第11話

 ―――――どこまでも真っ白な空間

 音も聞こえず、自分の意識もどこにあるかも分からない。

 

(俺は……死んだのか?)


 自問するが、その答えは返ってこない。確か俺は、フラムを助けようとして突き飛ばしたら背中に激痛がはしって顔面蒼白な父さんと母さんの顔を見たのを最後に意識を失っている。

 体を動かしてみるがそもそも体が無いのか動かしているという感覚が無い。もし、これが死んだのだとしたら前世も含めて二度目の死を経験したことになる。いざ、死んだと認識しても不思議と何の感情も湧かない。前回も今回も苦しまずに死んだからだろうか?まあ、死後の事なんて詳しくないのだからいくら考えても仕方がない。それよりもここは何処なのだろうか?

 天国なのか地獄なのか……いや、そういう概念はもともと人間の考えだし、そもそもそういうのは存在しないのかもしれない。あくまで宗教の考えとして存在しているだけだ。

 今はただ、この何もない空間に身をゆだねよう。まるで誰かの腕の中に居るような安心感が俺を包み、この状態で居るのも嫌ではない。


 それからどれ程の時が経ったのだろうか……。相変わらず意識はあるが、このような空間では時間の感覚が分からない。1日経ったのかそれとも1週間……はたまた1年。それすらもこの空間では感じることが無かった。これも死んだことで時間の概念から解き放たれた影響かもしれない。……なんて、我ながら哲学もどきな事を考えてしまう。

 そして、その何もない空間に身をゆだねる日々は突然終わりを告げた。何もなかった空間は、まるで溶けるように消えていき体の感覚が戻ってくる。

 ふわふわと漂っていた俺の意識は重力に引っ張られるかのように下へと落ちていき何かと激突した。


「ぐへぇ!?」


 まるで潰れたカエルの様な情けない声を出して俺は無様に仰向けになる。


「いてて……なんだってんだ急に……」


 久しぶりの体の感覚に違和感を覚えつつも俺は周りを見渡す。久しぶりだと言うのに声が普通に出るのも不思議だが、もっと不思議なのは今、俺が居る場所だった。周りは木や草が生い茂っていて森の中の様だった。獣などの気配は無くとても神聖な空気を感じ俺は何故だかとても安らいでいた。


「ここが何処だか分かんないが、じっとしてても仕方ないし色々調べてみるか」


 俺は、起き上って体に付いた土を払い落としながら改めて自分の体を見る。特に何か外傷があるわけでもなく5歳児の健康な俺の体だった。背中に受けたダメージで死んだと思ったが違ったのだろうか。

 ……まあ、考えていても仕方ないしとりあえず動くか。


 なんの当ても無しにひたすら歩き始めて1時間ほど経過したが、不思議と空腹どころか疲れも出てこない。むしろ調子が良くなっている方だった。そんな不思議な現象に首を傾げながら歩いていると遠くで何か水の音と話し声が聞こえてくる。

 久々に聞く人の声に俺はテンションが上がるのを抑えきれず思わず走り出す。走っても全く疲れない体に疑問を抱くがそれよりも久々の人に会える喜びの方が大きく俺はひたすら走り続ける。ここが何処か分からないが少なくとも人が居るなら場所位聞けるだろう。もし、親切な人ならば俺の住んでた街までの道のりを聞いても良い。

 そんな期待を胸に抱きながら、俺はついにその場所までたどり着くと衝撃の光景を目の当たりにした。

 俺の目の前には美しい湖が広がっており、その湖では4人の女性が水遊びをしていた。………全裸で。

 燃えるような赤い長い髪をポニーテールに纏めた大変グラマラスな褐色美人。透き通るような青い髪にはウェーブがかかっており、ゆるふわ系のおっとり美人。緑色のこれまたロングヘアーで切れ長の目が涼しげな美人という印象を与えるスレンダー美人。そして、推定年齢12,3歳の一番現実的なショートヘアの茶髪のつるぺた美少女。

 そんな4人が裸で水遊びをしている光景を俺は直視してしまい、思考が停止しまるで時が止まったかのような錯覚を受ける。


「ここが……桃源郷か」


 転生してから異性らしい異性(母さんはそもそも身内だし、フラムは5歳のガキンチョだし、アルディに至っては性別不明)に触れ合ってなかった俺には刺激が強く、一言絞り出すと思考回路がショートしてそのまま倒れ伏すのだった。




「ん……」


「お!起きたか、小僧」


 俺が目を覚ますと、凛々しい声が聞こえそちらを見れば先程、水浴びをしていた女性の1人である赤髪の褐色美人なお姉さんが俺の傍で胡坐をかいて座っていた。なんともワイルドである。


「いやー、此処に人間が迷い込んでくるなんぞ何百年ぶりだろうな!俺達もすっかり油断して水浴びに興じておったわ!」


 褐色美人さんは、そう言うとカッカッカと豪快に笑う。


「あの……此処は何処なんでしょうか?それに貴女方は……」


「俺か?俺は……「あ、起きてらしたのね?」」


 褐色美人さんが何かを喋ろうとすると扉を開けて、青い髪のゆるふわ美人さんが入ってくる。


「まあ、美人だなんて照れるわ。それよりも姉様。起きたなら教えてくださいな」


「ん?今……」


 俺が、違和感を感じて尋ねようとするとそれを遮るかのように褐色美人さんが口を開く。


「こやつは今起きたところだ。まるで俺が報告をさぼってたかのような言い方はよせ」


「だって、姉様ったら戦い以外の事となると適当じゃないですか。この間だって……」


「あーもう!お前は相変わらず口うるさい奴だな!」


 褐色美人さんとゆるふわ美人さんが何やら口喧嘩を始めて困惑していると更に扉から2人の人物が現れる。先程の4人組の残りの2人である緑髪クールビューティーと茶髪ロリである。

 何故か一瞬、茶髪ロリが顔をしかめた気がしたがすぐに表情を戻すと口げんかしている2人に話しかける。


「ほらほら、姉さん達。そこの子が困ってるじゃない」


「っと、そうだった。ほら、お前が変なこと言い出すから」


「あら、姉様だってそれに乗ってきたじゃないですか」


 再び、口喧嘩が始まりそうなところで茶髪ロリがゴホンと咳払いをすると、2人はバツの悪そうな顔をして口喧嘩をやめる。


「それで、姉さんはもうここの説明はしたの?」


「いや、まだだ。今からしようと思ってたんだよ。折角4人揃ったんだしついでに自己紹介でもするか」


 そう言うと4人は横に並んで褐色美人さんが軽く咳払いをして口を開く。


「俺は、長女のアグニ。人間の世界では火の神なんて呼ばれてる。一応、戦を司っている」


 ……は?俺は、その自己紹介に呆気に取られどういう事か聞こうとすると次はゆるふわ美人さんが口を開く。


「私は癒しを司っている次女のキャナルと申します。一応、水の女神と呼ばれていますね」


「……三女ラファーガ。自然を司っている風の女神」


「そして私が!末っ子の豊穣を司る土の女神ウィルダネスでっす!」


 簡潔に緑髪のクールビューティーさんが自己紹介をしたのち、無い胸を張って茶髪ロリがフンスと鼻を鳴らし自己紹介をする。


「っていやいやいや!冗談ですよね?」


 今聞いた名は彼女達が自己紹介した通り、全て女神の名前だ。仮に彼女たちが嘘をついてないとすれば、彼女達は女神という事になる。


「まあ、普通はそういう反応だわな」


「仕方ない事ですわね。人間は自分の理解の範疇を超えるものは中々信じようとしませんから」


「……だけど事実」


 彼女達は、そんな事を言うが俺は1つの矛盾に気づく。それは鍛冶の街ヴェルンドで見たあの女神像だ。俺が見たウィルダネスの像は豊穣と言うだけあって胸も豊かだった。だが、今目の前に居るウィルダネスと名乗った茶髪ロリはあの女神像とは似ても似つかない姿で特に胸の部分が……


「だらっしゃあ!!」


「あべし!?」


 思考の途中で茶髪ロリが鬼の形相でプロボクサーもびっくりの鋭いボディブローを俺の腹に打ち込んでくる。当然、完全に油断していた俺はそれをモロに受けて情けない声を出してしまう。


「5、5歳児の子供に容赦なくないですかね……?」


 精神は大人とはいえ、見た目はいたいけな子供である。それなのに容赦なくボディブローを叩きこんでくるとか女神のやることだろうか……


「ふん、何が子供よ。中身はおっさんの癖に」


 そう言って茶髪ロリは鼻を鳴らして怒ったように言う。って、待て待て。なんで俺の精神年齢を知ってるんだ?


「それとねえ、さっきから茶髪ロリ茶髪ロリ言ってるけどこう見えてアンタより何倍も長く生きてるんだからね」


「じゃあ、合法ロリだな」


「アグニ姉さんは黙ってなさい」


 ケラケラと笑って冗談を言うアグニさんに、人を殺せそうな程凶悪な視線で睨んで黙らせると再びこちらを見てくる。

 そこで、俺は初めてその違和感の正体に気づく。先程から何かおかしいと思ったが、俺が口に出していない事を何で理解できてるんだろうか。


「まあ、口に出すなんていやらしいわね」


「キャナル姉さん……人前で下ネタはどうかと思う……」


 キャナルさんが見た目に似合わず下ネタを唐突にかますとラファーガさんが窘める。ていうか、やはりこの人達は俺の心を読んでいる。俺が無意識に声に出していれば別だが、そんなうっかりをするほど俺は間抜けじゃない。


「まあ、女神って呼ばれるくらいなんだから人の心を読むくらいは普通よ。と言ってもそれも万能じゃなくてこうやって距離が近くないと分からないけどね」


 茶髪ロ……ウィルダネスがそう説明してくれる。あぶねぇあぶねぇ、またアレを言ったらボディブローが飛んでくるところだったぜ。


「えーと、もし本当に女神なら質問が1つあるのですが……」


「何よ」


「教会で見た女神像と目の前に居る姿が違うのはなぜでしょうか?」


 そうなのだ。彼女たちが本当に女神だと言うのなら姿が違いすぎるのだ。あの街には火の女神を祀る教会も有ったので父さんの参拝の時に火の女神像を見たが改めて目の前のアグニさんと見比べると似てなくもないが、土の女神像はいくらなんでも差が大きすぎる。


「そ、それは……その……あれよ!」


 途端に、彼女はバツの悪そうな顔をしてモジモジし始める。アグニさん達は、その様子を可笑しそうに眺めている。いつまでもウィルダネスが答えようとしないのでアグニさんが、笑いながら教えてくれる。


「あの像は人間界に降臨するときの姿でな、今の姿が本来のウィルダネスってわけだ。つまり、あの姿は……ウィルダネスの見栄だな!ハハハハ!」


 そこまで説明するとアグニさんは堪えきれないと言う風に大笑いをし、当の彼女は恥ずかしそうにうつむいている。

 ……ああ、女神もそういう見栄って張りたくなるんだな。俺は彼女の胸の部分を見てしみじみとそう思うのだった。


「……ぶるぁ!」


「えいどりあん!?」


 俺が慈愛の目でウィルダネス(の胸)を見つめていると再び世界を狙えるボディブローが放たれ俺は華麗に吹っ飛ぶのだった。


本日の教訓

女性のコンプレックスには触れない様にしよう

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