第12話

「ハァッ……ハァッ……も、もう限界です」


「あぁん?男がそんな甘ったれたこと言ってんじゃねえぞ!おら!まだまだいくぞ!」

 

 俺は滝のように流れる汗を地面にポタポタと垂らしながら弱音を吐くとアグニさんが怒鳴ってくる。


「おらぁ!あと500回ィィィ!」


「ちょ、まじもう無理……」


 プルプルと震える腕に力が入らなくなり俺は自分の汗溜まりへと突っ伏してしまう。俺は現在、アグニさんから鬼軍曹並のしごきを受けて最早限界を迎えていた。

 はい、いやらしい展開だと思っていた人手を上げなさい。先生怒らないから。


「そ、そもそも何で俺、こんなに疲れてるんですか……?この体って疲れないはずじゃ……」


「やっぱり修行ってのは疲労感が伴ってこそだろ?だから、俺がお前の魂に負荷をかけてるから動けば動くほど疲労感が貯まるって寸法だ。健全な魂は健全な肉体に宿る!さあ、どんどんやるぞ!」


「ていうか今の俺は精神体だから肉体を鍛えても意味ないんじゃないですか?」


「………」


 おい、なんだその、そういえばそうだみたいな顔は。あれか、俺は疲れ損って事か?


「……せ、精神も鍛えられるから良いんだよ!」


 あ、誤魔化した。……さて、まずは何故このような状況になったのかを説明しよう。時間は昨日まで遡る事になる。

 俺が、ウィルダネスの世界を狙えるボディブローから復活したときに現在の俺の状況が説明された。


「まず最初に言っておくとアンタはまだ死んでないわ。意識不明の状態ってところかしらね」


「え?じゃあ、今ここに居る俺は?」


「アンタは今、精神だけの状態……要は幽体離脱してるって考えても良いわね。んで、この世界は肉体的概念と時間的概念から逸脱した世界なの。肉体を持つ者はまずこれない世界よ。そこで世界の意識を漂っていたアンタは偶然この世界に迷い込んだってわけ」


「世界の意識?」


「んーっとなんて言えばいいのかしら……アンタが前世の時に居た地球で言う所の死後の世界ってところかしらね。こっちの世界では肉体が離れた魂が漂い浄化されていく場所よ。運が良かったわね、もう少し漂ってたら完全に死んで浄化されてたわよ」


 さりげなく命の危機だったようだ。俺はすぐそこまで迫っていた死にビビりながらも気になった事を尋ねてみる。


「そういえば、地球って言ってたけど何か知ってるんですか?」


 とりあえず、目の前の彼女は見た目は少女だが本物の女神らしいので敬語で尋ねる。


「そりゃあね。この世界も含めてあらゆる世界は繋がっているの。地球からこちらの世界に生まれ変わるのも居れば、こちらの世界から地球や、また別の世界に生まれ変わるのも居るのよ。アンタはたまたま、地球からこちらの世界に生まれ変わったってわけ」


「じゃあ、俺が前世の記憶を持ってるのは何か関係あるんですか?」


「ああ、無い無い。地球でもたまに聞くでしょ?前世の記憶を持った子供。ほとんどは成長するたびに記憶は薄れていくんだけど、稀にアンタみたいに完全に記憶を保持しているってことがあるのよ。神だって万能じゃないしそういうときもあるわ」


 俺はその説明を聞いて少しがっかりする。もしかしたら、実は俺が選ばれし子供でとかそんな事を期待してたのだが……


「ああ、それは絶対に無いわ。アンタは、運よく貴族のとこに生まれた土属性の子供ってだけよ。ちなみにアンタは土属性を極めようとしてたみたいだけどそれで正解ね。だって、他の属性の素質が無いんだもの」


「……え?」


 俺は、そこで衝撃の事実を聞いて固まってしまう。実際は数秒だが体感的には数分経った頃にようやく俺は復活し、恐る恐る口を開く。


「え、と……俺にはほかの属性の才能が無いんですか?」


「無いわね。強いて言えば土属性が他の土属性持ちより才能が少しすぐれているくらいかしら。これも努力の差次第ですぐ埋まる程度だけどね」


 ウィルダネスは、次から次へと俺に無慈悲な現実を突きつけてくる。いや、ほら、土属性を極めるとは言ったけどやっぱり他の属性にも興味が無いと言えば嘘になるわけで、もしかしたら全属性使えるとかそんな淡い期待も抱いてて。


「アンタがそんな主人公みたいな特徴持ってるわけ無いでしょ。夢見すぎよ。まあ、もっとも唯一の才能が土属性ってのは評価するけどね!」


 それって、単に自分が土の女神だからじゃないだろうか……いや、何も言うまい。


「とりあえずはこんな物かしらね。もっとも、この世界から出た時は此処で過ごした記憶は無くなるからあんまり意味は無いんだけど」


「え?それってどういう……」


「そのまんまの意味よ。だって、考えてもごらんなさい。アンタみたいな臨死体験者がこの世界の記憶を持って現世に戻ったら私たちのイメージが壊れちゃうじゃない」


 そんな理由かよ!もっとこう……世界の秘密に触れたからとかそういうそれっぽいのがあるだろう。


「現実なんてそんなもんよ」


 さっきから、いちいち人の心を読んでくるウィルダネスはそうやってバッサリと切り捨てる。ていうか、心を読まないでほしい。


「仕方ないじゃない。距離が近いと聞こえてくるんだから。とりあえずは、ゆっくりしていきなさい。一度この世界に入れば私たち以外は一定周期でしか出れないから」


「それって、いつぐらいなんですか?」


「さぁ?」


 さぁって……貴方、この世界の住人、住神?まあどっちでもいいけど、でしょうが。


「言ったでしょ。この世界は時間の概念から逸脱してるって。ここでは何時っていう考えがそもそも無いのよ。ま、安心しなさいな。出れるときになったら私たちは分かるからその時にこの世界から出してあげるわ」


 そう言うとウィルダネスは、用事があるからと部屋から出て行ってしまう。俺は、それを見送るとベッドに横になる。あまりにも色々ありすぎて頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 

「そういえば、フラムは大丈夫なのかな。それに、父さんと母さんも……」


 俺は、洞窟での事を思い出す。くそ生意気な5歳児と優しいけどやたら強かった両親。それにアルマンドが所属していた組織の事も気になる。

 が、今それを考えたところで知る方法が無いのだから考えたって仕方ない。それよりももっと重要なのがある。


「強く……なりたいなあ」


 俺がもう少し強ければ一緒に捕まっていた子供たちに怖い思いをさせなかったかもしれない。もう少し強ければ父さんたちを心配させるような事も無かったかもしれない。もう少し……

 考えれば考えるほど、自分の情けなさに嫌気がさす。まだ5歳児だからと考えれば今の強さでも良いだろう。だけど、中身は普通に大人なのだ。やりたいけど出来ないことがあると悔しくていたたまれない気持ちになってしまう。


「力が……欲しいか」


「何やってんですか、アグニさん」


 突然、横からベタな言葉が聞こえて来たのでそちらを向けばアグニさんが俺の耳元で喋っていた。


「いやなに、なんか落ち込んでるようだったからな。なんか悩みがあったら聞くぜ?」


 そう言ってアグニさんはニカッと笑う。


「いえね、強くなりたいなって思いまして。だけどウィルダネス……様から土属性以外の才能は無いって言われましてね」


 俺は様付けに違和感を覚えつつもどこからボディブローが飛んでくるか分からないので表面上は敬称を付ける。


「そうだ!神様ならチートの1つや2つくら「無理だ」えー」


 俺が名案とばかりに転生でありがちなチートプレゼントを提案するがアグニさんは即答する。


「人間ってのは、簡単に強大な力を手に入れると何処かしらがおかしくなっちまうんだよ。自分はそうならないって言っている奴ほど、な」


 自分は大丈夫だ。そう言おうとしてアグニさんの言葉に俺は、自分の言葉を飲み込む。


「って言うのは、建前で俺らにはそんな力が無いってのが本音だがな」


「え?女神なのにですか?」


「あー、まあここから出るときは記憶を失うから教えるが厳密に言えば俺達は神じゃない。ただ、便宜上神の方が良いから女神と名乗っているだけだ」


 アグニさんはそう言うと一呼吸おいて説明をする。


「俺らの産みの親である主神アキリは、最初は全ての属性を司っていたんだ。だけど世界が発展するにつれていくら主神といえども1人では管理がきつくなったんだ。そこで最初に火の俺、次に水、風、土と自身の体から俺達を作り出したんだ。俺達は神と人の間……強いて言えば神人シンジンってとこか」


 新人な神人、うわ我ながらつまんねー。俺のそんなどうでもいい考えをよそにアグニさんは話を続ける。


「俺らには肉体が無いから寿命は無いが精神体自体が滅べばこの世からいなくなる、生物で言う所の死だ。俺達は与えられた属性に関しては万能だがそれ以外は何もできないんだ。主神アキリなら分からんが少なくとも俺らにはチートは与えられないってところだな」


 ならば、その主神アキリに直接頼めばいいのではないだろうか。そんな考えを見透かすようにアグニさんはパタパタと手を振る。


「ああ、無理無理。まずあのお方はそもそもこの世界とは別次元に存在してて俺らくらいしか会うことが出来ない。今は精神体のお前でも無理だ。下手に超えようとすれば存在自体が無くなるだろうな」


 むぅ、どうやらチートは諦めなければならないようだ。だけどやっぱり強くはなりたい。土属性を下に見られている今の世界を変えるには平凡じゃダメなのだ。何かこう特別なことが無いと……


「……よし分かった!俺がお前を鍛えてやろう!」


 俺が悩んでいるとアグニさんは名案とばかりに俺の肩をバシバシ叩いてくる。正直物凄く痛いが俺の肩を叩く度に揺れる胸は正直眼福です。


「え?でも……」


「気にすんな!どうせ、ここから出るまで暇だろ?ここに来たのも何かの縁だし俺が直々に鍛えてやろう!と言っても魔力しか鍛えられないし世界一の魔力量になるってわけでもないが同年代の中では間違いなく強くなるだろう」


「でも、ここから出たら記憶が無くなるんですよね?」


「記憶は無くなるが一度上がった魔力が無くなるなんて事は無い。目が覚めた時に上がってる魔力に驚くかもしれんが、なあにすぐに慣れるさ。俺がみっちり鍛えてやるよ」


 褐色巨乳美人にそんな誘いを受けたら断れる男が居るだろうか?いや居ない。もし居たら連れてこい。俺が去勢してやる。

 俺は“強くなる”為には手段を選んでられないと思い、アグニさんの申し出を受けるのだった。もしかしたら、良い雰囲気になってそのまま……


 なんて思ってた時期が俺にもありましたとさ。いやね、アグニさんってめっちゃスパルタなのよ。まずは軽くとか言って腹筋1000回背筋1000回スクワット500回 そして、現在の腕立て1000回だ。

 最初は、精神体だからこんなの疲れないだろうとタカをくくってたら冒頭の精神に負荷をかけるとかいう意味わかんない技で俺は見事に疲弊してたのだった。

 運動不足の俺が此処まで頑張れたのはアグニさんのおっぱ……絶妙な応援のおかげかもしれない。流石は戦の女神。そういう駆け引きはお手の物である。


「さあ、今日のラストはランニングだ!分かりやすく地球の距離で言えば……たったの42.195kmだ!なあに、今度は俺も一緒に走るから安心しろ」


 フルマラソンじゃないですかヤダー!俺の叫びは声になる事無くアグニさんに引きずられるようにデスマラソンを開始するのだった。

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