涙代わりの百合の花
真っ白な月が、蓮池の上に煌々と輝く。
この場所を知っているのは、きっと私だけなんだ。そんなふうに思う、景色だった。あたたかい風が、髪を揺らす。
私の家から蓮池までは、モノレールに乗ってほんの一瞬だ。飛び去っていく景色、清潔感のある真っ白なビル群。その中にあって、ここはほかのビルとは用途が違いますよ、と、存在を主張するようにクリーム色をした、私たちの通うスクールの校舎。そのどれもが、夜になると煌々と輝く。真っ白な月の、真っ白な光に照らされて、それはとてもよそよそしく、私ひとりの存在も、私がどこへ行こうとしているのかも、そこになにがあるのかも、すべてどうでもいいのだという顔をして、背を向けている。
「みんな」が当たり前のように受け入れているその景色が、私にはどうしても耐えがたくて。毎日、紙状セラミックの束と、液状セラミック入りのボールペンを胸に抱え、モノレールの景色をやり過ごす。
蓮池には、大きな蓮が咲いている。けれど私の目当ては、その蓮が咲き誇るかげに、時々、風にそよいで笑うだけの、百合の花だった。私が、人生で初めて恋に落ちたひとと、同じ名前の花。私が、人生で初めて恋をしたひとと、同じ色をした花だった。
今日も、私は蓮池で、別れの手紙の言葉をさがす。今はもういない彼女がバイオ処理されてしまうまで、ほんとうに、この世界から跡形もなくなってしまうまで、あといくらも時間が残されていないから。ゆりが、まだゆりとしてこの世界にいるうちに、伝えたいことがたくさんある。
けれど、それはたくさんありすぎるがために、いつも書ききれなくなってしまう。私は、きっともうだめなんだと、そんな風に思った。
モノレールが、私を置いていく。
真っ白な光に照らされた私の指先が、あの日みたゆりの指先のように、あの時の別れの予感のように、おぞましい。
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