青い花びらに赤の降る
蓮池には、彼が通っていた頃からずっと、あの手紙の束があったという。
そして蓮池には、私が通い始めたころからずっと、あの百合が咲いていた。もしも誰かが植えたんだとしたら、その誰かはきっと、白ではなくて花に想いを込めたのだろう。
私の手は、すっかり赤茶けた泥にまみれてしまった。
彼の手にある皺と同じようなものが、泥が張り付いたことで私の手にも見えている。
いっそ、彼ひとりが劣化して死んでしまうのだとしたら、私も同じに劣化して死んでしまえたらよかったのに、と、ぼんやり思う。
彼は優しく、自分がどんどん劣化していくというのに、変わらない私を責めることも、厭うこともなかった。
もしも私が彼と同じ立場であったなら、きっと私は、劣化しないものを憎むことしか、どうにもしてくれない月に、恨み言を吐くくらいしかできなかった。
彼の優しさは、彼の首を絞めていやしないだろうか。
彼は、その優しさがために死んでしまうのでは、ないだろうか。
そこまで考えてしまってから、私は、手の甲に落ちた柔らかい、青い花びらに気が付いた。
奇跡の象徴、私にはこの不可能をどうにかできるのだ、という、心の支えが消えてしまいそうな気持ちだった。
大丈夫、きっと大丈夫。
これをきれいに、土ごと植え替えてしまえたら、また明日からこの奇跡を丁寧に育てて、彼が帰ってくるまで咲かせ続けることができれば、
私はきっとまた、彼のことを穏やかな気持ちで、待てるようになる。
空から降ってくる赤い、細長い、薔薇のそれよりもずっと頼りないかたちをした、花びらのような何か。
それは私の手の上に、青い薔薇の上に、その花びらの上に降り注ぐ。
真っ白な月と、真っ赤な雨が、彼の身体と、彼の血のように思えた。
彼は死んでいやしない。けれど、もし、もし。
そんなことを考えてしまったのが、いけなかったのだろうか。ナトリウムの含まれた水が、薔薇の土にかかってしまったのが、いけなかったのだろうか。
結局、青い薔薇はその次の日にはすっかり枯れてしまっていたし、私は二度と、彼に会いに行くことができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます