第4話 連れてこられた場所は
洋服はもちろん、香りのいいクリームを買ったり、口臭ケアのガムを買ったりと、いそいそと準備を整えて土曜日を迎えた。どこへ行くのかは教えてはくれなかった。高校生の男の子が女性としか行けない場所って、どこだろう。
「香菜子さん」
名前をさん付けで呼ばれることにくすぐったさを覚える。快感でもある。
「こんにちは」
待ち合わせ場所は、地元の駅前だった。勝手知ったる場所だから、待ち合わせに困らなかった。
薄茶色のダッフルコートに、大きな体を包んでいる。こうして立って並ぶと、颯斗くんは背が高い。私が百六十センチでヒールのあるブーツを履いていても、少し見上げるくらいだ。首が痛くなる程ではないが。
「あの、まず中に入りましょう」
なんでかソワソワしている様子で、促される。その様子が不思議ではあったが、大人しくついていくことにした。駅前ビルに入り、エレベーターで三階まで。密室に二人で、どちらもなかなか口を開けなかった。
んん、と颯斗くんがわざとらしい咳払いをしてから、口を開いた。
「すいません、地元の駅だと、友達に見られるから恥ずかしくて」
なるほど、男子っていうのはそういうのを気にする。
「いえ、大丈夫です」
「敬語もアレですから、タメで良いっすか」
「それはもちろんです!」
よかった、と颯斗くんが目を細めた。整髪料で整えた髪はいつも通りだが、まるで別の姿に見える。私服でクラスメイトに会うような感覚だ。
エレベーターの扉が開くと、とたんに甘い匂いが鼻をくすぐる。これは、チョコレート?
きょろきょろと降りたフロアを見渡す。ガラスで区切られた部屋には【sweet cooking studio】というロゴが描かれていた。
料理教室? 驚いて颯斗くんを見ると、照れ臭そうに顔をかいていた。
「すいません、だまし討ちみたいに連れてきてしまって。俺、お菓子作り好きで習ってみたいと思ってたんですけど、一人じゃこられなくて。それで、お菓子のレシピ見ていたから、好きなんだろうなと勝手に判断しました」
そうなのか、と驚いていると「あっ、敬語だ」とちょっと大きい声を出した。そして「無料体験だからお金はかかりませんし、エプロンも貸し出されるそうですよ」と、また敬語で続けた。
敬語を使われることに少し寂しさを感じるが、仕方ない。
「楽しそうだね。私もお菓子作りには興味あるから楽しみ!」
私の言葉に、颯斗くんはほっとして笑顔を見せた。
この笑顔のためならば、なんでも受け入れられる気がした。
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