閑話、03
「少し、慣れてきたようだね。」男は私の話を聞いて、また笑った。私はそのまねをして、にんまりと、笑ってみた。
閑話
笑う理由はなかったが、なんとなく、笑ってみようと思ったのだった。
それはべつに、笑うことがどれだけのエネルギーを消費するのだかを確かめようというわけでもなく、私が笑うと、男はどんな反応をするのだろうかと気になったというわけでもない。
ただ、笑ってみよう、と、思ったのだ。
「君の中にある数多の人生の持ち主たちは、笑うことがなかった。だから、君は笑ってみたかったんじゃないだろうか。」
と、ぼくは思うわけだけれど。だなんていう男の笑顔は、先ほどのにんまりよりもずいぶんと柔らかいにんまりだった。表情筋をコントロールするAIも持たない彼が
どうしてこんなに微細な変化を表すのだろうか、と、私の興味を引いたのはそこだった。
彼は私に、そこらの骨董品よりもずっと価値のあるビンテージだとのたまうのだが、やはり私のその価値は希少性にしか裏付けされていないものであるし、あの蓮池のコロニーでは当然のことだったそれは
何度その価値を伝えられたところで私には「当然のこと」でしかなく、理解できないものだった。
私にとっては、彼の方がよほど希少な人間だ。そんな思いがやはり根強いものだから、私の返事は自然、簡素なものになる。
「私は、そういうものです。」
意図せず言外に含まれた想いを受け取ったのだろう、彼は目をまるくして、けらけらと笑いだした。声を上げて、そんなに口を大きく開けては、
かなりのエネルギーが浪費されてしまう。自分のことでもないのに私はすっかり慌てて、彼の口をふざごうと手を伸ばす。
「ぼくも、そういうものだよ。君に非常な価値を感じている。ぼくと君はよく似ているが、君はぼくよりもずと価値のあるものだ。似ている部分ではなく、似ていない部分に価値がある。」
だから、ほら、こういうこともできる。
男は私が伸ばした手を掴み、カルシウムやリンで形作られた皮膚の凹凸に唇を寄せる。私はなぜだかそれが見ていられなくて、目まぐるしく回る記憶の海から、彼にとっての砂金を探した。
「たしか、そういうことをしていた記憶もあります。」
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