かたちにならない幸せ



 ここには、青いバラが咲いている。

 私の家の庭の片隅、ここには、かつて誰もが実現を諦めたという「不可能」の象徴が咲いている。それは私が手塩にかけて育てたものだ。学生という身分に甘んじて、図書室、園芸の本が並ぶ棚から何冊もを読み込んで、ノートを取りさえして、そして半年間の不登校を経て完成させた、青いバラ。実現してからは、その花言葉を「奇跡」に変えたというその青いバラを作り出すことが、私にとっては何よりの大事だったのだ。

 不可能なことだって、望み続ければ、挑み続ければいつかは奇跡が起こせるようになる。学生生活を呑気に遅れる同輩たちとは違って私は奇跡というものが「起こるもの」だとは思えなかったから、「起こせるもの」だと思いでもしなければ、諦めるしかないという現状に耐えられなかったのだ。

 私は、真っ白な月下に咲き誇る青いバラを眺め、明日こそは、と、決意を固めた。

 私は奇跡を起こせる。少なくともこうして、私は奇跡のひとつを生み出すことに成功したのだから、きっと大丈夫。諦めるばかりの人生なんて、もう終わりなんだ。


 私の恋人は、真っ白な月が、嫌いだった。


 長く身体が不自由で、真っ白な部屋から出られなかったからだと、彼は言っていた。私と彼が出会ったのはとある蓮池で、白い大輪の蓮の花が咲き誇っていたものだったが、その花の白は平気なのだとも言っていた。不思議なものだ、と思ったものだったけれど、今なら分かる。この池の蓮の白は、あたたかい。月の白は、つめたい。同じ白でもこんなにも違うのだと、彼はもしかしたら、何かの可能性を見出そうとしてここに、通っていたのかもしれない。


 青いバラを、根ごと一輪。

 彼が好きだったこの場所に植え替えて、彼を出迎える準備をしようと、私はバラと、モノレールに乗った。



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