第6話 距離を縮めて
言葉を交わした教室の生徒さん方とエレベーターホール前で別れた。暖かい教室内と違い、とても冷える。
「お腹すきましたね。お昼食べていきます?」
まだ敬語のまま、颯斗くんが提案する。期待していた通りの展開に、私はすぐ頷いた。
「どこに行こうか?」
「うーん、あんまりお金がないからファミレスでいいっすか」
「いいっすよ!」
高校生のデートって感じがして嬉しい。同じビル内にある、チェーン展開されているファミレスへ向かう。土曜だから家族連れで賑わってはいたが、並ばずに入れた。
さほど悩むことなく「ハンバーグのランチセット」と頼む颯斗くんに合わせ、とりあえず目に入ったパスタセットを頼んだ。きのこの和風パスタ、嫌いじゃないけど好きでもないのに。優柔不断なところは見せたくなかった。
ドリンクバーへ飲み物を取りに行き、ウーロン茶をごくごくと飲む。ようやくひと心地ついた。お腹もすいてるし、喉も乾いていた。颯斗くんはコーラをストローを使わず飲んで、同じようにふぅと息をはいた。
「今日はありがとうございました。だまし討ちで料理教室に連れて行ってしまって」
申し訳なさそうに言われるが、私は勢いよく首を振った。
「楽しかったから平気! 颯斗くんは通うつもりなの?」
「はい。大学生になって、落ち着いたら。今日は受験の気分転換に来たので。香菜子さんも通いましょうよ!」
「そうだね。楽しそう」
とは言ったものの、通うとなったら面倒かなぁと思っていた。いけない、こういう考えは。やりたいかどうかより、面倒かそうでないかで決めるようになっちゃった。
「火野さん、面白い人だったね」
「ネットでちょっと評判になってるんですよ。予約もやっと今日取れたんですけど、一緒に行く人もいないのに二人分。だから助かりました」
そこで、私はうっとなる。勝手にデートだと浮かれていたけど、たまたま今日誘える女だったというわけか。盛り上がっていた気持ちがしぼんでいく。
お待たせしました、と料理が運ばれてきた。
「まずは食べましょう。タブレットの話はそれから」
いただきます、と呟いて颯斗くんはフォークとナイフで肉厚なハンバーグを切り、大きな口に入れた。食べっぷりのいいことだ。私も和風パスタを口に運ぶ。よかった、美味しい。
「颯斗くんは、もともとお菓子作り好きなの?」
「そっすね、作るようになったのはわりと最近です。おやつを買う金がなくて、家にある小麦粉や砂糖でなんか作れないかなーって調べたのがきっかけです」
そうなると、レシピサイトのアプリがたくさんダウンロードできるタブレットの方がいいだろうか。安いものだとアプリの数が少ない。
もんもんと考えながらきのこをすくって食べる。
「あの、香菜子さんっていうのも堅苦しいんで、なんて呼んだらいいですかね」
まだ名前を呼ばれることに慣れない。私は落ち着かない気持ちを誤魔化すように、そっけない口ぶりで答えた。
「香菜ちゃん、が多いかな。呼び捨てにする人もいるけど」
メルは年上だからか、最初から呼び捨てだった。私も呼び捨てにしているけれど。
「じゃあ……香菜ちゃんで」
やばいやばい、顔が熱い。名前を呼ばれた程度で真っ赤になってるとかダサい! 勢いよくウーロン茶を飲んで、沈静化させた。
食べるのが早いので、颯斗くんは鉄板に残ったコーンを一粒一粒食べるのみに。私も急いで食べきった。
「すいません、俺に合わせなくていいですよ」
恥ずかしそうに肩をすくめる。ああ、可愛い。
「私も早い方なので大丈夫です」
さすがにちょっと急いでしまった。無理して合わせない方がいいな、と少し疲れた体をけだるく感じる。好かれたいから頑張っちゃうけれど。
「で、あの、タブレットのことなんですけれど、その前に」
その前? と首をかしげると、颯斗くんはかしこまった様子で居住まいを正した。
「これからももっと仲良くなりたいなって思いまして。あの、香菜ちゃんさえよければまた二人で会えないかな。受験が終わってからになるけど、映画とか遊園地とか」
マジですか。さっきまでは、料理教室に誘いたいだけの女だと思っていたのに!
よっしゃー! と言いたいのを堪え、私は勢いよく頷こうとした。
そこで、心の中でブレーキを踏むもう一人の私が現れた。
待ちなさい。年齢や仕事のことを知られたら、傷つくのは香菜子だぞ、と。
その考えに賛同し、またも手あかのつきまくったセリフを口にした。
「考えさせて」
偉そうに! ムカつくと思っていた言葉を私が言うとは。人生ってわからないものだ。
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