透明人間
左川 久太郎
透明人間
ゴウゴウゴウゴウ。炬燵と座椅子だけが配置される簡素な部屋にて、かなり年季の入った暖房が、がなり音を立てている
カタカタカタカタ。キーボードを打ち鳴らす黒い獣は、背中を丸め、鋭い眼光を伴わせて、青く光る四角の平板に必死に食らいついている。
フスフスフスフス。吐息、鼻息、身体の穴から空気という空気を漏らしながら、強張った肩を、背中を震わせる一匹の獣の姿を、我々は確認することができる。
勿論我々の眼前に伏す黒い獣は、まぎれもなく人間そのものである。しかし、そのいかる野生の形相は、人間のそれであると判断するには、我々の常識を超えたものである。態勢を低く前のめりに身構え、目前の認識物に全ての意識を注ぎ込み、威嚇するように、自身を肥大化させるように大きく動かす背中、両肩、両手。その姿はまさしく、目の前の獲物を追い詰め捕食しようとする、獣の姿に相違なかった。少なくとも、我々の認識においては、である。
✑✑✑✑✑✑
ナニかが俺の姿を見ている。ナニかが俺の姿を監視している。ナンの目的があって、俺の監視をするんだ。ナニが楽しくて、俺を追い詰めるんだ……。
得体のしれないナニかに、己の姿を監視し、評価されているような感覚。確かに、俺はそんな感覚を感じている。そこには必ずナニかが、俺のことを観察しているナニかが存在している。それはナンだ、誰だ、ナニが目的だ。首を上げ、視線を後ろへと向ければ、その存在を認識出る。その確信が俺にはある。しかし、振り返ることはできない。そのナニかを、認識してしまったら、俺は俺でいられなくなってしまう……。
✑✑✑✑✑✑
その黒い獣の身体の動きが激しくなった。一層、目の前の獲物へと意識を向け始めていることが、その背中、両肩、両手の動きから我々は理解できた。もう後ろを振り返ることはできないのだろう。我が身を顧みることはできないのであろう。その愚鈍な獣の姿は、暗闇へと溶け込んでいった。
透明人間 左川 久太郎 @sakawa8888
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