閑話、01
──と。纏めると、こうなるのかな。
私の目の前、古書店のカウンタの中、なんていう狭いスペースに、それでも悠々と座る年齢にして二十ほど上の男が、微笑み、髭の生えない顎を撫でる。
私が数十分ほどかけて話した内容は、すべて彼が、丁寧に升目を引かれた紙束に、黒いインクで書き出した。彼はどうやら、文字の書かれた紙を収集するに飽き足らず、自分でも作りだそうとしているようだった。その感覚には覚えがあったものだから、私はその男の試みに、乗ってみることにしたのだった。
「はい、そうですね。」
男は、私の簡潔な返事に、満足げに頷いた。
外の景色が一切見えない、あの蓮池とは正反対のこの場所は、どうにも、世界に私と男の二人しかいないような気分になるものだから、少し苦手だ。
きらきらと舞い、光に照らされる埃。私の背後にちょうどひとつだけある窓から入ってくるその光は、私の気持ちを晴らすにも、外の世界を感じるにも、心許ない。
「ありがとう。それじゃあ、次の話も聞かせてもらおうかな。大丈夫かい、お前は、喉が渇くとか、声が出にくいとか、そんなことはないかい。」
普段はまったくと言っていいほど感じられない男の気遣いが、また、この閉鎖空間に一段と「二人だけ」の世界なのだという感覚をもたらして、居心地が悪い。私はまた簡潔に「はい」とだけ答えて、次の話をすることにした。
男は、整形セラミックよりも透明度が高く、そして随分脆そうなインク壺に、これまた整形セラミックよりもずいぶん光沢があって、固そうなペン先をつけている。インクも、私の使っていたものよりもずっと粘度が低いようで、その文字は紙の上に、するすると引かれていく。
その光景を眺めるためだけに、私は、大きく深呼吸をして、記憶の引き出しをまた、開く。
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