第4幕「発見とピンチ」

 落花は「虫の知らせ」とか、「第六感」とか、そういうのを特に信じているわけではなかった。それでも、「恋の予感」とか「占星術」などは普通の女の子として好きであり、そういう意味では心のどこかで信じていたのかもしれない。

 ただ今日の直感は、そんなハートマークが飛び交う幸せそうな感じではなかった。もっと背筋が凍るような、血の気が引くような、言い換えれば悪寒に近かった。

 謎の物語士カタリストにペットにされた凉子。その姿を見たと、友人の美波から聞いた瞬間に、確かに感じたのだ。確認するまでもない、確定した事実だと確信したのだ。


(今日、街に行けば凉子を……敵を見つけられる!)


 なぜだかわからない。根拠も理由も何もない。漠然として判然とした結論を得た。そう思ったら、行動せずにはいられなかった。

 美波が凉子を見たのは、夕方の話。学校が終わってから寄り道した時だという。ならばと、落花も授業をとりあえず最後まで受けてから、美波から聞いた街にくりだしたのだ。


(いない……なんで……)


 ところが、そこで2時間ぐらいは歩き回ったというのに、いっこうに見つけることができない。

 普通なら諦めるところなのに、見つけられるという不思議な確信はなぜか揺るがないときている。スモークガラスの箱に入っている宝をなんとか取ろうとあがいている気分だ。なんとなく見えているのに宝の正体がわからず、足掻いても箱の開け方がわからず、さりとて諦めきれない。


 途方に暮れて夕暮れの繁華街を歩き続けた。だが、これ以上はまずい。学校から直接来た落花は、セーラー服姿だ。あまり遅くまでこのあたりをウロウロしていれば、補導されてしまうかもしれない。本当はもう帰るべきなのだ。


 だいたい、凉子のことは詠多朗に任すという約束していた。もちろん、本当は自分で決着をつけたかったが、エンディングカードの都合上、詠多朗に任すのが一番だったのである。


 物語士カタリストの戦いに勝つと、使ったエンディングカードの補充を受けることができる。その時、そのエンディングカードの内容は「負けた相手の望み」に影響することが多い。相手の望むものが具体的ではなかったり、望みが強くないと影響はしないのだが、落花のように強い望みを持っていれば願いが引き継がれる。勝者は敗者の願いを引き継ぐのだ。

 だから詠多朗は、凉子を解放するのに適したエンディングカードを落花との戦いで手に入れていた。今回、ただ敵を倒せばいいわけではない。たとえば、敵物語士カタリストを単に死に追いやってしまった場合、悲しみに明け暮れた涼子が後を追ってしまうかもしれない。できる限り最善の結末を迎えるには、落花が望んだエンディングカードが必要だったのだ。


(凉子さん……どこ?)


 涼子の寿命はあと1年。

 すでに物語士カタリストではなくなってしまった彼女の運命を変えることはできない。しかし、せめて残りの人生を悔いなく生きてほしい。本当に心からそう願っている。

 落花は詠多朗と生きることができる事になったが、逆に言えばいつ死ぬかわからない身でもある。だからこそ、強く思ったのだ。後悔はしたくないし、なんでも積極的におこなっていこうと。詠多朗に対するアピールだって、たとえ過激で恥ずかしくても後悔するよりはマシだと思っている。

 だから凉子にもカードのしがらみから解放されて、精いっぱい生きて欲しい。


(でも……今日はそろそろ――!?)


 ゾワッと首の後ろにこんにゃくでも押しつけられたような感触が走る。物理的になにかが触れたわけではない。これは、近くに物語士カタリストがいる時の感触だ。

 大通りで信号待ちしていた落花は、慌ててその場で振りむく。


(――いた!)


 まず視界に入ったのは、落花が持つイメージとはかけ離れた、派手な服装の凉子だ。胸元が大きく開いたピンクのシャツに、短めのタイトなスカートをはいている。そしてその腕は、知らない男に絡みつけられていた。自分の胸を惜しみなく押しつけるようにして、嬉しそうにニコニコと笑って、へつらって、媚びをうっている。

 そしてまちがいなく、その男から物語士カタリストの気配を感じる。小太りの男で、30代ぐらいだろうか。少し髪が後退しており、遠くからでもテラテラした額が目立つ。小さい目と小さい口をつりあげて、もう片方の腕で別の女の肩に手をまわしていた。


(……こちらにはまだ気がついていない)


 物語士カタリストは他の物語士カタリストの存在を感じられるのだが、落花はかなり鋭く他の者よりも離れた所で感じられるらしい。この距離ならば、一方的に気配を感じることができる。

 だが、話をするには邪魔者がいる。

 落花はバトルを申し込むつもりはなかった。憎し恨めしな男だが、まずは1日も早く凉子を解放して欲しいと思っている。だから、話し合いでどうにかならないかと思ったのだ。凉子にかけられたカードの呪縛がどういうものかわからないが、もしかしたらあの男が命令すれば呪縛が外れる可能性もある。

 しかし、その話をするのにも、やはり物語士カタリストとして話さなければならない。それには事情を忘れている凉子と、知らないであろう女性には退場してもらう必要がある。


(気がつかせてみるか……)


 落花は男に近づいて歩みよった。しかし、凉子に見られるわけにはいかない。だから、向こうからは見えにくいように少しずつ近づいていく。


「――!」


 20メートルぐらいの距離になった辺りだろうか。男が顔を動かし、こちらに顔を向けた。途端、視線が合う。完全にヒットした。それを確信してから、男の視線を追った凉子に見つからぬよう建物の陰に隠れる。


「…………」


 陰からうかがえば、男は凉子ともう1人の女性と話し始めた。そしてしばらくすると、2人は男と別の方に歩いて行く。

 また投げられる目線。その頭の動きは、落花についてこいと促している。


「……いい度胸じゃん」


 多分、相手は勝負を受ける気でいるのだろう。まさかこちらが話し合いをしたいと思っているとは考えまい。だが、落花としては都合がいい。話し合いをしたいと言ったところで、鼻で嗤われて終わってしまうこともありうる。少なくてもこの状態なら、用件を伝えることぐらいまではできるはずだ。


 男は定石通り、どんどんと人通りの少ない方に歩いて行く。

 落花は距離を置きながらも、見失わないように男を追いかけていった。


 それから15分ほど歩かされ、たどりついたのは少し古びた雑居ビルの1つだった。裏口の非常階段を上り、男は2階へと入っていく。そのドアは、なにかを挟んでいるのか開けっぱなしのままだった。もちろん、招待状の代わりであろう。


(……女は度胸!)


 落花は不安を感じながらも、非常階段を登っていく。

 もちろん、危険はあるだろう。しかし、相手も自分も物語士カタリストである。いざとなったら勝負を挑めばいい。挑まれた勝負に返答せず、相手に危害を加えようとすれば、その者は物語士カタリストの資格を剥奪されて記憶も消されて倒れてしまう。いざとなれば、その間に逃げることもできるだろう。

 そうだ。それで大丈夫だ。

 だから、落花はビルの中に入っていった。


(……オフィス?)


 そこは長机が20脚ほど並ぶ、わりとちゃんとした感じのオフィスだった。今は一部の照明だけつけられ、少し薄暗い。壁を見ると、人材派遣がどうのと書いてある。

 落花はそのまま足を進めた。


 ――突如、背後からカチリという音が響く。


 振りむくと、そこにいたのはあの男。彼の後ろ手がドアの鍵を閉めている。


「安心しろ。邪魔者をいれないためだ。話を聞かれてはまずいだろう。中からならもちろん簡単に開く」


「…………」


 そう言われて安心しそうになるも、そんなわけがない。助けが外から来ないということに他ならない。

 落花は横目で別のドアを見つける。たぶん、それが正面ドアなのだろう。観音開き型の大きめの扉がついていた。


「お前、1人か?」


「さあ、どうかな……」


 ブラフをかける。多少なりとも効果があるはずだ。


「女子高生の物語士カタリストか。大人に勝負を挑むとは――」


「勝負ではなく話しに来た」


「……話だと?」


「ああ。凉子さん……吉田凉子を解放して欲しいんだ」


「……ああ、なるほど。さては貴様、凉子が言っていた物語士カタリストか」


「……え? 凉子さんが言っていた?」


「そうか、そうか。話し合いか。なるほどな。くっくっくっ……こいつは笑える!」


 男は、ねっとりした声で睨めるような顔で笑いだす。

 それは揶揄して嘲笑して馬鹿にした嗤いだ。


「なにがおかしい!」


「解放か……。凉子の代わりに、おまえがペットになってくれるのか? それはそれでいいな。JKペットはまだ持っていないからな」


「それはできない。でも、代わりにボクのもつ主人公カードを2枚渡すから……」


「そんなもん、いるか。主人公カードなら、たくさん持ってるしな。だいたいさ、オレがおまえの交換条件なんて検討する必要もないんだよ。周りに物語士カタリストの気配はねぇし、オレたちは秘密を話せねぇ。つまりお前は1人だ。……現状、わかってんのか?」


 頭の先から足先までを男が舐めるように目線を動かした。

 そして、一歩、また一歩と落花に近づいてくる。


「ここはオレの会社でな。電子ロックかけているから、この部屋からは簡単に逃げられないぞ。それに安心しろよ、オレは上手だぜ。気持ちよくして、離れられないようにしてやるよ」


「変態が! 近寄るな! ――オープン・ザ・ブック!」


 落花が手をかざすと、目の前に透明な本が現れる。すなわちこれが開けば、ここは物語士カタリストの戦場たる【場】になる。


「話が通じないオッサンなら勝負してやる!」


 これで落花に危害を加えることはできなくなる。あとは、相手の「承認アプローブ」のコールを待てばいい。もちろん、物語り中とて相手に直接的な危害を与えることは禁止されてるいる。膂力は使えない。すべて物語って勝負しなければならなくなる。


「さあ、受けろよ!」


「……ガキはしょせんガキか。まあ、でもガキを味わうのも楽しいよな。よし、JKの味見のために、1枚ぐらい犠牲にしてやる」


「――なんだとっ!?」


 男がとりだしたのは、なんと「こうして彼は命からがら逃げだしたのでした」と書かれたエンディングカード。

 それを前方に投げ捨てる。


「――拒否パスだ」


 投げられたエンディングカードが中空で消える。

 と同時に、落花の前に現れていた【場】となるはずだった透明の本も本当に透明になり消え失せた。


「バカか!? パスするなんて……」


 確かにエンディングカードを1枚消費することで、物語士カタリストは挑まれた勝負を拒否パスすることができる。

 しかし、エンディングカードは3枚しかない。そして物語を終わらせるのに必要な選択肢だ。つまりエンディングカードを捨てると言うことは、勝利するための可能性たる選択肢を減らす行為である。確かにエンディングカードが減った状態で勝負して勝てば、枚数はまた3枚に戻るが、そのリスクは計り知れない。

 だから普通は考える。そのリスクを冒すよりも、選択肢が多い状態で勝負した方がよいのではないかと。実際、落花は今まで拒否パスした者を見たことがない。ルールがあるだけで、誰も使う者がいないと思っていたぐらいだ。

 考えが甘かった。なにしろ、一度勝負を挑んだ相手とは、3日間は戦うことができなくなる。つまり、今はもう同じ手が使えない。


「オレは大人だからな。別に使える力はカードだけじゃねえ。こういうのもあるんだぜ」


 そう言って男が握っていたのは、いわゆるスタンガン。彼はデモンストレーションするかのように、何度かバチバチと火花を散らしてみせる。


「女なんて……女なんて、すべてオレのペットだ。ペットにしてやる!」


「な、なにを言ってんだ、テメー……」


「ガキにはわからんことだ。いいか? カードを使わなくても、言うことを聞かすお手軽な薬があってな。おまえはそれでペットにしてやる。そして3日後は、その薬が聞いた状態で勝負だ。凉子と同じようにな……」


「くっ……この卑怯者め! ……や、やめ……やめろ!!」


 落花の呻きが、薄暗いオフィス内に響きわたった。

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