幸せのかたちは
私の恋人は、どんどんとしわくちゃになっていく。
昨日は覚えられていたことが、今日は覚えられなくなって。ぼんやりしていることが増えて、私が話しかけても上の空で、考え事をしていた、と、言うことが増えていく。
彼の身体は、劣化していくのだという。
私を置いて背が伸びて、私を置いて、きっと私よりずっと早くに死んでしまう。
それは稀な病であるらしく、彼は、今も治療施設の白い光を浴びている。治療施設といえど、彼の病を治療するすべは、ないのだという。
モノレールの中。真っ白に輝く月を見ていると、彼が浴びているのであろう光のことを思い出して、
考えてもどうしようもないことばかりを、考えてしまう。
私は月が嫌いだ。鉢に植え替えて抱えたバラの青さを見ながら、その月を意識しないように、私は必死だった。
月が嫌いなのは、その白さだけではない。あれは見守るだけで、何にもしないのだ。
彼が今も劣化していって、私が今も、彼の回復を祈っているというのに。私と彼以外のここで生きている誰かも、
同じように苦しんでいるかもしれないのに、あれはただ、見ているだけで何もしないのだ。
助けて、と、何度泣きたくなったことだろう。
すべてを見ているのだから、すべてを知っているのだから、いつも私たちを見下ろしているのだから、お前には何かできるはずだろう、と、何度思ったか知れなかった。
モノレールの扉の閉まる、空気の抜ける音を背中越しに聞く。
彼の好きな蓮池に、私は、青いバラを植えに行く。
蓮池の周りには、一輪、ぽつりと咲いた百合の花があるのを、私は知っていた。バラを植えるにはどこがいいだろう、
と蓮池の周りを散歩していたときに見つけたものだったが、今日見ると、その百合の根元にあった紙の束がまた、増えているように思った。
今にも崩れそうなその紙の山が、私には、なぜだか切なく思えた。
それを見ないで済むように、私は百合の対岸へ歩く。池を囲んだ、百合とは反対の側。背の低い緑以外に何も生えていないその土は、冷たかった。
手袋か何かを買ってくればよかった、と思いながら、私は一心に、土を掘る。
爪の間に挟まった土の不快感、掘っても掘っても深くならない穴に、無力感を描きたてられた。無性に、泣きたくなった。
けれど、私が諦めてしまっては、せっかく起こった「奇跡」の象徴たるバラが、枯れてしまう。そうなったら、彼の命も枯れてしまうかもしれない。そんなのは、考えるだけで恐ろしい。
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