際、強くなった実感がありますし感謝してるくらいですよ」
「そ、そっか!そう言って貰えると鍛えたかいがあるぜ!うはははは!気分が良いからちょっくら出かけてくらあ!」
俺の言葉に先程のしょげっぷりが嘘のように元気になり、アグニさんは豪快に笑いながら去っていく。
「全く、アンタはお人好しすぎんのよ」
ウィルダネスは、やれやれという風に肩をすくめる。
「とはいえ、感謝してるのは本当ですしね」
「ふーん……ま、いいわ。それじゃあ行くわよ」
「え?どこにですか?」
「は?決まってるじゃない。アンタの修行よ」
え?いや、俺はアグニさんに頼んだのであってウィルダネスに頼んだわけでは……それに、この人からは俺は2度もボディブローを喰らっているので若干苦手意識があるのだが。
「なぁに?アグニ姉さんの修行は受けれて私の修行は受けれないって言うの?アンタは土属性なんだから私の修行を黙って受けていればいいのよ!」
ウィルダネスは、そう言うと俺の手を掴み歩き出す。あー、確かに自分の属性の才能を持つ人間が他の属性の女神の修行を受けてたら良い気分はしないだろうな。
「見まして?ラファーガさん。あれはきっと嫉妬ですわよ」
「……つんでれ」
「聞こえてるわよ、二人とも!」
後ろでコソコソ話していたキャナルさんとラファーガさんに対してウィルダネスは猛獣の様に吠えて二人を黙らせる。
その後、ウィルダネスに連れられてたどり着いたのは砂漠のような場所だった。
「この世界にはそれぞれ私たちを象徴する地域があってね。ここは私を象徴する地域の1つよ」
そう説明しながらウィルダネスは俺から数歩離れてから振り返り説明を続ける。
「此処から出るとアンタの記憶は無くなるけど魂に刻み込まれた記録は無くならないわ。いわゆる体が覚えているって状態ね。魔法を教えるってのは出来ないけど魔力の流れを肌で感じさせそれを魂に刻み込むのは出来るわ」
ウィルダネスはそう説明するが、肌で感じさせ……という部分に俺は一抹の不安を覚える。
「つかぬ事をお聞きしますが、どうやって魂に刻み込むのでしょうか?」
俺の質問にウィルダネスは、とても女神とは思えない様な邪悪な笑みを浮かべて答える。
「そんなの決まっているわ。私の魔法のフルコースを受けるのよ。運が良ければそのうちの1つくらいは元の世界ですぐに使えるようになるかもね」
ウィルダネスはそう言いながら右手を上げると、それに呼応するかのように巨大な砂の手が現れる。
「安心しなさい。アグニ姉さんと違って私は加減を知っているわ。だから、死にはしないわよ………多分」
「多分ってなんだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そこから先の事は覚えていない。俺の脳がそれ以上の刺激を拒んだからだ。強いて覚えている部分の感想をあげるとすれば『いっそ殺してくれ』
それが、俺の感想だった。
それからは、どのくらいの時間が経ったか分からないが俺は日々、アグニさんのスパルタ キャナルさんの膝枕セラピー ウィルダネスの拷問 ラファーガさんの精神統一というローテーションで修行をこなしていた。そしてついにその日はやってきた。
目が覚めた俺は、とある広場に呼ばれておりそこへ行くと大きな魔法陣が描かれていた。
「これが元の世界に戻る為のゲートだ。ここを通ると元の世界に戻れるが此処で過ごした記憶は一切失われる。だが俺達の修行で増えた魔力は元に戻らないから安心しろ。まあ、意識が戻った時に戸惑うかもしれないが害は無いから大丈夫だ」
「貴方との漫画談義楽しかったですわ」
キャナルさんは、そう言うと俺の手を握り微笑んでくる。俺も楽しかったです。ただ、時々下ネタをかましてくるのは困ります。正直、美人がいきなり下ネタをかましてくると反応に困るんです。
「……死にかけたらまた来るといい。私たちは大抵暇だから」
ラファーガさんは、そんな縁起でもない事を言いながら俺と握手を交わす。ていうか、女神なのに暇とか良いんですか。
「……やっぱり、暇と言うのは嘘。でも、遊びに来ていい」
「はは、来れたら来ますよ。来れたら……ですけど」
基本寡黙なクールビューティーなラファーガさんは何を考えているのかいまいち分かりづらかったけど優しいと言うのはよく理解している。
「ラファーガはああいったけど、ここに来れるのは運がいい奴か、魔導を極めた賢者とかそういう奴くらいしか来れないからアンタが次に来るのは爺になってからかもね。ま!私たちは基本不老だから若いまんまだけどね!」
「貧乳なのもそのままだけどな……」
「何か言ったかしら?」
「いいえなにも?」
俺は、射殺されそうな程鋭い視線にも焦ることなく余裕の笑みで返す。認めたくはないが、正直一番馴染んだのがウィルダネスかもしれない。
俺はロリコンではないので異性として意識しなくていい見た目なウィルダネスは何だかんだで一番絡みやすかった。まあ、俺が土属性と言うのも影響しているかもしれないがな。
そして、一番修行がえげつなかった。本当につらかった……。ここから出たら俺の記憶は無くなるが全て無駄にならないよう喰らった魔法位は使えるようになって見返してやりたい。
「それじゃまあ、人間界で土魔法を極めて地位を向上させなさいよ?」
「地位を向上させすぎてビビらせてやるよ」
そんな軽口を交わしながらハイタッチをし魔法陣の傍へとくる。
「それじゃ、準備はいいか?」
アグニさんの言葉に俺は頷く。
「お前の今の魔力は同年代の中では間違いなくトップクラスだ。だが、それに溺れて俺達をガッカリさせんなよ?と言ってもこの約束も忘れるんだけどな」
「……いいえ、覚えてますよ。約束します。俺は絶対この力に溺れたりはしません」
「……そうか!よし!それじゃあ行って来い!」
俺の言葉にニカッと笑うアグニさんは俺の背中をバシッと叩くとその勢いに押され魔法陣の中へと入っていく。アグニさん達の顔が遠のいていくのを見ながら俺の意識は遠ざかっていく。
ここでの記憶は無くなるけれど、過ごした事実は無くならない。今は無理でもいつか必ず思い出す。そう心に刻んで俺は自分に広がる眠気に身を委ねるのだった。
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