期待しない系男子と思わせぶり先輩
@toarumonokaki_kkym
第1話 期待しない系男子と思わせぶり先輩
いつからだろうか。こういう飲み会に来て、隅っこで一人、飲み食いするようになったのは。
なんて、漫画や小説の冒頭モノローグでありがちな構文の益体もない問いを頭の中で弄ぶ。しかし、弄ぶまでもなく、答えなんて明白だ。そんなもの、最初からである。
やはり文芸作品にありそうな構文で問いに答えを返したところで、手に持っていたジョッキをあおる。タイミング悪く、それはもう空になっていた。
「ねー希ちゃん、今カレシ居ないんでしょー? 俺と付き合ってよー」
「もう、原田君近いってばー。ほら、ちょっと離れて。あ、店員さーんビール追加で」
「美月ちゃん、綺麗な脚してるねー」
「よし木下、セクハラするなら帰ってもらおうか」
「なんで⁉ 今のアウト⁉」
店員を探して追加の注文をするため、周りを見回す。パーティションで区切られたこのテーブルには、見知った顔とそうでない顔が入りまじり、相応に盛り上がっている。
今日飲み会だからと先輩に連れ出されて来てみたら、どうやら実態は合コンのようだった。はじめの顔合わせで得た情報によると、相手方の女性陣は同じ大学の別のサークルのメンバーらしい。それ以上のことは、自己紹介のあと、しれっとフェードアウトして自主的にお一人様空間を創造したので分からない。我ながら鮮やかな手際だった。
別に飲み会が苦手なわけでも、人と話すのが苦手なわけでもないのだ。むしろ、誰かと話すのは好きな方だし、数少ない男友達と飲むときは普通に楽しくやっている。けれど、合コンだけは苦手だった。ここは、人の下心があまりにも見えすぎる。
合コンに参加している以上、みんなその気があって来ているのは当たり前のことだと思う。けれど、楽しそうにしながらも水面下で繰り広げられるお互いの牽制や探り合いの様子が、ちょっと離れてみるとよく見えてしまうもので、それに気付いてからは、どうもその中に入っていく気がしなくなった。それが、人生初の合コンの思い出。以降、何度か付き合わされているが、いつもこうやって一人で飲んでいる。
馬鹿な話だ、と自分でも思う。きっと、多くの人はそんなこと気にも留めず当たり前に人付き合いをしている。それが当たり前で、それが正常なのだろう。
それが出来ない俺は、多分どこか異常なのだ。そう結論付け、小さく自嘲の笑みを浮かべ、置かれた新たなジョッキに手を伸ばす。
「……」
特に酔っていたとは思わない。けれど何故だかこの時は、騒ぐ集団の中からこちらに向けられていた視線と、結局自分では注文しそびれたビールがいつの間にか手元に置かれていたことに気付かないのであった。
それからしばらく、間近で繰り広げられるバカ騒ぎを酒の肴に飲んでいると、あっという間にお開きとなった。会計を済ませ、店を出ると、さっそく二次会の参加者を募っていた。
行くつもりもなく、適当なところで「じゃ、帰りますんでー」と、さくっと消えようとしたのだが、結果として、その試みは失敗に終わる。
「じゃ、俺帰りますんで……」
数時間、ろくに口を開かなかったせいかイメージより大分かすれた声でそう言って、集団から離れようと方向転換したところで、不意に何者かに手を引っ張られる。
「ごっめーん、私帰るね。この子に送ってもらうから」
「いや、あの」
急に俺の手を引いたその女性は、俺の手を握ったまま声を上げる。俺の言葉などお構いなしだ。すぐ近くにいた友人の南野が、顎に手を当ててこちらの様子を見ていた。
「ふむ、珍しいな、手塚がお持ち帰りとは。いや、むしろ逆か。お持ち帰りされている……?」
「南野、真顔で分析すんのやめろ。第一、俺はそんな話聞いてないんですけど」
隣にいる女性に非難がましく視線を送るが、そんなものどこ吹く風でその人は会話を続けていた。
「えー、希ちゃん帰っちゃうのー。だったら俺が送っていくよー?」
「いいっていいって、原田君は二次会行ってきなよ。それじゃ、また誘ってね。ばいばーい」
と、大きく手を振ると、そのまま俺の手を引いて歩き出してしまう。
「あの、ちょっと」
「いいからいいから」
小声で声をかけると、そんな返答。いや、よくはないんですけど。さらに言い募ろうとしたところで、今日最初の自己紹介を思い出す。確かこの女性、一つ上の先輩だったような。年上だと意識した途端、抵抗する気が薄れてしまった。
年功序列に囚われてしまうあたり、悲しいほど俺は日本人なんだなと、こんなことで思い知らされた。
少し歩いて角を曲がり、他のみんなから完全に見えなくなったところで手を離す。
「ふー。なんとか逃げ切れたー……」
同時に、その先輩はそんなことを言いながらしゃがみこんでしまう。置いていくわけにもいかないので、足を止める。改めて見ると、なかなかに綺麗な人である。そしてその顔と今のセリフで大体の事情を察してしまって、思わず口にしてしまった。
「原田先輩、ですか」
俺のつぶやきを耳にしたその先輩は、動きを止めてこちらを見上げる。なんとなく、意外そうな表情に見えた。
「驚いた。気ままに一人で飲んでた割に、意外と周り見てたんだ?」
「ああ、いえ。趣味なんですよ、人間観察。さしずめ、原田先輩が送っていくとか言い出すと面倒だから、先手を打って無害そうな俺をダシにしたってとこですか」
問われたので反射的に答えたが、なんだ趣味人間観察って。心の中で自分にツッコむが、目の前のこの人は特に気にした風ではなかった。そう、この先輩は店で原田先輩がしつこく言い寄っていた相手だ。そんな先輩は、感心した顔で言う。
「すごい、正解。エスパーみたいだね、キミ」
「そうですか? まぁエスパーではないですけど、無駄に記憶力はいいので名前も覚えてますよ、宮島先輩」
まぁ、今思い出したんだけど。自分と似た名前だったので印象に残っていたのだ。宮島希先輩は、今度は少し驚いた表情をした後、小さく笑う。
「ふふ、キミ、結構面白いね。話に入ってくればよかったのに」
「俺も、あのセクハラ連中に加われと?」
「それはやめてほしいかな……」
真顔で聞き返すと、店内の惨状を思い出したのか、ちょっとげんなりした答えが返ってきた。その様子に少し笑うと、立ち上がった先輩は申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「でも、ごめんね? 原田君から逃げる為に利用したみたいになって。あんまりいい気分じゃないよね……」
「ああ、いえ、それは別に。自分でも使いやすそうでチョロそうな奴に見えるのは自覚してますから」
そう冗談めかすと、先輩は首を振って否定してくる。
「いちおー、頼れそうだと思って選んだんだよ?」
「だとしたら人選ミスですね、それは」
とんだ迷采配だ。そう思って自嘲気味に笑うと、宮島先輩はビシッと俺を指さしてきた。
「それ、その顔。お店でもしてた」
「……見てたんですか」
「途中、頼んでもないのにビール追加されなかった?」
「……そういえば」
言われるまで気付かなかったが、確かにそうだ。今の口ぶりからすると、宮島先輩が気を利かせてくれたのだろう。しかし、何故?
疑問に思って尋ねようとしたが、宮島先輩は視線で促して歩き出した。仕方ないので隣に並んで歩く。代わりに、別のことを口にした。
「あの、失礼なことを言いますけど」
「ん、なに?」
「いえ、見てる限り、まんざらでもないように見えたんですけど」
原田先輩は、宮島先輩の肩に手を回すとこまで挑戦していた。宮島先輩も、口ではやめてと言っていたがそんなに強く拒否していたようには見えなかったのだが。
「それを失礼だと思える分、キミの方が原田君よりよっぽどマシだね。まぁ、そだね……。その場の空気とか、そういうの壊せないってのもあるし」
「そんなもんですか」
答える先輩は少しバツが悪そうである。空気を壊せない、か。俺には、その感覚はちょっと分からなかった。
「でも、ほんとに原田君にはこれっぽっちも気はないよ? あの人多分、送っていくとかいいながら、なんとか上がり込んでワンチャン、とかしか考えてないもん」
言い方から察するに、本当に原田先輩にはいい印象を持っていないらしい。まぁでも、サークルの後輩という立場から言わせてもらうと、確かに原田先輩の女癖はよくない。それを見抜けるんだから、女の人って怖い。
「女のカンってやつですか」
「ううん、経験則」
予想外の生々しい答えに、何と返したものか分からず間が空いてしまう。その沈黙に耐えかねたのか、宮島先輩はもう一度謝ってくる。
「でも、ほんとごめんね? 利用したのもそうだけど、無理矢理連れ出すような真似して。あんな思わせぶりな態度取ってたら、期待させちゃうよね」
「いえ、それは全く」
「……あの、速攻で否定されると少しは傷つくんだけど」
「ああいえ、そういう意味ではなくて。宮島先輩は普通に、綺麗な人だと思いますよ。だから、そういうことじゃなく」
確かに、少し強引だったので驚いたというのはあるが、その謝罪も若干的外れなのだ。
「大体、思わせぶりな態度取っても手を出すような度胸はないヘタレだって分かっててやったんでしょうに」
「えー、ほんとにお持ち帰りされちゃうかもって、ちょっとは思ったよ?」
投げやりに言うと、そんな言葉が返ってきたが、真に受けることはもちろんない。笑って受け流す。
「まぁでも実際、ほんとに気にしなくていいですよ。21でクソ童貞拗らせてると、ちょっとやそっとじゃ期待したり勘違いしたりしないように訓練されてますから」
「あはは、なにそれ」
「自分に優しくしてくれる子は誰に対しても優しいし、好きになった子が都合よく俺を好きになってくれることもないんですよ。世の中そんなもんだって知っとけば、期待も勘違いもしないでしょ?」
「うーん、難儀な恋愛観してるねー」
恋愛観、と評されたが。それは多分、ちょっと違う。むしろこれは。
「そんな大層なもんじゃないですよ。諦めた負け犬が、これ以上傷を負わないための処世術です」
そう結んで、肩をすくめてみせる。横目に先輩をうかがうと「そっか、そんな風に思っちゃってるから……」とよく分からないことをつぶやいている。それから、少しの間独り言を言っていた宮島先輩は、うんと一つ頷くと、急に手を叩いてこちらに向き直る。
「よし、お姉さんはキミを気に入りました。だから今から二人で飲もう!」
「いや、そう言われましても、もう繁華街の方から随分離れましたよ」
「じゃあ、キミの部屋にしよう。近いんでしょ?」
「ええ、確かにすぐそこなんですけど、それはちょっと……」
「なんで? 困ることでもあるの? エッチな本とか?」
「……否定はしませんけど、そういうことではなくですね。常識的に考えて、一人暮らしの男の部屋にそんなホイホイ上がり込んじゃダメでしょう。もうちょっと自分を大事にしましょう?」
「あら、心配ありがと。でも、そういうことならやっぱり問題ないよね。だって――」
宮島先輩は、そこで言葉を切ると立ち止まる。そして後ろに手を組み、腰を折って俺の顔を覗き込みながらこう言った。
「期待、しないんでしょ?」
その笑顔に、俺は言葉を詰まらせる。確かに、俺はさっきそう言ったのだ。期待も勘違いもしないのであれば、異性が部屋に来たって意識しないはずだ、とそういう論法。その通りだった。俺は、観念する。
「……分かりましたよ。じゃあコンビニ寄って帰りましょう」
「オッケー。あ、今さらなんだけど、キミ、名前なんだっけ?」
「手塚です。手塚ノゾム」
「ノゾム君か。いい名前だね」
褒められたが、それには苦笑するしかない。これからするやりとり、人生何度目だろうか。
「そう思うじゃないですか。僕の字、望むに無いと書いて望無ですからね」
「……一応聞くけど、どうしてそんな名前に?」
「親父の口癖なんですよ。望むものなど無い、全てはこの手に、って」
「変わったお父さんなんだね……」
「まぁ、その心意気自体はカッコいいので個人的には気に入ってるんですけどね。周りから見れば、変わった名前ですよね」
「まぁうん、でも、いいんじゃない? 私は好きだよ」
そんなやりとりの後、俺たちは再び歩き出す。ちょっといたたまれない空気だったことは否めない。
「それじゃ、望無君の家にしゅっぱーつ!」
都会にしては珍しく、見上げた夜空にいくつかの星が瞬いていた。
こうして、期待しない俺は、思わせぶりな先輩と出会った。
この出会いがどんな意味を持つのか、今はまだ、誰も知らない。
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